表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/117

第十七話 リベンジ


 インターハイ二日目の火曜日。 

 いよいよ雪辱の機会が巡ってきた。

 正直二回戦で奴と当たるのは、やや不運とも思うが、

 こうして奴――剣持と確実に戦える事を考えたら、

 くじ運に恵まれたとも言える。



 ちなみにうちの出場者は全員一回戦に勝って、二回戦に駒を進めた。

 悪くない出だしだ。 

 しかし正直言って他人の事を考えている余裕はない。



 今朝は軽めのロードワークと筋力トレーニングだけして、

 軽めの朝食を取って試合にそなえた。 

 長いようで短かった一年間。



 すべてはこの日の為に、

 そう言い聞かせてこれまで厳しい練習に耐えてきた。

 やれる限りの事は全てした。 後はリングで結果を出すのみ。


「どうだ、バンテージきつくないか?」


 選手控室で忍監督が俺の両拳に丁寧にバンテージを巻いてくれた。


「問題ないです。ちょうどいい感じっスね」


 俺はそう答えて右拳を握ったり、開いたりする。


「……よく眠れたか?」


「はい、体調は万全です」


「そうか、朝飯はちゃんと食べたか?」


「牛乳一杯とスープを少し……」


「そうか、正直こんなに早く剣持と当たるとは思わなかった。 

 だが最近のお前は俺からみても文句のつけようのないくらい

 頑張っていた。 だからこそ今日はお前を勝たせてやりたい、

 だが俺はお前の代わりに戦う事はできない。 

 リングで戦うのはお前だ。 だからお前はお前の戦いに徹しろ!」


「はい、今日の試合にこの一年分の思いをぶつけます!」


 忍監督の言葉を噛み締めて、俺は力強くそう言い放った。

 その時、控室のドアが開き「失礼します」という声が聞こえてきた。

 俺は声の聞こえた方向に視線を向けると、

 そこには来栖と里香の姿があった。



 来栖はグレイのポロシャツ。 

 下は青のデニムパンツ、スニーカーという格好だ。 

 首元には時々学校でもつけている

 銀のフェザーペンダントをかけていた。



 そして里香はオフショルダーの白いブラウスに、

 下は膝丈の黒フレアスカートというファッション。 

 なんか既視感があるなあ。 でも二人ともよく似合っている。



「すみません、健太郎の激励に来たのですが、

 少し時間貰っていいですか?」


「ああ、雪風のクラスメイトだね? いいよ、五分くらいならね」


「どうもっス」


 来栖は忍監督に断りを入れて、こちらに寄って来た。 

 こういうところも如才ないね。


「よう、健太郎! 調子はどうだい?」


「おう、来栖。 ベストコンディションだぜ」


 そう言って俺は、

 バンテージを巻き終えた両拳を合わせてコツコツと鳴らした。


「や、やっほー! 健太郎、元気?」


「里香。 いやそれ試合前に言う台詞じゃねえだろう?」


「あ、あははっ。 そうよね? 

 でもなんて言っていいか分からなくて……」


 里香が珍しく緊張している。 まあ試合前のボクサーの控室は、

 独特の緊張感があるからな。 でもやっぱり嬉しいな。 

 こうして二人が応援に来てくれるのは。


「まあ普段通りでいいよ。 変に気を使わなくていいぜ」


「そ、そう? じゃあ健太郎、頑張ってね。 

 私も一生懸命応援するから!」


「あいよ! まあただ今日の相手は滅茶苦茶強いけどな」


「そ、そうなの?」


「ああ、でもある意味俺はこのリベンジの機会を待っていたぜ」


「……もしかして今日の相手が

「借りを返したい相手」なのかい?」


 来栖は相変わらず察しが良いな。 

 俺は来栖の問いに無言で頷いた。


「……そうか、なら俺達の事は気にせず、

 健太郎のやりたいように戦ってね」


「いやお前等が見ているから、

 ダサいところは見せたくねえ。 だから勝つよ!」


「……うん、俺も健太郎の勝利を信じているよ。 ねえ、里香?」


「う、うん! 私、ボクシングの事は分からないけど、

 ここ最近健太郎がずっと頑張っていたのは、

 知っている。 だから悔いの残らないように、全力を出してね!」


「ああ、二人の期待に応えられるように頑張るよ」


「うん、頑張ってね」


「それじゃ私達そろそろ応援席に行くね。 じゃあね、健太郎」


「ああ」


 そう言う里香の表情はやや曇っていた。 

 おそらく里香としては俺が殴る姿も殴られる姿も

 あまり見たくないのであろう。 

 その気持ちも理解できないわけではない。



 だが俺は高校生であると同時に一人のボクサーだ。

 例え里香に泣いて止められようとリングに

 上がる事は止められない。 すべてはこの日の為に頑張ってきた。 



 だから中途半端な形での途中下車は赦されない。

 例え惨めな敗北を喫しようとも、

 リングに上がった結果なら現実として受け入れられる。

 だがこの日の為に勝つ為の努力をしてきた。 

 その成果が後少しでわかる。



 俺は小さく深呼吸して上を向きながら、

 控室の天井をあおいだ。


「ライト級の第二試合が終わりました。 

 雪風選手、準備してください」


 控室のドアを開けて大会役員が事務的にそう告げる。


「……それじゃ行くぞ、雪風!」


「はい!」


 俺はそう返事して、

 小刻みに身体を揺らせてリングへと向かった。

 まだ二回戦だというのに報道陣や

 プロやアマ指導者の姿もちらほら見かけた。



 恐らく剣持目当てだろう。 

 やれやれ、大した人気者じゃねえか。

 でも面白いじゃねえか。 

 ならば奴に勝てば色々な意味でアピールが出来る。

 などと思っていたら、顕聖学園の応援席から歓声が沸き起こった。



「頑張れ、頑張れ、頑張れ、け・ん・も・ち!!」


「剣持ー、剣持ー、けーんーもーちー」



 ボクシング部の応援より、

 顕聖学園の女生徒と思われる黄色い声援が目立つな。

 なんだ、あの野郎。 まだアマチュアだというのに、

 既に女のファンが居るのか?



 その黄色い声援を一身に浴びながら、

 剣持拳至が颯爽とリングに上がった。

 整った顔立ちと既に大物の雰囲気を漂わせる仕草と

 動作が嫌でも人目につく。



 そしてその視線が対戦相手である俺に向けられた。

 限界まで贅肉がそぎ落とされた肉体と整った顔から

 放たれる鋭い視線と目が合う。

 すると剣持がまた他人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。



 おう、おう、おう。 

 また人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべやがって!

 まあいい。 この怒りはリングでぶつけてやるぜ。 

 そしてレフリーが試合についての注意を簡単に説明した。



 剣持は微笑を浮かべている。 

 それに対して俺はやや堅い表情でレフリーの言葉に大きく頷いた。 

 それから俺はゆっくり自分のコーナーに戻った。

 そして試合開始を告げるブザーがビーと鳴らされた。



 剣持はアップライトスタイル気味にガードを固めながら、

 リング中央へ向かっていく。

 対する俺もガードを固めて、

 軽快なステップを刻みながら前へ進む。



 両者の間合いがじわりじわりと埋まる。 

 そしてお互い射程圏内に入った。

 さあて、リベンジの時間だぜ! 覚悟しろよ、剣持!



 俺はトーン、トーンとキャンバスを踏みリズムを取って、

 間合いを詰めた。

 俺はそこから鋭く速い左ジャブを放った。 


 同じ箇所に叩き込んでガードをこじあけるジャブだ。 

 三発目で剣持の左のガードが弾けた。 

 そして俺は間髪入れず、右を放った。



 だが剣持は右にヘッドスリップして、

 俺の右ストレートを回避。

 ここまでは計算通り。 

 そして俺は左のリバーブロウで剣持のボディを狙った



 ばすん。 左拳に鈍い感触が伝わる。 

 剣持は咄嗟に右腕で防御ガードしたようだ。

 だが今の衝撃で剣持の身体が僅かに浮いた。 

 剣持はトンと後ろに着地する



 すると剣持の表情が変わった。 

 今までのような人を舐めた笑いは浮かべず、

 真剣な表情でこちらを見ていた。 

 ほう、ようやく俺の事を認めたか。 

 だがそんなもんじゃ俺の怒りは収まらないぜ。



 俺はそこからトップスピードで間合いを詰める。 

 虚を突かれた剣持。 一瞬反応が遅れた。 

 カウンターの心配はない。 ここは攻めるべし!

 俺は左右のパンチを、全力で打ちまくった。



 左、右、左、右。 

 ガードなどお構いなく重いパンチを

 これでもかというくらい打ち込む。 

 剣持はたまらず、後方にバックステップする。

 逃すか! 俺は前へ踏み込んだ。



 それと同時に剣持が左ジャブを連打。 

 鋭くて速い左ジャブだ。

 くっ。 剣持の左ジャブが俺の顔面を捉えた。 

 ちっ、少しムキになり過ぎたな。



 ならば作戦通りに左の差し合いで勝負するか。 

 左、左、左。 左ジャブを連打。

 俺達は中間距離からの激しい左の差し合いの応酬をする。

 しかし左の差し合いは技術の差で剣持に軍配が上がる。



 ハアハアハァ。 結構左ジャブを貰ったな。 

 ジャブとはいえ貰いすぎるとヤバいな。

 俺は呼吸を僅かに乱しながら、

 ガードを固めて前方の剣持を見澄ます。



 その端正なマスクは鋭い眼光を放ちながら、

 様子を見るようにこちらを凝視している。

 そして素早くステップインして、距離を詰めてきた。 

 インファイトをする気だな。



 剣持はリードパンチを出さず、

 いきなり左右のフックを凄まじい勢いでたてつづけに振り回す。 

 くっ、全部回避するのは無理だな。 

 仕方ない、防御ガードするか。



 その強引なフックを俺はガードを固めて受け止める。

 どす、どす、どす。 重い! それでいて速い。 

 ヤバいな、連打で喰らうとまずいぞ。



 俺は一端バックステップして、距離を取った。 

 逃すまいと追って来る剣持。

 俺は左ジャブを出しながら、

 ステップワークを駆使して剣持から逃げる。


「逃げるなんて卑怯よ!」


「そうよ、そうよ。 男なら正々堂々戦いなさいよ!」



 顕聖学園の応援席の女生徒達が好き放題そう叫んだ。

 やれやれ、女学生は気楽でいいよな。 

 今戦っているのは、この俺なんだよ。

 正々堂々戦って勝てるなら、俺もそうするさ。 

 だが残念ながらそれでは勝てないのさ。



 だから力が劣る奴が天才に勝つには、

 ありとあらゆる手を使うしかないのさ。

 そろそろ一分くらい経ったか? 残り一分なら全力で動ける。 

 よし行くぞ。



 剣持はウィービングしながら、

 距離を詰めて左ジャブを繰り出した。 

 俺はそれをパーリングで防ぎ、距離を詰めて、

 全力で右ストレートを放った。



 ばしん。 右拳に鈍い感触が伝わる。 

 だがすんでのところでブロックされた。

 しかし今の一撃で剣持の顔色が変わった。 

 明らかに驚いている。



 俺はその間隙を突くように、

 素早くワンツーパンチを繰り出した。

 威力はそれ程でもなかったが、タイミングは絶妙だった。 

 ワンツーパンチが綺麗に剣持の顔面に命中。



 剣持の腰がわずかに落ちかけた。 

 だが剣持は両足の踏ん張りで耐え、体勢を持ちなおして、

 左フックを振るい、つづけて右フックを放ってきた。



 鋭く速いパンチだ。 こいつは自分のパンチ力と回転力に

 絶対的な自信を持っているな。 でもな、剣持。 

 どんなパンチでも当たらなければ、意味はねえんだぜ。



 俺は軽快なステップを踏みながら、

 剣持の周りをサークリングする。

 俺が繰り出す左ジャブを躱しながら、

 剣持は接近すべく前へ前へと進んで来る。



 剣持は顔面にジャブの連打を浴びながら、

 距離を詰めてきた。 ――貰ったぁ!

 俺はそれを待ちかねていたかのように、

 渾身の力で右ストレートを突き出した。



 次の瞬間、剣持がにやりと口の端を持ち上げた。

 それと同時に俺の右側頭部に強い衝撃が走った。 

 ぐっ、一瞬意識が飛んだぜ。

 貰ったのは、左フックか? 

 とすると俺の右に左フックをクロスさせた感じか?



 俺の身体が一瞬ぐらっと揺れた。 

 この間隙を逃すまいと剣持が飛びでてきた。

 剣持は至近距離で左右のフックの連打を繰り出す。

 どん、どん、どん、どおん。 

 俺はそれを両腕でガードしながら後退する。



 クソッ……ガードする両腕が痛いぜ。 

 なんというパンチ力だ。

 剣持は多少強引なまま手を止めず、

 フックの連打をひたすら放つ。



 その猛攻を受けながら、俺はロープを背にしながら、

 ガードを固めて連打の嵐を懸命に防いだ。 

 一発一発が重くて芯に響くパンチ。 

 まともに喰らえば意識が飛びそうだ。



 だが当たらなければ問題ない。 

 そう胸中で念じながら、俺はロープの反動を使い、

 剣持の放つ連打を防いだり、躱したりする。 



 すると次第と剣持の表情に焦りの色が浮かんだ。 

 連打は喰らえば、致命傷を負うが、打つ方にも負担がかかる。

 よく見ると剣持は少し肩で呼吸している。 


「ラスト三十秒!」


 青コーナーサイドの忍監督がそう叫んだ。 

 残り三十秒なら多少は強引に攻めるぜ。

 俺は防戦一方から一転して、攻勢に転じた。

 剣持の表情が一瞬強張った。 

 だが直ぐに状況を理解して、左ジャブを繰り出した。



 ――よし、きついがやるしかない!



 俺は剣持の左ジャブを受けながら、

 自身も左ジャブを繰り出した。

 左手に確かな感触が伝わる。 

 更にもう一発左ジャブが飛んできた。

 ばしん。 再び剣持の左ジャブが俺の顔面にヒット。



 同時に俺の左拳にも手ごたえがあった。 

 そして俺は身体を内側に捻り、右拳を前に突き出した。 

 そして右拳にも鈍い感触が伝わる。 この感触はガードされたな。

 だがそれでも怯まず、もう一度渾身の右ストレートを繰り出す。



 ばすん。 またしても不発。 

 今度は綺麗にブロックされた感じだ。

 だが前方を見据えると、剣持は動揺した表情を浮かべていた。



 なる程、不発とはいえ俺の右の威力は、

 この天才を動揺させるくらいのものだったのか。

 なる程、自信がついたぜ。 

 ならば決まるまで何発も何発も打ち込んでやるぜ。



 俺はガードを固めながら、ステップインした。 

 それと同時に第一ラウンド終了のブザーが鳴った。 

 一瞬、俺と剣持の視線が合った。 

 その表情にはもう笑みはない。



 真剣な眼差しで俺の方を見据えていた。 

 そうか、ようやく俺を敵と認めたか。

 だがな、俺のリベンジはこんなものでは終わらないぜ。

 残り二ラウンド、それを身を持って教えてやるよ。



次回の更新は2020年5月6日(水)の予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ