第二十七話 皆でお出かけ
里香との遊園地デート以降は、
比較的順調に夏休みが消化されていった。
基本的に土日以外の日は朝の九時から午後三時まで夏期講習。
それと九月末に文化祭があるから、クラスの出し物の準備も始めた。
我が二年四組の出し物は『メイド&執事喫茶』だ。
まあありきたりだよねえ~。
男子が執事の服を着て、女子がメイド服を着るみたいな感じだ。
でも意外とも皆ノリノリだ。 なので最近は夏期講習が終わったら、
残りの時間を文化祭の準備にあてている。
そして俺は気分転換も兼ねて、部活に顔を出した。
武田さんと郷田さんは快く歓迎してくれたが、
新島率いる二年生グループは微妙な反応だ。
だがフライ級の二年生・香取は最低限の挨拶は返してくる。
多分香取は中立派なんだろうな。 部活の人間関係もややこしいね。
まあこの辺は気にしても仕方ない。
右拳が使えないので、とりあえず筋トレやランニング中心の
トレーニングをだいたい一日二時間くらいこなした。
ランニングの際には陸上部の一年生の竜胆美雪ともちょくちょく話している。
竜胆も俺同様に学校の夏期講習に出てから、陸上部の練習に出てるようだ。
まあ平日はそんな感じで過ごしている。
そんな平凡な日々も中でも少しばかり変化はあった。
俺は委員長こと苗場さんとそこそこ喋る間柄になった。
更に来栖や里香も苗場さんとそこそこ喋るようになっていた。
なにせ苗場さんは超真面目。 それでいて性格も温和。
そういう相手だから来栖と里香も最初は軽い挨拶から始まり、
気が付けば夏期講習の授業内容について語り合うようになっていた。
最初は地味な女の子と思っていたが、話してみると苗場さんは
頭の回転が結構速い。 それでいて超空気読むタイプ。
そういうところも含めて、付き合いやすい相手なので、
俺だけでなく、来栖や里香も彼女と仲良くなっていた。
こういう風に交流が広がるのは、喜ばしい事だ。
いくら仲が良いと言っても、三人だけで過ごしていると
やはり色々マンネリ化するからな。 でも苗場さん一人が加わっただけで、
会話の幅も広がり、他のクラスメイトも
ちょこちょこ俺達に話しかけてくるようになった。
そんなわけで最近の二年四組は色々と雰囲気が良い。
そして盆休みも終わり、夏休みも段々残り少なくなってきた。
盆休みは家族と過ごしたが、残りの休みはやはり友人と過ごしたいな。
「ああ~、夏期講習と文化祭の準備で無意味に夏休みがつぶされていく!」
机に突っ伏しながら、里香がそう叫んだ。
まあそうなんだけさ、毎日遊ぶ金もねえじゃん。
と思いつつも言葉にはしない。
「まあまあ里香ちゃん、土日なら遊べるでしょ?」
苗場さんがやんわりとそうフォローする。
「まあそうだけど、こうも勉強漬けだと嫌になるわよ?」
「でも確かにもう夏休みも終わりに近いわね。
よく考えたら、私この夏殆ど遊びに行ってないわ……」
「え? 早苗、それマジなの?」
「うん」
そう言葉を交わす里香と苗場さん。
ちなみに二人とも仲良くなったので、
里香は早苗、苗場さんは里香ちゃんと呼ぶようになっていた。
「早苗は本当に真面目よねえ~。 でもそうね。 いい機会だから
この四人で遊びに行かない?」
「え? 私も行っていいの?」
「当たり前でしょ! というかこの三人に早苗が加わるだけで、
色々バランスが良くなるのよ。 零慈は問題ないけど、もう一人……がね」
と、言いながら半目でこちらを見る里香。
やれやれ、しかし思い当たる節も多いから反論はしない。
「そうだね、苗場さんが加わるといい感じにバランス取れそうだね」
来栖がさらりとそう言った。
「そ、そうかな?」
そう言いながらも、苗場さんも満更でない様子。
来栖め、また新しい女子を虜にし始めたな。
しかし見た感じ来栖も苗場さんの事を好いているようだ。
前にも言ったが、来栖は女に対して非常に厳しい。
だがその来栖から見ても、苗場さんは魅力的な女の子のようだ。
「うん、俺もこの夏は殆どバイトと夏期講習と文化祭の準備しかしてないね。
確かに皆で思い出を作りたいかも……」
「いいね、それ!」と、里香。
「んで具体的に何をするんだ?」
俺は率直にそう言った。
「う~ん、皆で花火大会に行くとかは?」
里香が顎に右手を当てながら、そう言う。
あ、それはマジでいいかもな。 というか行きてえ!
「あ、いいじゃん。 それにしようぜ、それに!」
「ちょっと待ってね。 今スマホで調べてみるよ」
そう言って自分のスマホで検索する来栖。
でもよくよく考えたら、もう八月の第三週だからな。
東京の花火大会ってもう終わってるんじゃ?
「あ~、駄目だね。 東京の大きな花火大会は大体終わってるよ。
でも神奈川や千葉の方ではまだやっているみたいだよ?」
「ん~、遠出するのは少し面倒ね」
と、眉毛を八の字にする里香。
うん、俺も同感だ。 わざわざ他県に行くのも少し面倒だ。
というかデカい花火大会って、めっちゃ人混んでいるよね?
昔、家族で何回か行ったけど、結構しんどかった記憶がある。
でも確かになんか夏らしい事してえよな。 ん?
「そう言えば、週末に成戸駅商店街の神社で夏祭りがあったっけ?」
俺は思い出しながら、そう言った。
「ああ、確かにあったね」
「あ、そういえば」
「そうね」
来栖、里香、苗場さんが口々にそう言った。
まあ結構しょぼい地元の夏祭りだけど、気楽に参加できるという利点もある。
「う~ん、少し微妙な気もするけど、案外悪くないかも?
どうせ健太郎を連れてたら、なんか色々面倒になりそうだし、
近所の夏祭りなら、流石の健太郎も色々自粛しそうだしね」
さらっとそう言う里香。
里香さん、さりげなくディスらないでくださいよ。
「雪風君ってそんなにトラブルを起こすの?」
「いやトラブルというか、なんというかその場の乗りと
勢いだけで生きているからね。 例えば夏祭りの金魚すくいで
ムキになり、お小遣い五千円つぎ込んで熱中する、みたいな
事を時々するから、私達も困っているのよ」
「そ、それは私も流石に引く」
と、言いながらちらりとこちらを見る苗場さん。
いやいや流石の俺でもそんな真似はしないよ? ……多分。
でもなんかスイッチ入れば、その可能性はなきにしもあらず。
……駄目じゃん、俺。
「い、いや流石にもうそういう事はしないよ。 ……多分」
「まあそう信じるわ。 健太郎、祭りは確か土日の夜にやるのよね?」
「ああ、その筈だぜ」
「んじゃ土曜日の夜に行く?」
「そうだな」「そうだね」「そうね」
里香の提案に残り三人が同意した。
「それで待ち合わせ場所は何処にする?」
「そうね、無難に成戸駅の中央改札口前でいいんじゃない?」
来栖の問いにそう答える里香。
俺は地元だが、残り三人は別の駅から電車で来るからな。
こういう時は誰でも分かる場所を選ぶのが無難だ。
「よし、土曜日に夏祭り決定! んで里香は浴衣着るのか?」
「へ? なんで浴衣着る事が前提なの?」
訝しげな表情でそう言う里香。
「いや夏祭りといえば浴衣っしょ? なあ、来栖?」
「いや別にそう決まりはないと思うけど……」
「いやいやいや、女の子ならここは浴衣着るべきでしょ?」
漫画とかラノベでもこういう場合は、女子は大抵浴衣姿だ。
ならば現実でもそうすべきだ。 ここは譲れねえぜ。
「ふうん、じゃあ雪風君も浴衣か、じんべい着るの?」
「いや着ないよ? だって面倒じゃん?」
俺は苗場さんの質問にさらりとそう返した。
すると彼女はなんか微妙な表情になった。 ん?
「自分は面倒で着ないのに、女の子にはそれを求めるの?」
「うん、だって里香と苗場さんの浴衣姿見たいじゃん?
二人ともめっちゃ似合うと思うよ? なあ、来栖?」
「いや俺に振られても困るよ」
「……そ、そうかな?」
そう言う苗場さんは満更でもない表情。
「駄目よ、早苗。 話に乗ったらつけ上がるから!」
「そ、そうなの?」
「そうなのよ!」
きっぱりと断言する里香。
完全に俺の性格を見透かされているね。 やれやれだぜ。
「まあとにかく土曜日の夕方五時に成戸駅前に集合ね!」
そういう訳で、苗場さんを加えた四人で初めて遊ぶ事となった。
そして迎えた土曜日の夕方四時半過ぎ。
俺は黒いカットソーと青いデニムという格好で、
家の玄関でスニーカーを履き、出かけようとした矢先――
「あ、お兄ちゃん、どっか行くの?」
と、不意に後ろから渚に声を掛けられた。
「ああ、友達と地元の夏祭りに行くんだよ」
「ふうん、なら帰りになんかお土産買ってきてよ。
たこ焼きとかでいいからさ」
「……ああ、覚えてたらな」
相変わらずナチュラルに兄貴をパシらせるな。
我が妹ながら末恐ろしい。 それでいて渚は外面は完璧だ。
よく妹萌えとかいうが、現実の妹なんてこんなもんだぞ?
だから俺は妹萌えだけは受け付けない。 ま、そんな事はどうでもいいや。
「んじゃ行ってきます!」
次回の更新は2020年5月16日(土)の予定です。