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第十三話 傲慢な天才

いよいよ健太郎のライバルが登場します。

ここからしばらくスポコンっぽくなります。


「剣持君、頑張ってえ~」


「顔は打たれないでね!」



 黄色い声援を浴びながら、

 一人の少年ボクサーがきゅっ、きゅっ、きゅっと

 軽いフットワークで青いリングを華麗に回る。 



 対するスパーリングパートナーは、

 苦虫を潰したような表情でその後を追う。 

 そして距離を詰めて、豪快に左右のフックを振り回した。



 黄色い声援を浴びた少年ボクサー・剣持拳至けんもち けんじは、

 それをスウェイバックやウィービングを駆使して難なく回避。

 まるで闘牛を華麗にかわす闘牛士マタドールのようだ。


 高校ボクシングライト級三冠王という栄冠に加えて、

 アマチュア戦績23戦全勝(20RSC勝ち)という完璧なキャリアと

 テクニックの持ち主の大阪の名門私立高・顕聖学園けんせいがくえんの二年生。 


 アマチュアボクシング界の至宝。 五十年に一人の天才。

 ボクシング、マスコミ関係者は剣持拳至をそう評する。

 次の五輪金メダルの奪取が期待された若き天才ボクサー。



「くっ!」


「――遅いぜ!」



 相手が苦し紛れに右フックを放とうとした瞬間、

 剣持の伝家の宝刀が繰り出された。

 軽く左にサイドステップして、

 内側を抉るように繰り出された左フックがもろに

 カウンターパンチとなり、パンチが命中するなり、

 被弾者は青いキャンバスに倒れた。


「凄い~、今の何!?」


「わかんない~、でも凄いよねえ」


 呑気にそう騒ぐ周囲の野次馬の女子生徒達。

 顕聖学園高校は大阪府内でも屈指の進学校である。

 しかし運動部はそれ程強くないが、

 例外的にボクシング部だけは強い。



 なんでも理事長が若い頃にアマチュアボクシングで

 活躍したらしく、理事長の独断と偏見でボクシング部に

 異様に肩入れした結果、ボクシングの強豪校となった。


「よし、そこまでだ。 剣持、スパーリング終了だ」


 と、顕聖学園のボクシング部の監督である宮下がそう言った。


「了解っス」


 剣持は横柄な態度でそう答えながら、リングから降りた。

 それと同時に周囲の女生徒が騒ぎ立てるが、

 当の本人は涼しい顔をしている。

 まるでさも当然といった表情。 



 それがまた一部の女生徒に受けるのだが、当然反発も強い。 

 それに加えて剣持は東京出身者。 

 彼の父親は東京出身の有力な政治家であったが、

 与党の派閥争いに負けて、離党して、

 大阪にある有力野党に鞍替えした。



 故に剣持は生まれながら、裕福な家庭で育った。 

 だが小学生の五年生までは、

 東京出身者ということでよく同級生に虐められた。 



 それを見かねた父親は自身も学生時代に

 打ち込んでいたボクシングを息子に習わせた。 

 知人のボクシングジムに息子を預けて、

 徹底的に肉体的にも精神的にも鍛えた。 

 将来は自分の後を継いで、政治家。 



 あるいは剣持一族が経営する会社を継がせるつもりだ。

 その為には学業だけでなく、

 肉体的にも精神的にも強くなければならない。

 それがエリート一族である剣持家の男子に

 生まれた者の課せられた義務である。



 そして息子――剣持拳至は父親の期待に全力で応えた。

 学業成績は当然として、

 ボクシングに関しても天から与えられた才能を持っていた。

 それでも執拗に虐めてくる同級生を彼はその鉄拳で強制的に黙らせた。



 それ以来、彼を虐める者は居なくなり、

 むしろ周囲の者は彼を慕うようになった。

 しかしその結果、剣持拳至は非常に傲慢で

 選民意識に満ちた人間となった。



 身長は173と平均的だが、

 容姿にも恵まれており、学業成績も常にトップ。

 そしてボクシングに関しても、

 中学生の頃からアマチュアの大会を総なめ。


 中学受験で中高一貫の顕聖学園に進学後も

 彼は常に周囲の注目も浴びた。

 だが当然影で嫌う者も多い。 


 現に顕聖学園の学校裏サイトでは、

 彼はぼろ糞に悪口や陰口を書かれている。 

 だが彼は――剣持はそれでも自分を曲げない。 

 それが剣持拳至という男だ。


「おい、ヘッドギアとグローブ取れよ?」


「は、はい!」


 剣持がそう言うなり、

 周囲の一年生が剣持のヘッドギアとグローブを外した。

 それを遠めから見る二年生や三年生のボクシング部員。

 お世辞にも良い雰囲気とは言えない。 

 しかし剣持は気にせず、ボクシング部の更衣室へと向かった。


「お、おい。 小澤、大丈夫か?」


「あ、ああ……ちょっと口が切れたけど、大丈夫だよ」


 一人の二年生の部員がリングに倒れた二年生の小澤を引き起こした。


「……念の為に保健室へ行っておけ」


「あ、ああ。 ありがとう、影浦かげうら


「いいってことさ」


 そう言葉を交わして、影浦と呼ばれた少年はリングから降りた。

 そして影浦はそのままボクシング部の更衣室へと向かった。

 影浦は乱暴に更衣室のドアを開けて、中に入った。

 すると剣持が汗で濡れたTシャツを着替えている最中だった。


「……なんだ、影浦か。 ノックくらいしろよ?」


「悪いな。 俺はお前と違って、育ちが悪いんだよ」


「……何か用か?」と、低い声で問う剣持。


「剣持、お前少し調子に乗り過ぎじゃねえのか?」


「へ? 何言ってんだ、おめえ?」


 影浦の方を見もせずそう言う剣持。 

 そういう態度がいちいち癇に障る。


「そういう態度がだよ。 もう少し周囲の空気を読めよ? 

 ボクシング部はお前一人のものじゃねえんだぞ?」


「まだるっこしいな。 要するに何が言いてえんだ?」


 ようやく影浦に視線を向ける剣持。 

 その表情に浮かぶのは隠そうともしない苛立ち。

 しかし影浦は怯まない。 剣持の顔を見ながら、

 毅然とした態度でこう言った。


「もう少し周りに気を使えって事さ。 

 じゃないとどんどん孤立するぞ?」


「別に構いやしねえよ」


「なっ……お前っ!?」


「ボクサーなんか所詮は強いか、

 弱いかが全てじゃねえか? 強い奴が勝ち、弱い奴が負ける。 

 それは今も昔も変わりやしねえ。 

 俺は変に周囲と慣れ合うより、徹底的に個の力を磨くぜ。 

 それで孤立するならば、喜んで孤立してやるさ」


 傲岸不遜な物言いに影浦も思わず絶句した。

 ある意味剣持の言う事は正しい。 

 だが正しいがあまりにも極論だ。

 しかし剣持の言葉には重みがある。 

 彼はけして口だけの男ではない。


 気分屋なので、練習量にはばらつきがあるが、

 大会ではきっちり結果を出す。

 一年生の頃からレギュラーとして、

 様々の大会に出てライト級で高校三冠を達成。


 対する影浦は昨年のインターハイ本戦はバンタム級でベスト8、

 秋の国体はベスト4、そして春先の選抜大会で全国三位が最高成績だ。 

 実績では剣持の方が勝っている。


「……大した自信だな。 

 まるでお前には敵が居ないとでも言いたいのか?」


「いや俺にも敵は居るよ」


「ほう、天才剣持が気にするボクサーが

 同世代に居るとは、興味深いな」


 影浦は嫌味半分興味半分にそう言った。 

 しかし次の瞬間、予想外の答えが返ってきた。


「俺の敵は俺自身さ」


「……へっ、そういう事か」


 呆れると同時にある意味感心する。 

 しかしやはりこの男のこういうところは嫌いだ。

 あまりにも尊大だ。 

 だから影浦は僅かな悪意を含んで、次のように言った。


「でもその天才剣持さんも去年は大衆の面前で派手にダウンしたよな?」


「ちっ。 どうでもいい事を覚えてやがる」


 軽く舌打ちしながら、視線を影浦から反らす剣持。

 天才が見せた僅かな弱み。 

 影浦は追い打ちをかけるようにこう言葉を続けた。


「奴は良い右ストレートを持っていたよな。 

 右ストレートに限定すれば、お前よりも上じゃないかな? 

 ありゃ実に良いパンチだった。 今でも思い出すぜ」


「……何だ、影浦。 俺に喧嘩を売りにきたのか?」


「いやそういうつもりはねえよ。 ただお前がいくら天才とはいえ

 ボクシングという競技自体は、舐めない方がいいぜ。 

 じゃないと去年みたいにダウンしちまうぜ」


「ちっ。 あんなもん事故みたいなもんだ。 

 大体あの野郎はパンチ力は飛びぬけていたが、

 パンチを当てる技術は並みより少し上ってレベルだ。 

 次はダウンせず、一ラウンドでぶっ倒してやるぜ。 

 まあ野郎が今年本戦に出てくるかどうかは知らねえがな」


「……出てくるらしいぜ。 去年と同じでライト級でエントリーしている」


「……何っ!?」


 影浦の言葉に剣持は僅かに驚いた。

 影浦はそれを面白そうに見ながら、

 やや芝居がかった口調でこう言った。


「奴は東京大会を勝ち抜いたようだぜ」


「……お前よくそんな事知っているな?」


「まあ個人的に奴には興味あってな。 

 だから去年から奴の名前は憶えていたんだよ」


「あっそ、そういや野郎は変わった苗字だったな? え~と……」


「雪風だよ、雪風健太郎。 東京の帝政学院の二年生だ」


「そういえばそういう名前だった気がする。 

 でも俺の記憶が正しければ、野郎は――雪風は

 去年の国体も早々に敗退しているし、

 選抜にも出場してなかった気がするぞ」


「ああ、どうやらそのようだな。 国体は一回戦敗退。 

 選抜は出場すらしていない」


 淡々と事実を告げる影浦。 すると剣持は両肩を竦めた。


「へっ、俺に負けて以降、全然駄目じゃねえか? 

 こりゃまた一人、才能あるボクサーを潰してしまったかな?」


「ああ、だが今年の夏には全国大会に出てくる。 

 本当の負け犬なら全国には出てこれない。 

 去年の事もあるし、お前もあまり舐めない方がいいと思うぞ?」


「へっ、それこそ余計なお世話だぜ。 

 俺は誰が相手だろうが叩き潰すだけさ」


「まあ天才がそう言うなら、

 全国三位止まりの俺がこれ以上言う事はねえな」


「まあそういう事だ。 お前は精々自分の練習に励むんだな」


「……そうだな、それじゃ俺もそろそろ練習に戻るよ」


 そう言って影浦は更衣室から踵を返した。


「――影浦」


「……何だ、剣持?」


「お前、なんで俺に構うんだ?」


「……別に。 ただお前はムカつく奴だが

 お前のボクシングは嫌いじゃねえからな」


「へっ。 全国三位止まりが上から目線かよ。 

 まあいいや、んじゃあな」


「ああ、お前も休憩終わったら、練習に戻れよ」


 そう言葉を交わして、影浦はボクシング部の練習場に戻った。

 確かに剣持拳至は嫌な奴だ。 

 多くの連中が奴を嫌う理由も分かる。


 だがそのボクシングは嫌いじゃない。 

 いやはっきり言えば好きだ。 憧れる。

 年齢こそ同じだが、

 剣持の生まれ持った才能と素質は天才といっても過言ない。



 それに嫉妬もするし、憧れもする。 

 それは影浦だけでなく、他のボクシング部の部員も同じだろう。 

 なにせよインターハイ本番まで後少し。 

 だから悔いの残らないように、

 顕聖学園のボクシング部員達は日々の練習に励むのであった。




次回の更新は2020年5月2日(土)の予定です。



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