第二十四話 妹に恋愛相談
こん、こん、こん。
俺は妹の部屋の木製のドアを優しくノックした。
「はあい、誰~?」
妹の渚の声がドア越しに聞こえてきた。
「あ、渚。 俺だよ、俺!」
「な~んだ~、お兄ちゃんかあ~。 ……何か用?」
なんだよ、この反応? 少し酷くね?
と思いつつもここは怒らない、怒らない。 まずは餌で釣る。
「いやさあ、コンビニでお前が好きなタピオカ入りのミルクティーと
プリンを買ってきたんだけど、欲しいか?」
「欲しい、欲しい!」
そう叫びながら、渚が勢いよくドアを開けた。
うおっ、危ねえっ!? 咄嗟に後ろに下がったから良かったけど、
急にそんなに勢いよくドアを開けるなって!
「渚、危ねえって!?」
「あ、ごめん、ごめん。 でタピオカとプリンは?」
「ああ、これだよ」
俺はそう言ってタピオカミルクティーとプリンの入ったコンビニ袋を
渚に手渡した。 すると渚はコンビニ袋をあさった。
渚はピンクのTシャツに青いショートパンツという格好だ。
まあ夏場だしな。 家に居る時はこんなもんだろう。
「お兄ちゃんにしては気が利いてるじゃない。 それじゃあね」
「あ、待て、待て。 お前に相談したい事があるんだよ!」
「ふうん、まあ何かあるとは思ってたけど、とりあえず中に入って!」
「ああ、邪魔するぜ」
俺はそう言いながら渚の部屋に足を踏み入れた。
部屋の広さは八畳一間。 というか俺の部屋よりデカい。
俺は雪風家の長男だぜ? まあ別にいいけどさあ。
学習机、椅子、ピンクのソファー、本棚、
クローゼットとシンプルだがセンスの良い
調度品が揃えられた落ち着いた雰囲気の部屋だ。
よく見るとそこそこの大きさの液晶テレビがテレビ台に、
学習机の上にピンク色のノートパソコンが置かれている。
「とりあえずそこに座って!」
そう言って渚はペンギンの座布団を俺に手渡した。
俺は座布団を尻に敷いて、胡坐をかいた。
そして渚は机の前の椅子に座り、足を組みながらこちらを見据えた。
「……で私に何を相談したいの?」
むう、やはり妹に恋愛相談するのは少し恥ずかしい。
だがここはあえて恥を忍んで、妹の助言を聞こう。
「じ、実は恋愛相談なんだが……」
「恋愛相談!? お兄ちゃんがっ!?」
と、露骨に驚く渚。
おい、妹よ。 そのリアクションは流石に失礼じゃね?
しかしここはあえて我慢。 スマイル、スマイル!
「お、おう。 いやあこれがマジなんだなあ~」
「へえ、へえ、へえ。 で相手は誰なの!?」
その目は興味津々という感じだ。
「前に写メとか見せただろ? あの金髪の里香っていう女の子」
「ああ~! もしかしてあのハーフの超綺麗な人っ!?
嘘っ!? マジで!? お兄ちゃん、無謀すぎる!!」
「お、お前なあ。 いくらなんでもその言い方はねえだろ?
それに里香が好きだからアドバイスが欲しいとかじゃなくて、
里香と二人でデートに行くから助言が欲しいという話だ!」
「ええええええええええええっ!?」
「お、お前そこまで驚くなよ!?」
「いやいや普通驚くでしょ? お兄ちゃん、里香さんの弱み握ったの?」
こ、こいつ……。
俺の事をなんだと思ってるんだよ。
「違えよ。 なんか最近マジでいい感じになっててさ。
それで今週の土曜日に東京アルティメットランドへ行く事になったんだよ」
「……マジで?」
「マジで」
「里香さん、男の趣味悪っ!!」
「お前、兄貴相手によくそこまで言えるな」
「いやいやいや、この反応は普通でしょ?
というかあのイケメンの友達は? 普通お兄ちゃんとあのイケメンなら、
普通に後者を選ぶでしょ? というか百人中九十九人はそうするでしょ?」
ぐぐぐっ。 こいつマジで滅茶苦茶言うなあ。
でも確かに俺もそう思う。 俺と来栖なら普通来栖を選ぶよな。
しかしこうも頭ごなしに言われるとやはり少しムカつくな。
だがそこはあえて我慢する。 妹の横暴に耐えてこその兄なのだ。
「まあそうだけどよ。 事実は小説より奇なりというやつさ。
つうかキリねえから、話を先に進ませていいか?」
「そうね。 で何が聞きたいの?」
「いや女の子と二人っきりでデートする際に大事な事を
教えて欲しいんだわ~。 正直俺一人では色々と不安なのよ」
やや情けないが、虚勢を張っても意味ねえからな。
低姿勢で行こう、低姿勢で。
すると渚は「ふんふん」と頷いた後にゆっくりと語りだした。
「そうね。 とりあえずデートする場所をネットで調べてみて。
お兄ちゃんって無駄にネットは得意だから、大丈夫よね?
とりあえず最低限のデートプランを考えておくこと」
「うむ。 最初に何で遊んで次はここで、そして昼食はここにする。
みたいに最低限のデートプランを練っておけって話だよな?」
「そうそう。 何をすれば里香さんが喜ぶかをイメージしてね」
ほうほう、渚のアドバイスは分かりやすいな。
これなら恋愛偏差値13の俺でも理解できる。
でも確か渚には彼氏いない筈なんだがなあ。
なんでこういう事がすらすら言えるんだろうか?
まあ常に頭でこういうデートがしたいという思いがあるのかもな。
「ではこれから先が大事! 真面目に聞いてね!」
「お、おう!」
「まず最初に自分のやりたい事を我慢する事!
お兄ちゃんはそこそこの条件を揃えた男なんだけど、
いかんせん自分の願望や欲望に忠実過ぎるのよねえ~。
これじゃいつまで経っても、彼女なんかできやしない。
だから自分の事より、里香さんの事を考えて行動、発言するように!」
そう言って渚は右手の人差し指を突き立てた。
まあこれに関しては、思い当たる節が多すぎて、反論の余地がない。
だがいい加減この性格を直さないと、
いつまでたっても彼女はできそうにない。
故に少しずつ性格を直すつもりだ。
やっぱり俺も彼女欲しいからなあ。 だから多少の事は我慢する。
「要するに空気を読んで、考えてから物を言え、って事だよな?
少なくとも女の子の前ではそうしろと、そういう話ですよね、渚さん」
「うんうん、そういう話なんですよ。 健太郎君」
と、胸の前で両腕を組んで頷く渚。
まあこれに関しては渚の言うとおりだ。
オタクにありがちな自分の好きな事、得意な分野で急に
ベラベラ喋るような真似はご法度。 そういう事だろうな。
「それと二つ目! 女の子とは絶対議論しない事!
特に理屈で攻めるのは最悪。 絶対にやってはいけませんよ?
とにかく女の子の言う事は否定しない事。 女の子は共感を
求める生き物です。 仮に意見を言うにしたとしても、
『君の考えは素晴らしいと思うよ。 そして俺はこう思うね』
という具合に相手の意見を受け入れた上で、相手の興味を引くような
会話をする事。 これさえ守れば女の子の好感度はぐんぐん上がります」
そう言って右手の人差し指と中指を立てる渚。
まあこれは俺も聞いた事あるなあ~。
なんというか男と女では根本的に考え方が違うらしい。
男は理屈の生き物で、女は感情の生き物みたいな話だ。
思い返せば里香相手にしつこく山猫の話をしたのなんか
すんげえ最悪だったなあ。 なんか自分だけ楽しんで、
会話を聞かせる相手の事なんかまるで考えてなかった。
とりあえず今は反省している。 もうしない。 ……多分。
「分かったよ、頑張ってみる。
渚、色々アドバイスありがとうな」
「いえいえ」
そう言って渚は右手の平をこちらに差し出した。
ん? なんだ?
とりあえず俺も渚の手の平に自分の右手をポンと置いた。
「いやお手じゃないでしょ?」
「へ? んじゃなんの催促だよ?」
「アドバイス料」
うお、マジか。 こいつ、兄貴相手に金を取るつもりか?
我が妹ながら、なかなか良い性格しているなあ。
だがここで安易に相手の要求に応じるのは良くない。
なので俺は別の手段で渚の懐柔を狙う。
「……明日もタピオカとプリン買ってくるよ」
「まあそれで手を打つか。 んじゃお兄ちゃん、お疲れ様~」
さっさと出て行けと感じに右手を振る渚。
「ういうい、んじゃあな、渚」
そう言って俺は渚の部屋から出た。
まあ多少の出費はあったが、悪くはない戦果だ。
後はSNSの女性の友人に軽くアドバイスを受けよう。
それと『東京アルティメットランド』の事も色々と調べないとな。
んじゃ自分の部屋に戻り、パソコン立ち上げるか。 よし、頑張るぞ!
次回の更新は2020年5月13日(水)の予定です。