第四十一話 ミックスアップ(中編)
---三人称視点---
「ああっと! アッカーマン、ラッシュだぁっ!!
ここで一気に勝負をかけるべく、怒涛のラッシュで攻めます!」
解説席の実況アナウンサーがそう叫ぶ中、
拳至は懸命にガードを固めながら、アッカーマンのラッシュに耐える。
しかしダウンの後なので身体が思うように動かない。
だからこの場はプライドを捨てて、クリンチワークを仕掛けた。
だがアッカーマンもそれは予測の範疇であった。
強引なクリンチを仕掛ける拳至の腕を懸命に払おうとするが、拳至もホールド(※相手の腕を抱え込む反則)覚悟でアッカーマンの両腕を抱え込んだ。
「ストップ! ブレイクッ!」
レフェリーが割って入ってそう告げた。
だが拳至はこの五もホールドスレスレのクリンチワークで、
アッカーマンの猛攻を凌いで、このラウンドを耐えきった。
そこで第七ラウンドが終了。
アッカーマンは軽く首を傾げながら、
拳至は呼吸を乱しながら、自コーナーへと戻った。
「……剣持、大丈夫か?」
「……はい、なんとか」
拳至は本山会長の言葉に曖昧に頷きながらそう返事した。
正直、ダウンのダメージで意識が朦朧としていた。
「次のラウンド、アッカーマンは仕留めに来るぞ!
剣持、お前はどうやってピンチを回避するつもりだ?」
と、神妙な表情で松島がそう問うた。
すると拳至はしばらく黙考してから、ゆっくりと口を開いた。
「次のラウンドもホールド覚悟でクリンチします。 最悪減点を喰らう覚悟です、兎に角、ダメージを回復させることを優先します。 オレもこのままでは終わられません。 だから小さなプライドは捨てて、勝ちを拾いに行きます!」
「そうか、ならばそうするがいい。
ここまで来れば気力の勝負だ、気持ちの上では絶対負けるな!」
「はいっ!」
そして拳至は軽くうがいをしてから、
松島に口の中にマウスピースを入れてもらった。
そこで第八ラウンド開始のゴングが鳴った。
拳至は両手のガードを固めながら、ゆっくりとコーナーから出る。
対するアッカーマンも両手のガードを固めながらリング中央へ突き進んだ。
足のダメージは……まだあるな。
せめて両足が回復するまでは休まねば、と思いながら拳至は相手の出方を伺った。
するとアッカーマンは中間距離から左ジャブを連打して来た。
拳至もその左ジャブを右手でパーリングする。
アッカーマンはそこから左右の拳を交互に突き出してワンツーパンチを連打する。
左、右、左、右、左、右。
鋭くて速いお手本のようなワンツーパンチ。
どうやら先程のクリンチで接近戦をやめて、中間距離で押し切る。
という作戦に切り替えたようだ。
拳至は両手でひたすら防御に徹した。
徐々に足が回復してきているが、まだ完璧ではない。
だからここはあえてポイントを捨てて、体力の回復に専念する。
アッカーマンは激しい五月雨のようなパンチを浴びせ続けた。
ひたすら左右の拳を突き出すこと、三十秒余り。
すると次第に拳至が後ろに後退していった。
――よし、ここで決める!
そこからアッカーマンはステップインして、間合いを詰めた。
だがそれと同時に拳至はカウンター気味に左ボディアッパーを繰り出した。
アッカーマンはそれを右腕で防御。
だが拳至は間髪入れず左ジャブでアッカーマンの顔面を強打。
一瞬、身体を震わせるアッカーマン。
その隙を突いて、拳至はフットワークでリングをサークリングして距離を取った。
「チッ!」
アッカーマンは無意識のうちに舌打ちをしていた。
拳至の露骨に逃げ回る姿に幻滅を覚えながらも、頭の中をクリアにする。
――奴の狙いは時間稼ぎだ。
――だがそれに付き合う必要はない。
――とりあえずこのまま攻勢を仕掛けて、奴を弱らせる!!
アッカーマンが再び攻勢に出た。
対する拳至はまたガードを固めて、アッカーマンのラッシュに耐えた。
そして時折、左を中心に反撃するが、その殆どを防御された。
アッカーマンも三団体統一王者。
同じ手口が何度も通用する相手ではなかった。
だがここまでの時間稼ぎのおかげで拳至の両足は見事に回復した。
――よし、ようやく両足が回復した。
――この後も防御に回るが、相手が攻め来たらカウンターで迎撃する!
そしてその後も似たような展開が続いた。
だがアッカーマンのパンチの殆どは綺麗にブロックされていた。
逆にパンチの打ち終わりを狙って、カウンターを合わせる拳至。
そこで第八ラウンドが終了。
残すは九ラウンドを含めて五ラウンド。
ポイント的にはアッカーマンが優勢だ。
だが拳至は慌てる事無く、その後も受け身に回った。
攻めるアッカーマンに左ジャブカウンターを的確に打ち込む。
余裕があれば左ボディフックで相手の右脇腹を強打する。
すると次第にアッカーマンが額に汗を浮かべ始めた。
予想以上に拳至の左のカウンターが利いていた。
だがアッカーマンは攻め続けた。
統一王者としてのプライドがそうさせた。
しかし拳至は勝つ為に自分の小さなプライドを捨てていた。
皮肉な事にそれが両者の明暗を分ける事となった。
前進するアッカーマン、後退しながらカウンターを打つ拳至。
という光景がしばらく続いたが、
残り一分を切ったところでアッカーマンが更に強引にラッシュを浴びせてきた。
このラッシュには拳至も戸惑いながら、なんとか防御を試みるが、
手数が多かった為、何発かクリーンヒットをもらった。
気がつけばコーナー付近に追いやられていた。
そして拳至が左ジャブカウンターで反撃をしたところで、
アッカーマンは伝家の宝刀のボラードをクロス気味に放つ。
――よし、ボラードが来た!
――この瞬間を待っていたぜ!
そこで拳至は左腕をすぐに引き戻しながら、
後方にバックステップする。
だがアッカーマンもステップインして距離を詰めてきた。
そして鋭い振りのボラードが拳至の顔面に命中!
と思った矢先に拳至は首をぐるりと回して、
アッカーマンのボラードを綺麗に受け流した。
――スリッピング・アウェイかあっ!?
スリッピング・アウェイとは、
パンチが伸びる方向と同じ方向に顔を背けるようにして受け流し、
パンチを躱したり、衝撃を和らげる高等技術の一つだ。
拳至はアッカーマンのボラードを防ぐ為に、
このスリッピング・アウェイの練習を秘密裏に重ねていた。
だがそれを実践で再現するのは並大抵の事ではない。
そしてアッカーマンは大きなパンチを打った反動で、
体重移動が上手く出来ず、一瞬身体のバランスを崩した。
――今だぁっ!!
拳至はそこでオーバーハンドの右ストレートを全力で打った。
前に出る勢いを利用した右のジョルト・ブロウだ。
次の瞬間、拳至の右拳に強い衝撃が走った。
すると目の前のザアッカーマンは口を吐き出して、
もんどりうって青いキャンバスに倒れこんだ。
起死回生の右のジョルト・カウンターが見事に決まった。
――決まったぜ!
――右のジョルト・カウンター。
――これでダウンを奪い返せた。
――だがポイントではこちらが不利だ。
――だからこのまま一気にケリをつけるぜ。
――もう数分もすれば、オレが四団体統一王者だ。
青コーナーから相手を見下ろす拳至。
第九ラウンドも残すところ三十秒余り。
観客席の観客が沸き上がる中、
拳至は悠然とした表情で、
ダウンから立ち上がろうとするアッカーマンを見据えていた。