第二十五話 里香との初デート(前編)
東京アルティメットランド。
俺の通う帝政学院高校や実家がある東京都・帝ヶ原市に
1970年代に建設された大型のレジャーランドだ。
帝ヶ原市南部の傾斜に沿った広大な敷地に、絶叫マシン、
ゴーカート、観覧車などのアトラクションを中心に、
遊泳プール、緑地、キャラクターショーを行う多目的ホールがある。
近年、遊園地やレジャーランドの閉鎖が続くなか、
この東京アルティメットランドは不況の中でも色々な策を講じて、
なんとか今日まで生き残って来た老舗のレジャーランドだ。
俺と渚が小さい子供の頃、
両親に何度か連れて行ってもらった記憶がある。
というか帝ヶ原市の市民なら、一度くらいは行った事があるだろう。
「へえ、久しぶりに来たけど、なんか雰囲気変わってるね」
そういう里香はピンクのカットソーに黒のフレアスカートという格好。
シンプルなスタイルだが、元が良いので何を着ても絵になる。
髪型はいつも通り豪奢な金髪を頭の右側で結わったサイドテール。
そして右手に黒のハンドバッグを持っている。
なんかどこかの読者モデルと言われても、遜色のないスタイルの良さだ。
「ん? 健太郎、どうしたの?」
「いや、それじゃ入場券買おうぜ」
「そうね」
この遊園地にはワンデーパスなるものがあるが、
中高生でも一人四千五百円するからな。
里香の分も出すとなると、九千円の出費。
だから俺達はとりあえず学生証を見せて、普通の入場券を購入。
中高生なら入場料1500円だ。
俺は自分の分と里香の分をまとめて払った。
「お、奢ってくれるのね! ありがとう、健太郎」
「いえいえ、これくらいの甲斐性は俺にもありますぜ」
俺達はそう軽口を交わしながら、入場券を受け取り、
入場ゲートをくぐった。
なんか西洋風の建築物群が、視界に入ってきた。
客の入りはそこそこ。 休日なので親子連れや高校生や大学生っぽい
カップルなどでそこそこ賑わっている様子。
入場口付近は少々混雑していたが、園内は結構広々としている。
よく見ると小学生らしき男の子や女の子が周囲を走り回っている。
「……で何処から回るの?」
「そうだな」
とりあえず渚の助言通りデートプランを練ってきた。
今は朝の十一時過ぎ。 とりあえず俺のデートプランは――
最初にゴーカートで適当に楽しみ、そこからバイキングに乗り、
そこから休憩も兼ねて、ランチタイム。 ここも俺の奢りだ。
そして軽い休憩を挟んで、ジョットコースターに乗り、
締めには定番の観覧車。
そこから汗を流すべく、遊園地を出て、
近くにあるスーパー銭湯へ行く予定だ。
この銭湯はここの管理会社が運営、管理を行っているが、
遊園地の施設ではない模様。 こういう施設は他にもたくさんある。
「……んな感じに回ろうと思うんだが、どうかな?」
「ふんふん、悪くないじゃん。 健太郎にしては良いチョイス!」
「あのなあ~、『健太郎にしては』は余計だろ?」
「いやあんま褒めると調子に乗るでしょ?」
「……否定できないところが辛い」
「まあいいわよ。 さあ、今日は思いっきり遊ぶわよ!」
「はい、お姫様!」
そう言いながら、俺達は目的のアトラクション目指して歩き出した。
「あははは! 意外に楽しいわねえ~」
ハイテンション気味にそう叫ぶ里香。
対する俺はげっそりした表情だ。
そうぶっちゃけよう。 俺は絶叫マシンが苦手なのだ。
正直バイキングでもかなり酔う。 今もへろへろ状態だ。
「健太郎、なんか顔が青いよ?」
「い、いや……バイキングで酔ってさあ~」
「あはははっ! 何? 健太郎って絶叫マシン苦手なの?」
けらけらと笑う里香。
「ああ……子供の頃から苦手でな。 高校生になっても苦手なままだ」
「なんか意外~、健太郎ってタフなイメージがあったから」
「タフそうに見せて繊細なんだよ。 俺という人間は」
「なんか面倒くさいね~。 山猫もそんな感じだっけ?」
「大体そんな感じ」
「なんか本当にキツそうね? じゃあこの後にジェットコースターに
乗るのは、止めておく?」
里香は俺の顔色を見ながら、そう言った。
こういうところで気を使えるのは、里香の美点だ。
でもなあ。 女の子にこういう気の使われ方するのは少し嫌だ。
だから俺はあえてジェットコースターに乗る!
苦手でも乗る。 そう自分の感覚だけで行動するのはもう止めるぜ。
青い顔をしているのをいじってもらえば、ラッキーくらいな気持ちで行く。
「いやここまで来たんだから、乗るよ。 なんか勿体ねえ~」
「いや無理しなくていいのよ?」
「いやホント気にしないでいいよ。
それに里香は乗りたいんだろ?」
「それはまあ……そうだけど」
「なら俺は里香に合わせるよ」
「ふうん、今日の健太郎は一味違うね。
了解、ならその前にご飯食べよう!」
「ああ、分かったよ」
とりあえず俺達は昼食を取るべく、フードコートに向かった。
ここのフードコートはそこそこ充実しており、ラーメン屋やうどん屋、
和食、洋食レストランやバーベキューの出来る店などがある。
俺達は無難に洋食レストランに入り、俺はカツカレー、
里香はミートソースパスタを注文した。
ちなみにここの飯代も奢ると言ったが、
里香は「いやこれくらいは自分で出すよ」と言ったので、
俺もそれ以上は強く言わなかった。
まあ本当の事を言うと少し助かった。
入場料二人分で三千円。
それにゴーカートとバイキングの二人分の料金で3200円。
更にここのカツカレー代で千円。
現時点で合計7200円の出費。
この後にジェットコースター、観覧車。
更にスーパー銭湯に行く事を考えたら、あまり無駄使いはできない。
まあ小遣いや銀行の貯金はまだそこそこあるが、
夏休みはまだ半分以上あるからな。
そして十五分後。
俺と里香は注文した料理を綺麗にたいらげた。
カツカレーの味はまあまあ美味かった。 でも千円は高いと思う。
里香も似たような感想を言っていた。
まあこういうところの食事代はぼってるからな。
更に弁当などの持ち込みも禁止だから仕方ないね。
そして自販機でジュースを買って、給水した。
更にはお互いにトイレも済ませておいた。
食事後三十分経ったので、俺達はここ東京アルティメットランドの
名物アトラクションであるジェットコースター『バンギッシュ』の
乗り場に向かった。 ああ、いよいよジェットコースターに乗るのか。
ある意味リングに上がる方がまだ気楽だ。
なんか個人的にジェットコースターの妙な浮遊感が嫌いなんだよな。
ここのジェットコースター『バンギッシュ』の最高速度は120キロ以上、
最高点と最下点の高低差は80メートル、
コースの全長は1600メートル。
他のジェットコースターの事は分からないが、
多分それなりの規模のジェットコースターだと思う。
「じゃあ健太郎、行くわよ」
「あ、ああ。 分かったぜ」
そんなわけで俺達はジェットコースター『バンギッシュ』に挑んだ。
……。
五分後。
俺にとっては地獄のような三分間が終わり、
俺は『バンギッシュ』の出入り口のベンチに座り、真っ白な状態になっていた。
燃えたよ、燃えた。 真っ白な灰になったぜ……。
今ならあの伝説のボクシング漫画『明日の翔』
の主人公・矢渕翔の気持ちが分かる。
まあたかがジェットコースターで大袈裟かもしれんが、
俺からすればリングで戦うより、こっちの方がきつい。
「……健太郎、大丈夫?」
そう言う里香は全然余裕の表情だ。
むしろ『バンギッシュ』に乗ってるときも「きゃあ、きゃあ」
と元気よく騒いでいた。 心から楽しんでいるという感じだった。
なんかよく分からんが、軽く里香に尊敬の念を抱いてしまった。
「……ああ、なんとかな」
「健太郎って本当に絶叫マシン駄目なのね?
少し受ける。 後で零慈にラインで教えてあげよっと」
「ああ、好きにしてくれ……」
「でも健太郎、少し成長したね? 私の為に苦手な絶叫マシンに
付き合うなんて可愛いところあるじゃない?」
「ま、まあ俺も里香に楽しんでもらいたいからな……」
「ふうん、少しは良いところあるじゃん。 じゃあお口直しに
遊園地の定番の観覧車に乗ろうよ?」
「そうだな、そうするか」
まあ観覧車ならそんなに怖くない。
だが実はこう見えて俺は高所恐怖症なのだ。
俺のキャラに合わないだろうが、これはマジな話だ。
でもそれを理由にここで断る程、野暮じゃない。
「んじゃ出発!」
そう言って里香が左腕を俺の右腕に絡ませて、腕を組んできた。
一瞬どきんと心臓の鼓動が高まったが、俺はなんとか平静を装った。
なんかいい雰囲気じゃね?
俺の気のせいじゃねえよな? ……多分。
次回の更新は2020年5月14日(木)の予定です。