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第二十三話 健太郎、委員長を助ける



 とりあえず本屋に寄って、デート本の類でも読むかな。

 と思いながら近場の少し大きめの本屋へ向かった。


「ちょ、ちょっと! や、やめてください!」


「いいじゃん、いいじゃん。 遊ぼうよ、彼女~」


「て、手を放してよ!」


 何だ? こんな天下の往来でナンパか?

 ん? よく見ると女の方は帝政の制服を着ている。

 というかなんか見覚えのある顔だ。



 眼鏡をかけた黒髪の可愛らしいツインテールの美少女。 

 それ以外も妙に既視感がある。

 あ、あれは委員長!? じゃなくて苗場さんだ。 

 あの生真面目な苗場さんが逆ナンするわけがない。

 という事はあの二人組の男が無理やり言い寄ってる感じか。

 というかあの二人組も何処かで見た気がする。


 ……。

 知らないふりするのもアレだしなあ。

 しゃあねえ、少しだけ人助けするか。


「ああ、委員長。 そこに居たんだ。 探したぜ?」


「えっ? 雪風……くん?」


「なんだ、男が居たのか? ってお前は!?」


「ん?」


 なんか目の前の二人組が俺を見て硬直している。

 見るからにチャラそうな連中だが、俺にこんな知り合い居たっけ?


「な、なんでお前がここに居るんだ?」


「いや俺も帝政の生徒なんだけど……ああっ!?」


 そこで俺は不意に思い出した。

 こいつらよこはま動物園ズーラリアで里香をナンパしていた二人組だ。

 こいつらなんでこんなところに居るの?


「アンタ等、横浜から東京までわざわざナンパしにきたの?」


「違えよ! ここが俺等の地元なんだよ!?」


 あっ、そうなんだ。 こういう偶然ってあるんだね。

 でも何処でもいつでもナンパする根性は少し尊敬する。

 なんつーかそのアグレッシブさは少し見習いたい気もする。


「そうなんだあ~。 お兄さん達も頑張るね」


「うるせえな! 余計なお世話だ!」


「お、おい。 コーキ。 もう行こうぜ?」


「……しゃあねえな」


 そう言ってナンパ二人組はこの場から去った。

 するとしばらくの間、苗場さんは戸惑っていたが――


「あ、ありがとう、雪風君」


 と、小声でそう言った。


「いや、苗場さんこそ大丈夫?」


「え?」


「ん? どうかしたの?」


「いやだって雪風君が私の苗字読んだから、驚いて」


 ああ、そういう事ね。

 でも苗場さんは何処となく嬉しそうだ。

 まあアレだ。 やはり人の名前はちゃんと呼ばないとな。

 俺も少しだけ成長したな。 まあこんなの一般常識の範疇だけどね。


「もう大丈夫だよね? それじゃ俺――」


「ま、待って!」


 俺はその場から踵を返そうとしたが、急に苗場さんに呼び止められた。

 ん? 何だ? 苗場さんは俺に何か用があるのか?

 振り返り視線を苗場さんに向ける。 

 すると苗場さんはもじもじしながら――


「た、助けてくれたお礼にお茶を奢らせてよ?」


「え? いやそんなの気にしなくていいよ」


「私がお礼したいのよ。 それとも私とお茶するのは嫌?」


 こう言われると拒否するのは難しい。

 というかさっきまでドリンクバーで粘っていたから、

 あんま喉は乾いてねえんだよなあ。 でもちょっとくらい付き合うか。


「そんな事ないよ? いいよ、そこまで言うなら付き合うよ」


「ホント? じゃあそこのマッカでいいかしら?」


「ん? ああ、いいよ」


 そう言葉を交わして、

 俺と苗場さんはハンバーガーショップのマッカに入った。


「苗場さん、実は俺あんま喉乾いてないから、

 ハンバーガー頼んでいいかな?」


「うん、いいよ。 千円以内ならオーケーよ」


「大丈夫。 そんなには食わないから」


 とりあえず俺はチーズバーガー一個と

 Sサイズのオレンジジュースを注文。

 苗場さんはSサイズのコーラを注文。 

 そして二階の窓側の席に座った。

 俺と苗場さんはテーブルを挟んで対面に座り、

 しばらくの間無言で見つめ合った。



 さて、あまり親しくない女の子と何を話せばいいものやら。

 来栖ならこういう状況でも上手く会話を弾ませるんだろうが、

 俺には少し荷が重い。 

 とりあえず俺はチーズバーガーにがぶりとかじりついた。


「ゆ、雪風君。 さっきはありがとうね」


「ん? いえいえ、クラスメイトを助けるなんて普通じゃん?」


「いや普通はあんま親しくない相手だとスルーするものよ」


「そうなの? 俺、その辺の感覚よく分からなくてさ~」


 俺は思った通りにそう言った。

 まあでも丁度、今日苗場さんと一悶着あったしな。

 さっきのはその埋め合わせみたいなもんさ。

 というのは言葉に出さず、あくまで平静を装った。


「雪風君ってなんかイメージと違うね」


「ん? 俺ってどんなイメージ持たれてたの?」


 一応そう聞き返すが、自分でもなんとなく分かっている。

 まあ良くて珍獣扱い、悪けりゃ空気読めない超KY野郎ってとこだな。

 その辺の自覚がないわけではない。


「なんか私の中だと興味ない人にはとことん興味ないというか、

 仲の良い友達以外は他人にあんまり興味ない人だと思ってた」


 まあ大体はその通りだな。

 中学の途中までは違ったんだけどな。 今は概ねそんな感じだ。


「まあ大体は当たってると思うよ」


「でも来栖君や神宮寺さんにはとても優しいよね」


「ん? そう思う?」


「うん、そう思う」


「まあ俺、友達少ないからね」


「その気持ち分かるかも? 私もあんまり友達居ないから……」


 俯きながらそう言う苗場さん。

 そう言えば苗場さんが誰かと一緒に楽しそうに話しているところを 

 あんま見た事ないかもな。 

 クラスの委員長やっているから、誰とも挨拶などは交わすけど、

 特定の誰かと仲良くしているという印象はあまりないな。


 まあ俺なんか今日まで名前もきちんと憶えてなかったけどね。

 そういう相手とこういう風に喋るのは、少し不思議な感じがする。


「やっぱり私って影薄いのかな?」


「いやそんな事ねえよ」


「嘘。 私の名前ちゃんと覚えてなかったじゃない」


「うっ……それを言われると少し辛い」


「冗談よ、冗談よ。 というか雪風君も動揺する事あるんだ? 

 あはははっ! おかしいの!」


 そう言って苗場さんはころころと笑った。

 へえ、苗場さんがこういう風に笑うの初めて見たかも。


「……俺の事、なんだと思っているの?」


「え~と無神経で我儘な人」


「ちょ、ちょっと流石にそれは酷くね?」


「というのはさっきまでの印象。 今は違うわ」


 なんかどう反応していいか分からん。

 しかしよく見ると苗場さんって結構可愛いな。

 いや前から可愛いとは思っていたんだが、

 生真面目で潔癖症っぽい印象が強かったから、

 俺とは基本的に合わないタイプの人間と思ってた。


「へえ、それじゃ今はどんな風に思ってるの?」


「内緒」


「ええ~、教えてよ?」


「今日まで私の名前すらきちんと憶えてなかった癖に!」


「まあそれを言われると、返す言葉もねえけどさあ~」


「なんか雪風君、雰囲気変わったね」


 そう言いながら、ストローでコーラを啜る苗場さん。

 そうなのか? 正直自分じゃ分からんなあ。


「そう? どんな風に変わった?」


「う~ん、なんだろう~? 少しソフトな感じになったかな?

 そう言えばボクシングの大会はどうだったの?」


「ソフトねえ。 ボクシングに関してはまあ三回戦止まりだったけど、

 個人的には満足しているよ。 

 リベンジしたい奴にリベンジしたからね」


「ふうん、そうなんだあ~。 その辺が関係しているのかもね。

 前の雪風君はお調子者のように見えて少しピリピリしたところあったし。

 でもなんか今はさばさばした感じ。 それが私の印象」


 へえ、苗場さんって結構洞察力あるね。

 確かに剣持に借りを返すまでの俺は、何処かピリピリしたところがあった。

 あそまで真剣に練習をしたのも、野郎にリベンジしたかったからだ。

 

 だがいざリベンジ、奴に勝ってみたらなんか色々満足した部分はある。

 というか実はいうとボクシングに対するモチベーションも低下気味だ。

 その気になれば片手でも練習する事も可能だが、なんか気が乗らない。

 まあそれでも日課の早朝ロードワークと筋トレだけはしているけどな。


「結講当たってるかも?」


「うん。 なんか前より雰囲気いいよ」


「そっか。 そう言われるとなんか嬉しいわ」


「雪風君」


「……何?」


「またこうして私と話してくれるかな?」


 俺の顔を覗き込むように見ながら、そう言う苗場さん。

 不覚にも胸がきゅんときた。 うん、正直可愛いと思う。

 しかし里香との関係を考えれば、あまり他の女子と仲良くするのも

 アレだしいな~。 でも普通に話すだけなら問題ないか。


「うん、いいよ。 学校とかでも普通に話しかけてよ」


「うん、来栖君や神宮寺さんが居ない時にね」


 ……。

 苗場さんはちゃんと空気読めるようだな。

 俺も少しは空気を読む努力するかな。 なんか今そう思った。


「うん、んじゃ今後ともよろしくね」


「うん、よろしくね」


 そう言って苗場さんは右手を差し出してきた。

 俺はやや躊躇いながらも、自分の右手を差し出し、苗場さんと握手した。


「じゃあ雪風君、今日はありがとうね」


「ううん、帰り道気を付けてね?」


「うん、じゃあね。 ばいばい」


「ばいばい」



 苗場さんは右手を小さく振りながら、駅の方向へと去って行った。

 俺は彼女が見えなくなるまで、眼でその背中を追った。

 なんかこういうのもいいね。 別に彼女とどうこうしようと思わんが、

 こういう風に女友達が増えると少し幸せな気分になるな。

 まあ里香の気持ちを最優先するが、普通に話すくらいならいいだろう。

 あ、そう言えば本屋に寄る予定だったな。



 その後、本屋に寄ってデート本を何冊か立ち読みしたが、

 なんかいまいちだった。 

 なんというかこういう本は高校生より年齢層が高め向けに作られている。

 でもなあ、何の前準備もなしで行くのも少し不安だな。



 来栖に相談する。

 ってのはなんか恥ずかしいしな。 仕方ねえ、妹の渚に聞いてみるか。

 まあ一七歳の兄貴が十五歳の妹に恋愛相談する時点で色々とアレだが、

 ここは恥を忍んで妹に頼ろう。 なら手ぶらでは駄目だな。

 コンビニに寄ってタピオカ入りのミルクティーと少し高いプリンを買おう。

 これさえあれば渚も相談に乗ってくれるだろう。 ……多分。



次回の更新は2020年5月12日(火)の予定です。



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