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第十九話 真夏(まなつ)の山猫(やまねこ)


「ねえ、零慈。 どっちが勝ってるの?」


「ポイント的には多分健太郎だね。 でも正直最後まで分からないね」


「……そうよね。 私は素人だけど、

 健太郎の相手が超強いのは分かるわ」


「どうやら彼は前年度の優勝者みたいだね」


 里香の問いに淡々とそう返す来栖。


「何だ、兄ちゃん? 知らねえのか? 

 あの剣持は高二の時点で高校三冠王だぜ? 

 この夏を制すれば、高校四冠よ! 

 将来の五輪金候補と言われる天才ボクサーだぜ?」


 近くに立っていた三十前後くらいの

 中年男性がそう来栖に話し掛けてきた。


「はあ、そうなんスか~。 いや俺等は友達の応援に来ただけなので」


「なんだ、兄ちゃん達、雪風の友達か?」


「ええ、まあ……」


 するとその中年男性はにこりと笑った。


「そうか、いやあ正直雪風がここまでやるとは、

 ボクシングファン歴十五年の俺でも予想外よ! 

 総合力では剣持の方が上だが、雪風もかなり良いボクサーだ。 

 こりゃひょっとして、ひょっとするぜ? 

 だから友達なら最後まで見守ってやれよ?」


「……はい」


 どうやら健太郎は自分の思っていた以上に凄いボクサーのようだ。

 普段の彼は少しアレな部分もあるが、

 リング上の彼は確かに輝いていた。

 来栖は友人として、同じ男として、それを誇らしく思った。


「じゃあ里香。 俺達も最後まで応援しようね」


「うん」


 運命の第三ラウンド。

 接近するチャンスを探る剣持に対して、

 健太郎はフットワークを使い、

 左ジャブの連打で剣持の突進を止めて、距離を保ち続ける。 


 だが剣持は健太郎の左ジャブに恐れることなく前へ前へ攻め立てる。 

 剣持が中間距離から、荒っぽい左のロングフックを叩きつけるが、

 健太郎はしっかりとこれをガードする。 

 しかしガードした右腕がびりびりする。



 ――相変わらずエグいフックだ。 

 ――まともに喰らえば、マジでヤバい。

 ――だがこうして距離を取れば、

 ――奴も苦し紛れのフックを打つしかない。

 ――後三十秒くらいはこの戦法で凌ぐ。 

 ――そして三十秒後から打ち合いする。

 ――本当は真っ向勝負で叩き潰してやりたいが、相手は天才。

 ――故に凡才の俺はプライドなど犬に喰わせて、

 ――勝つ為の最善策を選ぶしかねえ。



 健太郎はスピード感あふれる左ジャブで牽制して距離を取る。 

 剣持もガードを高く上げて、健太郎のジャブの大半を防ぐ。 

 そして時折、左をボディに伸ばして、

 飛び込む機会をうかがうが、

 入り込もうとする前に健太郎の右ストレート、左フックが飛んで来る。 



 クリーンヒットはしないのだが、

 このカウンター狙いのパンチが剣持の接近を阻んだ。

 次第に剣持の表情にも焦りの色が見え始めた。



「なに逃げとんねん!!」


「そうやわ、正々堂々戦いなさいよ!」


「この卑怯者! 逃げてばかりで、だっさいわあ~」


 顕聖学園側の応援席から野次が聞こえてくる。

 しかし健太郎は野次など気にせず、自分の戦法を貫いた。

 ポイント的には健太郎の優勢。 

 故に剣持は前へ出て攻めるしかない。



 健太郎が巧みなヒットアンドアウェイスタイルで、

 剣持の接近を許さなかったが、

 剣持がパンチを浴びながら強引に中に入る。 



 剣持はまず左フックを健太郎のボディにめりこませて

 動きを止め、左右のフックを上下に連打。 健太郎の足が止まった。

 剣持は更に左右のフックを凄まじい勢いで、

 たてつづけに振り回す。



 その強引なフックを健太郎はガードを固めて受け止める。

 剣持の回転力のあるフックの連打を受けるたびに、

 健太郎の身体が左右に揺れた。

 更に剣持はフックを連打。 連打、連打、連打。 



 狂ったようにフックを振り回した。

 次第に健太郎のガードする両腕も下がり始めた。 

 だが健太郎の眼は死んでいない。

 健太郎は剣持の左右のフックをブロックしながら、

 鋭く速いジャブを顔面に叩き込む。

 それと同時に剣持も左ジャブを健太郎の顔面に叩き込んだ。



 ばしんっ!

 健太郎のお株を奪う相打ちカウンター。 

 両者、一瞬身体をよろつかせるがすぐに体勢を戻す。 

 そして健太郎が左ジャブを連打。 だが剣持は下がらない。



 健太郎のジャブを浴びて顔を腫らしながらも、懸命に前へ出る。

 パンチを出す腕が重い、体を支える両足も痺れる。 

 だがここで退くわけにはいかない。



 負けたら全てが終わり。 

 少なくとも剣持本人は、本気でそう思いこんでいる。

 だから彼は戦う。 だから彼は引かない。 だから彼は諦めない。

 剣持拳至という人間の矜持をかけて、最後まで諦めず戦い抜く。 

 彼はそういう男だ。


 

 ――やるじゃねえか、剣持。 

 ――お前、カッコいいよ。 俺、こういうの好きだよ?

 ――いいだろう。 俺も小細工を止めて、お前に付き合ってやるよ。



 健太郎は足を止めて、真正面から剣持との打ち合いに応じた。

 健太郎は剣持のパンチを浴びながらも、

 相討ち覚悟で的確にカウンターを繰り出す。

 被弾数は健太郎の方が多かったが、

 一発のパンチの重さで剣持も思わず身体をぐらつかす。 



 二人は超接近戦からお互い一歩も引かず、打ち合った。  

 精神と肉体を摩耗まもうする激しい戦いが続く。 

 足を止めてあえて打ち合いに応じる健太郎。 

 果敢に前へ出る剣持。

 交差する拳、パンチが命中するたびに、飛び散る汗と血。 



 疲労の極致で高まる心臓の鼓動。

 ジャブが、ストレートがお互いのガードに突きささる。

 二人のボクサーが戦う姿の会場の観客も目を奪われ、

 固唾を飲んで見守る。


「……凄い、凄いよ、健太郎!」


 来栖がリング上に視線を釘づけにしながら、

 興奮気味にそう呟いた。


「健太郎、頑張れ。 負けるな、負けるな、健太郎!」


 里香も力いっぱいあらん限りの声で声援を送る。


 ――流れが剣持に傾いてる。 

 ――だからここはあえて打ち合い主導権を奪い返す。



 健太郎はそう胸中で強く念じながら、

 剣持の放つ破壊力ある左右のフックをガードする。

 ガードする度に腕がビリビリと痺れる。 

 だがすかさずワンツーパンチの連打で応戦する。 



 交差するパンチ。  

 筋肉が歪み、骨が軋む。

 この瞬間、健太郎と剣持は異様な高揚感に包まれていた。

 やるか、やられるか。 殴るか、殴られるか。 倒すか、倒されるか。



 拳に思いを込めてお互いにパンチを繰り出す。 

 会場の観客が歓声と怒声をあげる。

 剣持の左右のフックが狂ったように吹き荒れた。

 健太郎は両腕を折り曲げて、その怒涛のようなフックを防いだ。



 だが剣持はガードの上からでもお構いなしに、

 ひたすら左右のフックを連打。

 連打、連打、連打。 

 吹き荒れた嵐のような連打を執拗に打ち込んだ。



 次第にガードする健太郎の両腕もその圧力に呑まれ始めた。

 しかし次第に剣持の連打の速度が遅くなる。 

 それでも手を出す剣持。

 苦しそうな顔で呼吸を乱す剣持。 

 どうやら彼のスタミナも限界のようだ。



 そして次の瞬間、

 健太郎の右腕がふいに下がったのはその一瞬であった。

 剣持の左フックをダッキングで回避。 

 そこからその右腕を力任せに突き上げた。



 その放たれた右アッパーカットは、

 カウンター気味に剣持の顎に命中する。

 剣持の腰がすとんと青いキャンバスに落ちかけた。

 それと同時に観客が歓声をあげる。 だが剣持も必死に堪えた。



 意識がやや朦朧とするなか、

 歯を食いしばり素早く体勢を立て直した。 

 この機を逃すまいとパンチを打ち込んでくる

 健太郎と真正面から打ち合う。



 足を止めて息の続くかぎり打ち合う両者。 

 汗と血が飛び交うリング。

 観客席から沸き起こる歓声と怒号。 

 健太郎と剣持の拳が交差する。



 目の離せないインファイト。  

 高ぶる闘争本能、荒ぶった血液。 

 健太郎はそれらを一身に感じながら、

 パンチを出し前へ前へと進む。 



 このわずか二分間における攻防。

 短いようで長く感じる魔法のような百二十秒。 

 でもそれで満足するつもりはない。

 ここまで来れば、意地でも勝ちたい。 



 俺はこの男と戦って勝つ事によって、

 失った自信と自尊心を取り戻せる。 

 いや最早小難しい理屈なんかどうでもいい。


 勝ちたい、勝ちたい、剣持に勝ちたい、

 里香や来栖に自分のカッコいい姿を見せたい。

 だから最後まで全力を尽くして戦う。 

 それが、俺が戦う理由だ。


「ラスト一分!」


 リングサイドの忍監督がそう叫んだ。

 残り六十秒か。 ならギリギリ行けるか?  

 ちらりと剣持の表情を見る健太郎。

 呼吸を乱して、顔中汗だらけの剣持。 

 どうやら奴もそろそろ限界のようだ。



 まああんだけフックを連打したら、

 どんなにスタミナあってもガス欠するわな。

 ならばこちらも余力を振り絞って、最後の攻勢に出る! 

 持ってくれよ、俺の身体。



 健太郎が覚悟を決めて、

 ラストスパートをかけるべく猛烈なラッシュを繰り出した。

 健太郎は左、右、左、右と渾身の力を込めて拳を交互に繰り出す。

 ガードする剣持の両腕に強烈な衝撃が走る。 



 だが健太郎はガードの上からお構いなしに

 猛ラッシュを浴びせる。 

 乱打、乱打、乱打、乱打、狂ったように乱打。

 ボクシングの基本のワンツーパンチ。 



 だがこれ程、荒々しいワンツーも珍しい。

 健太郎の猛攻の前に次第にゆっくりと後退する剣持。



 ――くっ。 雪風の野郎。 こちらがスタミナ切れするのを待っていたな。

 ――しかしこう手を出されたら、

 ――足を使って逃げるしかないが、それも厳しい。

 ――ならばこのままひたすら耐えて、

 ――一瞬の隙を突いてカウンターで迎撃してやる。



 しかし健太郎の連打は止まらない。 

 息をつく間もなく繰り出される連打。

 カウンターを打とうにもその隙がない。 

 むしろ健太郎の連打で剣持の両腕が限界に近い。



 この状態でパンチを出すのは危険だ。 

 だから健太郎のスタミナ切れを待つ剣持。

 だがこの一か月ばかり校庭を延々と走っていた

 健太郎は異様にスタミナがついていた。



 正確に言えば、一分くらいなら延々とパンチを出す事が

 可能なスタミナを手に入れた。

 それも全てはこういう状況を想定した練習の成果だった。

 健太郎は剣持に勝つ為に色んな布石を打ってきた。 



 対する剣持は健太郎など眼中なく、

 あくまで総合的な能力を上げる練習に特化していた。 

 二人の才能の差を考えれば、

 剣持の選択肢は間違ってはなかった。 

 しかしここに来て、それが仇になろうとしていた。



 ――お、おい、おい、おい。 いい加減スタミナが切れる頃だろ?

 ――と、とうかむしろ連打の回転力が増してねえか?

 ――両腕が痛くて、ガードするので精一杯だ。

 ――こ、こいつ。 本気で俺を倒しに来ている。



 次第に剣持の心の中に恐怖心が芽生え始めた。

 彼は生まれながらの勝ち組。 

 小学生の頃は虐められたが、

 その後は順風満帆な学校生活を送っていた。 



 経済的には裕福で苦労知らず。 

 そしてボクシングにおいても、これまでは圧倒的な才能によって、

 勝利を掴んできた。 だがこのような極限の戦いは、初めてだ。 

 そういうわけで剣持はボクシングの試合において、

 逆境に立たされた事が殆どない。 故にここから先は未知の領域。 



 眼前の少年は無心でパンチを繰り出していた。

 その表情はまるで獲物を狩る山猫やまねこのようだ。 

 冷静に状況を見据えて、的確に獲物を追い込んでいる。 

 見た目はそこそこイケメンだが、内面は獰猛な肉食獣。



 少なくとも今の剣持には、

 眼前の少年――雪風健太郎がそのように見えた。

 延々と繰り出されるパンチ。 

 疲労の限界で足も思うように動かない状況。

 剣持は、じわじわりとコーナーに追い込まれていく。 

 そして全身に伝染する恐怖心。


 

 ――クソッ……こいつ、ヤバいよ。 こんな奴初めて会った。

 ――こいつは俺の……王座を奪えるうつわだ。

 ――でも負けたくねえ、負けたくねえ、負けたら全て終わりだ。

 ――負けたら、誰も俺の話なんか聞いてくれねえ。 そりゃそうだ。

 ――俺みたいな自己中じこちゅうは、

 ――勝たなければ存在意義は皆無。

 ――だから負けたくねえ、勝ちたい、勝ちたい。 

 ――負けたら全てが終わる!



 ぐらぐらっと揺れながら剣持が

 ニュートラルコーナーに追い詰められていく。

 剣持の背中がロープにくっついた。 

 しかしガードは下げずしっかり顔面を守っている。



 健太郎の左右のワンツーパンチが剣持の両腕を

 めまぐるしく打ちつづけた。

 連打、連打。 止まる事のないワンツーの連打が放たれる。



 だがとうとう健太郎のスタミナも限界点に達しようとしていた。

 それを本能的に悟った剣持。 剣持の眼が鋭く光った。

 剣持は次の瞬間、拳至の放った右ストレートを躱して、

 左のボディリバーブロウをカウンターで打ち込んだ。 

 強烈なボディを喰らった健太郎の体が大きく折れ曲がる。



 ――よ、よしっ! 千載一遇のチャンスが来た。 ここで終わらせる!



 最後の力を振り絞って、前へ出る剣持。 

 剣持は身体を外側に開き、弧を描くように左のロングフックを

 健太郎の右側頭部目掛けて放った。 

 タイミング、スピード、パワーの全てが備わった剣持の会心の一撃。 


 命中すれば試合を終わらせる一撃であった。

 しかし健太郎は軽快なステップで後ろに下がって、

 剣持の左フックを回避。


 ――良い左フックだったよ、剣持。 

 ――でも当たらなければ、意味はねえんだよ。

 ――俺もお前も限界寸前。 だからこれで決めてやるよ。

 ――これで終わりだあぁっ!!



 健太郎は右拳に全体重を乗せて、

 下から上に突き上げるような右ストレートを放った。

 体重ウェイトがたっぷり乗った

 ジョルトブロウの右が剣持の顎の先端に命中。



 強烈な衝撃と激痛が健太郎の右拳に走った。 

 剣持の顔がわずかに天井に向いた。

 天井の照明が眩く照らされている。 

 その光の渦のなかで観客たちのどよめきを聴いた。



 そのどよめきを訊きながら剣持は、

 もんどり打って、背中からマットに倒れ込んだ。 

 青いキャンバスの上で大の字になる剣持。



 レフリーがすぐさま試合終了を宣告した。

 応援席の来栖と里香は呆然としながら、その光景を眺めていた。

 リング上の剣持はまだ長々とマットの上に横たわっている。

 健太郎はそれを一瞥してから、自分のコーナーへと駆け寄った。


「や、やったな、雪風!」


 忍監督がやや興奮気味にそう言った。

 そして素早く健太郎のグローブを外したが、

 健太郎の右拳を見るなり、目を瞬かせた。


「右拳のバンテージが真っ赤じゃないか。 

 雪風、お、お前こんな拳で戦ってたのか?」


「左は分かりませんが、右拳が少しヤバそうですね。 

 ひびくらい入ってるかも」


「……そうか、じゃあ後で医務室へ行くぞ」


 健太郎のヘッドギアを外しながら、そう言う忍監督。


「はい。 それじゃ挨拶に行ってきます」


 そう言ってリング中央に向かう健太郎。 

 一方の剣持は担架に乗せられて、リングの上から退場した。

 すると顕聖学園側の応援席から――


「失神KO負けかよ。 ダサっ……」


「な~んか幻滅~。 カッコ悪い負け方よね~」


「せっかく大阪から応援来たのになんかがっかりやわ~」


「もういいよ。 行こ、行こ、

 ディスティニ―ランド行ってから、大阪帰ろうよ」


「せやね。 気分切り替えてめっちゃ遊ぼうか!」


 と、次々と失望の声が漏れた。

 それに関して健太郎は多少の同情心を抱いたが、

 剣持が同情されて喜ぶとは思わない。

 いずれにせよ自分が勝者で、剣持が敗者。


 だから今は勝者としての立場を存分に味わおう、と思う健太郎だった。

 そしてリング中央でレフリーに右手を上げられて、勝利の宣告を受けた。


「Aリング、ただいまの競技の結果は、

 青コーナー雪風健太郎君、東京都・帝政学院高等学校のRSC勝ちでした。 

 時間は3ラウンド1分58秒でした」


 と、ウグイス嬢が淡々と試合結果を読み上げた。

 そして健太郎は相手側のコーナーに行き、宮下監督に頭を下げた。


「おめっとうさん。 いいファイトだったよ」と、宮下監督。


「ありがとうございます」


 その後もリング上で小まめにお辞儀する健太郎。

 その姿を応援席から眺める里香と来栖。


「凄いね、健太郎」


「うん、そうだね。 カッコいいよ、あいつ」


 里香の言葉にそう返す来栖。


「なんか健太郎って山猫みたい。 

 強くて、繊細というか面倒くさいところとか。 

 見た目はそこそこ可愛いのに、

 やる時はやるって感じが野生の山猫って感じ」


「そうだね。 例えるなら真夏の山猫って感じだね。 

 普段は結構適当だけど、ここぞという時は大暴れして、

 美味しいところ持っていくところなんか健太郎らしいよ」


「うん、ホントそんな感じ」


「ねえ、里香。 俺達も健太郎のところへ行こうよ」


「そうね。 ねえ、零慈」


「……何かな?」


「私……健太郎の事が好き……かもしれない」


「そうか。 ならそれを伝えるといいよ」


 来栖が微笑を浮かべながら、そう言った。

 すると里香が力なく首を左右に振る。


「う~ん。 でも健太郎だしなあ~。 

 言ってもまともに通じないかも」


「……でも言わないと絶対伝わらないよ?」


「そうよね。 あいつ、超鈍感だし~」


「うん、恋愛に関しては、マジ偏差値13だからね」


「そだね。 でも無駄かもしれないけど、言うだけ言ってみる」


「うん、それがいいよ。 じゃあ、健太郎のところへ行こうよ」


「うん」

  

 高校三冠王の剣持相手に大金星をあげた健太郎。 

 しかしあれだけの激闘の代償として、

 右拳に罅が入り、全治一ヶ月半と医務室で医師に宣告された。 



 これによって健太郎は三回戦を棄権する事となった。 

 だが不思議と悔しさはなかった。 

 あるのはやりきったという充足感。 

 こうして健太郎の夏のインターハイは終わった。

 だが当の本人は何処か満足そうに微笑を浮かべていた。



 ライト級二回戦 雪風健太郎[東京都代表] 3R1分58秒RSC勝ち




次回の更新は2020年5月8日(金)の予定です。



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