第十一話 三人で楽しくプール……の筈が!?
夏休み最初の週末の土曜日の午前十時過ぎ。
俺と来栖と里香の三人は、現在プールに向かうバスの中に居る。
行き先は市営のスポーツセンター『アクアマリンパレス』だ。
プールの他にフィットネスルームやスパなども入っている便利な施設だ。
だが立地条件が悪くて、最寄りの駅からバスで二十分かかる。
まあ俺が「どうせなら比較的空いている所がいいな」と言ったら、
来栖がネットで調べてきてくれたのだ。
施設は充実しているが、アクセスは悪い。
故に俺の言う条件を満たしている。
まあ俺が休みは今週の土曜日くらいしか取れそうになかったからな。
二週間もすればインターハイ本戦が始まる。
本当は今日部活を休んだ事で、
一部の部員から嫌味を言われたくらいだ。
まあ軽く睨んだら、黙ったけどな。
来栖の方も日曜日はバイトのシフトが入ってたから、
土曜日という事になった。
バスの混み具合はまあまあといったところ。
女子高生や女子大生と思われる女子の集団が
バス内でわいわいの騒いでいる。
時折、ちらちらと来栖の方を見ている。
すげえな、無関係の女子までチャームしちゃってるよ。
とはいえ連れに女子が居るので、
逆ナンなどのイベントは起こらなかった。
そして二十分後。
ようやくバスは目的地の『アクアマリンパレス』に到着。
すると周囲の女子の集団が一斉に降りた。
「んじゃ俺達も降りようぜ?」
「そうだね」
「了解~」
俺達は受付で生徒手帳を見せて、学割料金を払った。
学割だとかなり安いな。
二階にはフィットネスルームやスパがあるんだっけ?
そちらの方は別料金らしいが、
泳ぎに飽きたら筋トレするのも有りだな。
「それじゃあ水着に着替えたら、
シャワーの前で待ち合わせね」
「おう」
「うん」
館内に入り、俺と来栖は男子更衣室、
里香は女子更衣室に向かった。
ほどほどの広さの男子更衣室には、十人程先客が居たが、
俺と来栖はロッカーの隅で着替えた。
俺と来栖は共にサーフパンツ。 俺が黒で、来栖が水色だ。
まあ男の場合はこれが無難だよな。
「へえ、流石ボクサーだね。 凄く引き締まった身体だね」
感心したようにそう言う来栖。
「そうか? そういう来栖も結構締まっているじゃん」
贔屓目なしに無駄な肉がない身体と思う。
後、肌が白い。 それに足も長い。
来栖は身長177センチと俺よりわずかに高いが
腰の位置が微妙に違う。 くっ。
隣に並んだら、どっちが足長くて、
どっちが足短いか一目瞭然じゃん。
「ま、海やプールにおいては、
男なんておまけみたいなもんよ。 問題は女だ」
「まあそうだけど、そこをストレートに言うのはどうかと思うよ?」
と、苦笑する来栖。
そして俺達は更衣室から出て、シャワーのところへ移動。
プールの大きさはまあまあだな。
とりあえず近くの見取り図を見てみる。
25メートルプールは屋内、
50メートルプールは屋外にあるようだ。
ウォータースライダーや飛び込み台の類はないみたいだ。
「う~ん、設備はそこそこって感じだな」
「二階にフィットネスルームがあるらしいから、
健太郎は泳ぐの飽きたら、そこで筋トレとかしててもいいよ。
俺は里香と二人で適当に時間を潰すからさ」
「もしかしてそこまで考えて、このプールを選んだのか?」
「まあね」
良い笑顔で笑う来栖。 この気の利きよう。
これがモテる男の秘訣か。
「健太郎、零慈」
後ろから声を掛けられ振り向くと、水着姿の里香が立っていた。
淡いピンク色のビキニで右手に黄色のビーチボールを持っている。
これがまた絵になっている。 うん、いい! 実にいい感じだ。
気が付けば、
視線がすらりとした白い長い脚や豊満な胸の谷間に向いてしまう。
「ど、どうかな? 似合っている?」
やや頬を赤らめて、そう訊く里香。
「うん、めっちゃエロい感じで良い!」
「うん、凄く綺麗な感じで似合ってるよ!」
発言一つとってもこの差。 しかしあえて俺は言う。
この場においてエロさは正義。
「ちょ、健太郎!? 何言ってんの!?」
「いや俺は誉めているんだぜ?
この場合エロい感じとは最上級の誉め言葉だぜ?」
「そ、そうなの?」と戸惑う里香。
「いや違うと思うよ。 あくまで健太郎の趣味と思う」
すかさず突っ込む来栖。
すると里香が少し眉毛をしかめながら――
「もう健太郎は本当にそういうところは駄目だね!
少しは零慈のように上手に女の子を褒めるようにしないと、
いつまでたっても彼女なんかできないよ?」
里香は馬鹿な息子を叱るよう母親のようにそう言った。
まあそうなんだけどね。
それをやめると俺が俺でなくなるというか、
来栖のように振る舞えるなら、
そもそも今の俺になってないというか、でもそんな自分も嫌いじゃない。
みたいな感じだから、
そこそこのスペックで彼女できない童貞野郎なんだろうな。
「ま、まあ細かい事はいいじゃねえか!」
「話を反らすな!」
「まあまあ里香。 とりあえずシャワーを浴びに行こうよ?」
と、来栖が上手い具合にまとめた。
そして俺達は軽く準備運動してから、温水のシャワーを浴びた。
「とりあえず屋外プールに移動して、ビーチボールで遊ぶ?」
と、右手で黄色のビーチボールを弄ぶ里香。
「でもこういうプールじゃビーチバレーとか禁止じゃねえ?」
「うん、でも軽くボールをラリーしたり、
軽いボール当てなら問題ないよ」
「来栖、それも事前に調べたのか?」
「うん、だって利用上の注意事項は読んでおくべきでしょ?」
「いや俺はゲームの説明書すら満足に読まねえからさ」
「それ威張って言う事じゃないわよ。
まあとにかくいいわ。 さあ、遊びましょ」
里香はそう言ってビーチボールを持って、
屋外の50メートルプールに入った。
まあそれもそうだな。
今日くらいは色々忘れて、めいいっぱい遊ぶか!
「えいっ! 健太郎、そっち言ったわよ!」
「ういうい、せいや!」
「ちょ、健太郎! そのトス強いよ!」
と、里香が軽く抗議する。 やれやれ、我儘なお姫様だぜ。
でも嬉しそうでなによりだ。
正直こんなボール遊びの何が面白いんだが分からん。
「なら仕返しよ。 えいやあっ!」
里香がそう言って強めにビーチボールを投げてきた。
だが所詮は女子の力。 それに加えて俺はボクサー。
俺は左手一本で投げつけられた黄色のビーチボールを弾いて、
軽くジャンプして空中でキャッチした。
「すごっ! 今の少しかっこいい」
やや目を見開いて驚く里香。
「ははは、こう見えてオレ様はボクサー。 これくらい朝飯前よ!」
「そういう空気読めない発言はマジでウザい……」
「まあまあその辺にしようよ?
んじゃ一端プールから上がろうか?」
「うん」
「そうだな」
その後、俺達は25メートルプールに移動した。
そして俺と来栖がクロールでどちらが早く泳げるか勝負した。
「頑張れ~、健太郎に零慈~」
里香がプールサイドでそう黄色い声援を飛ばす。
だが俺はあまり水泳は得意でない。
対する来栖は結構泳ぐのが早い。
来栖は運動部には所属していないが、運動神経はなかなか良い。
対する俺はこう見えて、
ボクシング以外はそんなに運動が得意じゃない。
というか興味の持てないものには、
あまり一生懸命になれない性格だ。
とはいえこういう状況で女子が見ている前で負けるのは、
面白くない。
んわけで今回に限っては、全力で泳いだ。
泳ぎまくった。
「おお、健太郎がスピードアップしたよ!
零慈も負けるなぁっ!」
と、お気楽にはしゃぐ里香。
結局、トータル五本勝負したが、
俺は一度も勝つ事が出来なかった。
「健太郎、零慈。 お疲れ様!」
「ハアハアハアァッ……」
こんなに全力で泳いだのは初めてだ。
おかげでめっちゃ呼吸が荒い。
「いやあ健太郎、結構泳ぐの早いね?」と、来栖。
「はあはあ、よく言うよ。 そっちの五戦全勝じゃねえか」
「いやこう見えて俺は小学生の頃に
スイミングスクールに通ってたから」
「あ、ああっ……どおりで早いわけだ」
「結講運動したし、ここらへんで昼食にする?」
「そうね、そうしましょ! 健太郎もいいわよね?」
「まあそうだな。
確か更衣室の近くに喫茶店みたいのあったな」
「この後も遊ぶし、
あまり腹にたまるものは入れない方がいいね」と、来栖。
まあそうだな。 でも正直泳ぐのは少し飽きたな。
となると俺としては、二階のフィットネスルームを使いたいかも。
とはいえもうしばらくは里香に付き合うかな。
「……雪風先輩じゃないですか?」
「へ?」
急に呼ばれたので、思わず呆けた声が出てしまった。
条件反射的に声の聞こえた方向に向くとそこには知った顔があった。
栗色の髪をポニーテールで結んでおり、
こんがりと焼けた小麦色の肌。
フリルのついた白いワンピースの水着姿の竜胆が何故か後ろに立っていた。
「り、竜胆!?」
「やっぱり雪風先輩ですよね!
こんな所で会うなんて奇遇ですね!」
「お、おう。 竜胆は一人か?」
「いえ学校の友達と二人で来てます。 先輩は?」
「健太郎、なにしてる……あっ」
「あっ」
竜胆を見るなり、あっと声を上げる来栖。
竜胆も同様に声を上げた。
「ちょっと健太郎、零慈。 なにしているの……ん?」
竜胆を見るなり、その双眸を細める里香。
「……」
「……ねえ、健太郎。 その子、誰?」
竜胆は無言。 里香はやや不機嫌な声でそう聞いてきた。
何これ? なんで里香の奴、不機嫌なんだ。
いや一応分かるけどさ。
男子と一緒に遊んでたら、
急に自分の知らない女が出てきたらそりゃ面白くねえよな。
で、でも俺が悪いわけじゃないよ?
な、なあ~そうだよな?
「ああ、この子は陸上部の一年生の竜胆だよ。
部活の間に時々喋ってる感じ」
とりあえず無難にそう紹介した。
「……ふ~ん」
「は、はじめまして! 一年の陸上部の竜胆美雪です。
……神宮寺先輩ですよね?」
「……そうだけど、何で私の名前知っているの?」
「い、いえ。 神宮寺先輩って綺麗だから、
一年の間でも有名なんですよ」
やや怯えながらそう言う竜胆。
「ふ~ん、そうなんだなあ~」
全然興味なさそうに右手で自分の髪をいじる里香。
……なんか不機嫌っスね。
「み、美雪。 どうしたの?」
「あ、愛子」
なんだかまた新しい女の子が現れた。
多分竜胆の友達だろう。
顔はなかなか可愛い感じで、
花柄の赤いワンピースの水着を着ている。
だが急に「あ!」と言って驚いた表情になる。
視線の先には来栖の姿があった。
……なあ、もしかして来栖が好きな竜胆の友達ってこの子か?
だとしたらなんという間の悪さ。
もしかして修羅場というやつなのか?
しかしこれで終わりでなかった。
「んじゃ美奈子。 気分転換に泳ぐ?」
「はい、麻弥子さん。 ……えっ? 健太郎?」
はい?
なんか聞き覚えのある声が聞こえてきたんですけど?
というか大体誰か分かっちゃたんですが、
なんですかこの嘘のような鉢合わせ状態。
前方からこちらに向かって来た二人組の女子。
一人はすんげ~知っている人物。
もう一人も多分知っている。
青のセパレート水着姿で、
腰の周りに青いパレオをつけた俺の幼馴染の葉月美奈子。
その隣に立つ身長165以上ありそうなスタイルの良い
黒いビキニを着たお姉さん。
こうして直接会うのは、初めてだが多分あの女だ。
変態露出狂の腐女子・美剣麻弥子だ。
な、なんだよ、この悪い意味で神のような引き。
――なんじゃこりゃぁあっ!!
俺は心の中で思わずそう叫んだ。
次回の更新は2020年4月30日(木)の予定です。