第二十話 俺達の青春はこれからだ!
「まさか二回戦で負けるとはねえ~。
高校三冠王としては冴えない結末だね」
「まあ少し天狗になってたんじゃないの? 彼の父親は政治家だし、
学校にも多額の寄付しているから、監督や顧問教師は練習も
彼の好きにさせてたらしいよ。 部活内でも我儘し放題で、
随分と周囲の顰蹙を買ってたみたいよ」
「ふうん、まあ剣持君はインタビューとかでもあまり態度良くなかったよね」
「そうそう、いちいち偉そうというか、なんか生意気なんだよ」
「うんうん、まあこの試合に限っては、
帝政の雪風君の気迫と勝利の執念が上回った感じだね~。
最終ラウンドの怒涛のラッシュは圧巻だったよ」
「だね、んじゃうちは雪風君の取材にいってくるよ」
「あ、うちも」
控室の扉の向こうで飛び交う記者やマスコミ関係の言葉。
それを聞きながら、剣持は沈痛な表情でベンチに腰掛けていた。
別にマスコミ連中が掌を返した事に関しては、恨みはない。
勝負の世界はそんなものだ。 悔しいのは、敗北という結果だ。
悔しさのあまりバンテージが巻かれた右拳を強く握り締める剣持。
「剣持、大丈夫か?」
「身体の方は大丈夫ですが、心の方が少しヤバいっス」
剣持は宮下監督の言葉に項垂れた表情でそう返した。
「お前にとってはアマチュアでの初黒星だからな。 そら悔しかろう。
だが恥じる必要はないぞ? 相手は、雪風は強かった。
これがボクシングなんだよ」
「……そうっスね」
「では俺は他の奴のセコンドにつくから、もう行くぞ。 ん?」
その時、控室のかちゃりとドアが開いた。
すると顕聖学園ボクシング部指定の青いジャージ姿の影浦が中に入って来た。
「おお、影浦か。 俺は今からセコンドにつくから、
剣持を見ててくれないか?」
「はい」と、影浦。
「じゃあな、剣持、影浦」
宮下監督が出ていき、控室には剣持と影浦の二人っきりになった。
「……何だ、俺を嘲笑いにきたのか?」
「半分くらいはそうだな」
影浦の言葉に剣持は「ちっ」と舌打ちをした。
すると影浦は剣持の近くまで行き、見下ろすような形でこう言った。
「雪風の奴、終盤のラッシュはマジ凄かったよな。
凄い執念のようなものを感じたぜ」
「……影浦、何のつもりだ?」
「別に~。 まあお前がへこんでいる顔を見れて少し楽しいわ」
「……お前、俺に喧嘩を売ってるのか?」
と、双眸を細めて影浦を睨む剣持。
「まあそう怒るなよ? お前が普段言っている台詞も大体こんなもんだぜ?」
「ふん。 今や俺は哀れな敗北者だからな。
この場で意趣返しするつもりか」
「別に哀れな敗北者とは思わねえよ。 実際すげえ試合だったよ」
「でも取り巻き連中やマスコミ連中は、俺から去って行った」
「はん? お前もしかしてそんな事を気にしてるのか?」
「……別に」と、そっぽを向く剣持。
「まあ半分はお前自身の招いた結果だ。
これに懲りたら少しは態度を改めるんだな?」
「……余計なお世話だ」
「でも本当に凄い試合だったよ。
高校生の試合でああいう試合は滅多に見れねえよ」
「……でも負けたら意味がない」
「流石の天才剣持君も初黒星にショックは隠せない、ってか?
いいじゃねえか。 どんな強いボクサーでも無敗のまま
引退する奴は殆ど居ない。 むしろ負けてから、
更に強くなったケースの方が多いじゃねえか~」
「……何だ、お前。 俺を慰めてるつもりか?」
すると影浦は僅かに口の端を持ち上げた。
「まあほんの少しはな」
「……影浦」
「何だよ?」
「お前はどうして俺に構うんだ?」
剣持は前から疑問に思っていた事を口にした。
なんというか影浦は他の連中と違う。
自分に対して媚びたりせず、それでいて言うべき事はハッキリ言う。
だから剣持も彼に対しては、最低限の敬意を払っていた。
「……そうだな。 お前は無茶苦茶ムカつく奴だし、
態度もデカいし、口も悪いわ。 それでいて
実家は大金持ちのボンボン。 そりゃ嫌な野郎だよ。
いや~実際のところさ」
「……お前、本人を前にしてよくそこまで言えるな?」
だが影浦は動じる事もなく、次のように述べた。
「……でもお前のボクシングの才能は本物だ。
お前は本当にムカつく奴だが、お前のボクシングスタイルには
憧れるし、嫉妬もする。 これは多分他の部員も同じだぜ?」
予想外の言葉に眼を瞬かせる剣持。
そして僅かに口元を緩ませながら――
「そうかい。 そいつは素直に嬉しいな。 影浦、色々とありがとうな」
「お前の口から『ありがとう』という言葉を聞くとはな。
明日は雪が降るかもな」
「へん、うるせえよ」
「そろそろ俺は行くぜ。 お前が居ない間にインターハイ王者に
なって、少しはお前との差を埋めたいからな。
じゃあな、剣持。 これを機に少しは真人間になれや」
「うるせえよ、この野郎。 てめえ、なんか負けちまえ」
だがそういう剣持の表情は何処か楽しそうであった。
そして影浦も踵を返し、控室を後にした。 室内に一人残された剣持。
すると剣持は急に吹っ切れた感じで、両拳を強く握り締めた。
――まあ今回は素直に負けを認めておくぜ。
――だがこれで終わる俺じゃねえぜ。
――雪風健太郎! お前に必ず借りを返すぜ!
「それでは失礼します」
「うん、雪風君。 お大事に!」
俺は医務室のドクターに小さく頭を下げてから、医務室を後にした。
俺の予想通り右拳に罅が入っていた。
全治まで一カ月半かかるらしい。
これで俺のインターハイは終わった。
というか多分秋の国体にも間に合いそうにねえな。
でも不思議と後悔はなかった。
なんか全力を出し切ったから満足したのかな?
「「健太郎!!」」
「おう、来栖に里香!」
来栖と里香が慌てた表情でこちらに駆け寄ってきた。
「怪我どうだったの?」と、来栖。
「いやまあそんな大したことねえよ。
ちょっと右拳に罅が入っただけさ」
「治るのにどれくらいかかるの?」
「ん? 一カ月半くらいらしい」
俺は心配そうにそう聞く里香に明るい口調でそう返した。
「……そう。 それだとこの大会はもう……」
「ああ、出れないな。 というか秋の国体も多分無理」
言葉を濁す里香に対して、
俺はあっけらかんとそう言った。
「……それは残念だね」
「……うん、健太郎はあんなに頑張ったのにね」
来栖と里香が俺を気遣うようにそう告げた。
その気持ちは有り難いが、正直俺はそんなに落ち込んでない。
結果は三回戦不戦敗だが、俺は全力を尽くして、
あの天才・剣持に勝った。
自分でも言うのもあれだが、俺は自分自身を限界まで追い込んで、
剣持と真っ向から戦い、そして勝利を勝ち取った。
なんというか一年前に失った自信と自尊心を
ようやく取り戻せた気がする。
だから俺としてはこの結果に不満はない。
「二人とも気を使ってくれて、ありがとな。
でも俺は落ち込んでないぜ?」
「「そうなの?」」
異口同音にそう問う来栖と里香。
「ああ、俺は全力を出して、あの剣持から大金星をあげた。
一年前の雪辱も果たしたし、お前等にも少しは
俺のカッコいいところ見せれたと思う。 だから悔いはない」
「そうか、それなら良かった」と、来栖。
「うん、でもリング上の健太郎は輝いてたよ。
普通にカッコよかった」
そう言って里香は真剣な表情で俺の顔を凝視する。
「へへっ、少しは惚れ直したか?」
「うん、ちょっと惚れたかも」
「!?」
俺の冗談に真顔でそう返す里香。
やべえ、少し胸がきゅんとしたぜ。
というか冗談のつもりだったが、マジで返されると反応に困るぜ。
里香はその大きな目で俺を見据えながら、熱っぽく語りだした。
「……私、ちょっと感動したよ。 私はボクシングの事とか
分からないけど、一生懸命に戦う健太郎の姿に目を奪われたわ。
勝ち負けとか別にして、
何かを一生懸命頑張る人間ってかっこいいと思う」
なんか面と向かって、こう言われると恥ずかしいな。
俺は里香の言葉に嬉しいような、
恥ずかしいような気分になった。
「そうか、それは良かったぜ。 俺も頑張った甲斐があるよ。
俺のファイトで里香や来栖に何かを与えられたのなら、
俺としても本望さ。 こんな嬉しい事はねえよ!」
なんだかよく分からないが、今の俺は最高にハッピーだ。
テンション上がってきた!
「うん、私もなんか嬉しいよ。 あのね、健太郎」
「なんだ、里香」
「……私、健太郎に言いたい事があるのよ」
「奇遇だな。 俺もだよ」
「健太郎、先に話してよ」
里香がやや上目遣い気味にそう言う。
俺は言葉を選びながら、自分の正直な気持ちを打ち明けた。
「里香、来栖。 色々ありがとうな。 なんか俺一人で
背負い込んでいたけど、やっぱりこうして
共に喜べる友達ってすんげ~大事と思うわ。
二人にはマジ感謝してるぜ」
「ふふふ、健太郎のそういうところ最高だね」
と、来栖がふっと笑う。
「うん、私も健太郎のそういうところは大好きよ」
と、里香も微笑を浮かべる。
「ああ、俺も里香のそういうところが好きだぜ」
「ちょ、ちょっといきなり何を言うのよ!?」
里香が慌て気味に赤面する。
「……別に。俺は思ったままの事を言っただけさ」
「それって友人としてかな? それとも……異性としてかな?」
里香が瞳を輝かせて、そう問う。
これにどう返すべきかなんて恋愛偏差値13の俺でも分かる。
というかぶっちゃけ里香と本気で付き合いたいなら、答えは明白だ。
でも俺は恋愛偏差値13に加え、人間偏差値44の男。
そんな俺に里香や来栖のような友人が居るのは奇跡とも言える。
里香とは付き合いたいという気持ちは当然ある。
でもそうなると来栖と大なり小なり疎遠になる。
それは仕方ない事だ。 友情より愛情を優先するのは、当然の事だ。
だが今の俺にはそれを優先するより、現状を維持したい。
もう少しだけ今のままでいたい。
これが今の俺の嘘偽りのない本音だ。
「両方さ、里香。 だからこれからもよろしく頼むぜ!」
そう言って俺は白い歯を見せて笑った。
すると里香は思わず小さく嘆息する。
そしてやれやれという具合に両肩を竦めた。
「はあ~、なによ、それ? もう少しマシな返事を
期待したんですけど~。 まあ健太郎は所詮健太郎って事よね。
……このへたれ!」
「えええっ!? 駄目なの? この答え!?」
「全然駄目。 精々四十点ってとこね。
このへたれ、へたれ、へたれ、意気地なし!」
「ええ~? そこまで言う? なあ、来栖どうしたらいい?」
俺は思わず視線を来栖に向けて、
助け船を出してくれないだろうかと期待したが――
「今のは健太郎が悪い!」
と、バッサリと斬り捨てられた。
「まあ所詮健太郎だもんね。 でもいいよ、
私は、私だけは理解してあげるよ」
「お、おい、里香。 待てよ……それどういう意味なんだよ!?」
「……それぐらい自分で考えなさいよ!」
「いやあマジよく分からないんですけど~?」
「もういい、零慈。 もう行こう!
じゃあね、健太郎。 このへたれ!」
里香は一瞬舌をべえと出してから、
悪戯っぽい笑みを浮かべて踵を返した。
「んじゃ俺が里香の機嫌を取っておくから、
試合会場の入り口付近で集合しよう」
「わ、悪いな、来栖」
「いいって事さ。 俺が好きでやっている事だからね!」
来栖は絵になる爽やかな微笑を浮かべて、里香の後を追う。
俺は呆然としながら二人の後姿を傍観する。
「……わかったよ、考えりゃいいんだろう、考えれば……」
そう言いながら、俺はふっと小さく笑った。
やれやれ、私だけは理解してあげる、か。
女にそう言わせるようじゃ俺もまだまだな。
でも今の俺には自分から言う勇気が足りないな。
ボクシングだけでなく、恋愛の方も頑張らねえとな。
とりあえず恋愛偏差値30は超えたい。
まあいいさ、焦らず自然体に行けばいい。
無理に焦る事はない。
恋もボクシングもゆっくりゆっくり一歩ずつ進んで行けばいいさ。
俺はそう胸に刻み澄ました表情で口を結んだ。
こうして俺のボクサーとしての夏は終わりをつげた。
だが不思議と悔いはない。 むしろ満足している。
だが俺も思春期の男子高校生。
ボクシングだけが青春じゃない。 だから残りの夏を
一人の思春期の男子高校生として過ごすつもりだ。
夏休みはまだ半分以上あるからな。
俺の名は雪風健太郎。 そこそこのスペックの持ち主の男子高校生だ。
(無駄に)高い戦闘力、(ネットで得た)豊富な知識、
(文系科目限定)意外に高い学力、容姿もそこそこ。
こうして言葉を並べれば、我ながら悪くないスペックと思う。
だがそれらの美点を全て打ち消すアレな性格である事も認める。
空気読まない、というか読めない性格。 基本的に我儘。
ノリと勢いだけで生きている。 というか心が山猫レベル。
そのくせ興味ある事への拘りは無駄に凄い。
そして人間偏差値44と恋愛偏差値13という
人間離れした低偏差値。 だから彼女も居ない、というかできない。
というか彼女どころか、友達も少ない。
男女合わせて二人しか居ない。
だがこういう性格を含めて、俺の個性なんだと思う。
だからしばらくは今のままでいい。
急に色々変えるのもあれなんでな。
何にせよ、俺は高校二年生の一七歳。
俺は、俺達は青春の真っただ中にいる。
だからこういうアレな性格や部分も含めて、
人生を色々楽しもうと思う。
とりあえず俺の、俺達の青春学園ライフはまだまだ始まったばかりだ。
ここまでが新人賞投稿の部分です。
次回からは完全書き下ろしです。
次回の更新は2020年5月9日(土)の予定です。
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