第二十六話 里香との初デート(後編)
それから三分ほど歩いて、観覧車の乗り場に到着。
ここの観覧車の歴史はかなり古い。
ネットで得た情報によれば、1970年代からあるとの話。
一周時間は約十三分。 最高部の高さは60メートルを超える。
帝ヶ原市南部の丘陵地帯約150メートルの高さから、
遊園地全体はもちろん、天気の良い日には富士山も見えるらしい。
幸いにも観覧車の乗る客は少なく、スムーズに俺達の番が回ってきた。
「んじゃ乗ろっか?」
「ああ」
俺はそう言いながら、里香の手を取り、観覧車に乗った。
しばらくするとゴンドラの扉が閉まり、
観覧車がゆっくりと動き出した。
しかし観覧車に乗るなんていつ以来だ?
確か渚が幼稚園の時に一緒に乗った記憶が微かにある。
それが高校生にもなって乗るとはね。 我ながら似合わないと思う。
「ねえ、隣に座っていい?」
やや上目使いでそう問う里香。
俺はやや間をおいてから「ああ」と頷いた。
里香は俺の左肩に自分の右肩を寄せて、もたれかかった。
里香との距離が限りになく縮んだが、俺は特に何もしなかった。
……。
いや正確に言えば何もできなかった。
正直良いムードだ。 上手く運べばキスくらいなら行けるかもしれない。
でもなんかこういう雰囲気にあてがわれて、
そういう行為をする事に少し躊躇いを覚えた。
こういうところが俺が童貞である所以だろう。
確かに本音を言えば、一日も早く童貞を捨てたい。
これは全国の男子高校生が少なからず思っている事だろう。
だけどなあ~。 なんというかその過程も大事と思う。
俺はいつのまにか里香の事が好きになっていたと思う。
そしてそれは多分向こうも同じと思う。
ならばさっさと付き合えよ、という話なんだがそれも少し難しい。
今日はなんとか里香に合わせられているが、
これが毎日続くと思うと少し胃が痛くなる。
俺は来栖のように器用な人間じゃない。
周りからウザがれても、雪風健太郎という人間の個性を
完全に捨てるのは無理だ。
ウザかろうが、面倒くさかろうが
それも俺という人間の一部だからな。 この辺、難しいね。
だから一気に進まず、ゆっくり歩調を合わせて歩いていきたい。
「……こうして男の子と二人っきりで、
観覧車に乗るのなんて初めて~」
「そうか」
「健太郎は?」
「少なくとも中学生以降では、初めてだな」
「健太郎、なんかそわそわしてない? ……緊張している?」
「……まあな。 それと実は言うと、俺は高所恐怖症なんだ」
「え? マジそれ?」
「残念ながらマジなんだなあ~」
「何それ~、受ける!」
と、ころころと笑う里香。
気が付けば、観覧車の高さがもう
高層ビルの十五階くらいの高さに達している。
周囲のアトラクションも、屋根しか観えない状態だ。
もう少しすれば富士山も見えるかもしれない。
「いま、どれくらいの高さだ?」
「う~ん、今で六分ってとこだから、もう少しで最高部ね」
「ふう、後六分近くあるのか」
最近の巨大な観覧車には及ばないが、
帝ヶ原市南部の丘陵の頂点に近いので、その景観は見事であった。
「うわあ、こうして見ると凄いね」
「ああ、まるで人がゴミのようだ」
「……何それ? 雰囲気壊れるんですけど?」
と、やや非難するように里香。
「え? 知らないの? この台詞」
「知らな~い。 というか知りたくもない」
と、少し頬を膨らませる里香。
「わ、悪い。 ついいつもの癖でさ」
「まあそういうところは健太郎らしいけどね」
「できるだけこういう性格を直すつもりだよ」
すると里香は小さく頭を左右に振った。
「ううん、無理にしなくてもいいよ?」
「い、いやでも――」
「私は健太郎のそういうところも嫌いじゃないから。
今日は随分無理して私に合わせてくれてるでしょ?」
「ま、まあな」
「その気持ちは凄く嬉しいんだけど、私は健太郎に自然体で
いて欲しいの? いきなり脈絡なく山猫の話を振ったり、
ボクシングの話になると目をきらきらされるところとか、
そういうのを全部含めて健太郎なんだと思う」
俺はそう言う里香の言葉に少なからずの衝撃を受けた。
なんというか彼女は俺の事をとても理解してくれている。
正直ここまで自分の性格を正確に理解してくれたのは、彼女が初めてだ。
それになんとも言えない喜びを感じた。
「里香、ありがとうな」
「ん? ここありがとうと言う場面?」
「いやなんか今の少しぐっと来た。 なんか嬉しいわ」
「そう、なら良かったわ」
そう言って里香は右手で俺の左手を握ってきた。
そして俺も優しく里香の手を握り返した。
「私達は私達のペースで行こうよ? ね?」
「……そうだな。 それがいいな」
そう言葉を交わした後は身を寄せて、互いの手を握り続けた。
最初は乗り気じゃなかったが、これならもっと長く観覧車に
乗っていたかった。 そして魔法の十三分が終わり、観覧車は地上に到着。
その後、俺達は小休止してから、遊園地を出て、
近くにあるスーパー銭湯へと向かった。
今日は土曜日なので、土日祝日料金で770円。
それを払い、更に150円出してレンタルタオルセットを借りた。
左腕の腕時計に目をやり、時刻を確認。 十四時半かあ。
家に帰るにはまだ早い時間。
なら一時間半くらいは、ゆっくり出来そうだな。
「それじゃ、十六時くらいに待合室で」
「うん、分かった」
俺は集合時間を決めて、里香と別れて男湯の脱衣所へ向かった。
そして素早く服を脱いで、タオル片手にシャワーの前へ向かう。
ボディソープで身体の汗と汚れを落とし、それをシャワーで流す。
それからシャンプーで頭を洗い、それをまたシャワーで綺麗に流した。
さてそれじゃ風呂へと向かうか。
おお、なかなか立派じゃねえか。
屋内には、二つの大浴槽に加えて、普通のサウナ、ミストサウナ、
水風呂、電気風呂などが一通り揃っていた。
そして外には露天風呂もある。
とりあえず俺は電気風呂に五分ほど入浴。
いまいち普通の風呂との違いは分からないが、気にしない。
電気風呂から出て、近くの椅子に座り五分程、休憩。
周囲に眼をやると、客の入りは多い。
まあ大体は50~60代の年配の男性客だが、10代、20代と思われる
若者の姿もそこそこあった。
それからサウナに入り、辛抱強く我慢した。
サウナ内には混んでいたが、前方で空いているところに腰掛けた。
三分、五分、八分経過。
ああ~これ以上はもう無理。
真夏にサウナは想像以上にきついな。
そしてサウナから出て、脱衣所に戻り、ロッカーに鍵をさして、
ロッカーを開く。 そこからバスタオルを取り出して、入念に身体を拭く。
それから体重計に乗り、現在の体重を確認。
58キロかあ。 まあ最近練習してなかったからなあ。
でも一風呂浴びて、すっきりしたぜ。
そして服を着て、片手にレンタルタオルを持って、脱衣所を後にした。
受付近くのタオル入れ場に使用済みのタオルを投げ込み、待合室に向かった。
ん? 待合室の近くに様々な種類の牛乳がある自動販売機があった。
銭湯の後と言えばこれだよな。 さあて、何しようか。
フルーツ牛乳か、あるいはコーヒー牛乳か。
まあここはコーヒー牛乳にしておこう。
150円を入れてコーヒー牛乳をゲット。
そして左腕を腰に当てながら、牛乳瓶の中身をごくごくと飲み干した。
「美味い! もう一杯!」
と、俺は何処かで聞いたような台詞を吐いた。
「健太郎~、おやじ臭いよ~」
不意に里香の声が聞こえてきた。
声のした方向に視線を向けると、湯上り美人の里香が立っていた。
なんか肌に艶があり、いつもより色気があるような気がする。
「何だ、里香ももう上がったのか?」
「うん、最低限汗流したら、なんか満足した」
「俺も似たような感じ」
「そっか。 それじゃ少し早いけど帰る?」
「そうだな」
そう言って俺達はスーパー銭湯をあとにした。
それからはバスに15分乗り、電車で20分移動。
そして俺が住む地域の最寄りの駅『成戸』に到着。
「それじゃあな、里香。 またな!」
「健太郎! 今日は楽しかったわよ!」
「俺もさ。 じゃあまた学校でな!」
「うん、またね!」
俺はそう言葉を交わして、電車から降りた。
里香は俺が電車から降りても、電車のドア窓からこちらを見ていた。
それからこちらを見ながら、小さく手を振っていた。
同様に俺も手を振り返す。
そして電車が発車して、視界から里香の姿が消えた。
とりあえず今日のデートはそこそこ上手くいっただろう。
これなら恋愛偏差値も13から25くらいに上がったかも?
まあとにかく場数を踏むしかねえな。
しかし俺がこんなリア充のような生活を送るとはな。
一年前の俺じゃ考えられん。 だが案外こんなもんなのかもな。
成長する時は、一気に成長する。 それが高校時代というもの。
みたいな台詞を何処かで聞いた気がする。
一年後は俺達も受験生。 恐らく来年の夏休みは勉強漬けだろう。
そういう意味じゃ今が一番遊んでいられる時期かもな。
一年後か。
その頃の俺はどうしているんだろうな?
まあいいや、その時になった時に考えればいいんだよ。
だから後悔のないように、部活も受験も恋愛も全力を尽くすぜ。
そう思いながら、俺は帰路に着いた。
ついでに帰り道にあるコンビニに寄り、
こないだのように渚への上納品用にタピオカミルクティーとプリンをゲット。
千円に満たない上納品。
これで渚が恋愛相談に乗ってくれるなら、安いもんだ。
んじゃ今度こそ真っすぐ家に帰るか。
次回の更新は2020年5月15日(金)の予定です。