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第四十話 ミックスアップ(前編)


---三人称視点---



「ふむ、ケンモチは想像以上に良いボクサーだな」


 アッカーマンはグスタフにうがいをしてもらいながら、小さく頷いた。

 そして口に含んだ水を漏斗に吐き出す。


「嗚呼、奴は想像以上に強い。

 だがそれでも俺には勝てないだろう。

 しかし長ラウンド戦うのは危険な気がする。 

 だから次のラウンドから一気に攻める!」


「そうだな。 ポイントで拮抗すれば、

 地元判定ホームタウン・デシジョンで負ける可能性はある。

 だから倒せるなら、早いラウンドで倒しても構わんぞ」


「嗚呼、次のラウンドからはボラードも解禁するよ」


「うむ。 カール、期待しているよ」


 一方の青コーナーは拳至も含めてセコンド陣が渋い表情をしていた。


「……強いな、想像以上だ」


 と、タオルで拳至の汗を拭く本山会長。


「次は五ラウンドか。

 そろそろ敵がギアを上げてくる頃だな。

 剣持、お前もギアを上げて真正面から奴と打ち合うんだ」


 松島の言葉に拳至も「はい」と頷いた。

 どのみち技術戦では自分には勝ち目はない。

 とはいえ真正面で打ち合うのも厳しい。


 だけどこの戦いは世界タイトルマッチ。

 しかも国内初の四団体統一戦なのだ。

 故に拳至は心を奮い立たせて、闘志を滾らせた。


「はい、奴と打ち合うのは厳しいですが、

 後手後手に回って、判定でポイント負け、

 という結果は自分もファンも歓迎してないでしょう。

 だからここはリスクを冒しても奴と打ち合いますっ!!」


「うむ、厳しいだろうが頑張れ!」


「はいっ!」


 そして拳至は松島に口の中にマウスピースを入れてもらうと、

 椅子から立ち上がり、グローブをこつりと合わせた。


「――ラウンド・ファイブ!」


 第五ラウンドが開始された。

 拳至は両手を高く構えて、ゆっくりとリング中央に向かう。

 対するアッカーマンは同様にガードを高めながら、

 早足でリング中央に突き進んだ。


 そしてアッカーマンは射程圏内に入るなり、左ジャブを連打する。

 速くて鋭い左ジャブ。

 だが拳至は慌てず、一発一発確実に防御ガードする。


 逆に相手の打ち終わりを狙って、左ジャブで反撃するが、

 アッカーマンもウィービングやスウェイバックでそれを回避。

 

 ――くっ、やはり巧い。

 ――ならば接近戦を挑む!


 拳至はそこから左ボディフックを放った。

 アッカーマンはそれを右肘で綺麗にブロックする。

 そこから拳至は更に左フックのダブルで相手の顔面を狙い撃つ。

 だがそれもバックステップとスウェイバックで躱された。


 しかし拳至も怯まない。

 拳至は更にステップインして、間合いを詰める。

 そこから左アッパーでアッカーマンの顎の先端チンを撃ち抜いた。

 だがアッカーマンも左フックで拳至の顎の側面ジョーを強打。


 一瞬、拳至の身体が揺れるがすぐに態勢を立て直した。

 そこから両者共に前へ出て激しい接近戦を展開する。

 拳至は基本的に左ボディフックから左フックへと繋ぎ、

 アッカーマンは状況に応じてパンチを使い分けた。


 この辺りは経験キャリアの差が出た。

 拳至の左ボディフックと左フックは、

 確実にアッカーマンの腹部と頭部を撃ち抜いたが、

 アッカーマンも上下にパンチを使い分けて確実にパンチを浴びせた。


 次第に拳至の呼吸が荒くなる。

 顔も徐々に腫れ、鼻から血も流れ始めた。

 だが拳至は下がらない、引かなかった。


 敵のパンチを貰いながらも、

 的確に相手の肝臓を叩き続けて、相手の体力を奪い続けた。

 そのような足を止めて打ち合いがしばらくの間、続いた。


 そして迎えた第七ラウンド。

 拳至の左瞼が腫れ始めて、視界を遮り始めた。

 これ以上、腫れるとレフェリー・ストップになる危険性を秘めていた。


 だが同様にアッカーマンもダメージを受けていた。

 特に肝臓打ち(リバー・ブロウ)によるダメージが深刻で、

 時々身体が痺れるという症状に陥っていた。


 だがアッカーマンも拳至と同じく引かなかった。

 それは四団体統一王者としてのプライドだったかもしれない。


 ――ケンモチ、君は大したおとこ

 ――この俺をここまで苦しめるとはな。

 ――だがな、俺は決して巻けやしないぞ。

 ――負けたら全てが終わる!


 ――俺はいつもそう思いながら戦ってきた。

 ――だからこの試合も俺が勝つ!

 ――良し、そろそろボラードで仕留めてやるか。


 アッカーマンは右脇腹の痛みに耐えながら、双眸を細めて拳至を見据えた。

 可能であればボラードのカウンターで一気に決めたかったが、

 拳至もアッカーマンのボラードには最大限の警戒心を払っていた。


 故に左のパンチを出すときには、

 相手のパンチを貰う事がないように引き手も早かった。

 これではボラードを合わせる事も難しかった。


 そして拳至は接近戦クロスレンジの打ち合いで、

 左フックを軸にした組み立てで徐々にアッカーマンを疲弊させていた。

 この五、六ラウンドに関しては拳至がポイントを取っていた。


 ――奴の狙いは肝臓打ち(リバー・ブロウ)で俺の体力を奪う事だ。

 ――奴は兎に角、徹底している。

 ――仕方あるまい。 ならばこちらも同じ戦い方にするか。

 ――そして奴の体力を奪ってから、ボラード!

 ――という計画プランで行くとしよう。


 アッカーマンは小さな自尊心プライドを捨てて、

 この場は勝利という結果を最優先することにした。

 そこからはアッカーマンも左フック主体の攻め方に切り替えた。


 確実に左ジャブを当てて、その間隙を突いて肝臓打ち(リバー・ブロウ)を放つ。

 そこからはお互いに魂を削る激しい消耗戦となった。

 拳至もアッカーマンも左フックでひたすら相手の右脇腹を叩いた。


 相手も苦しいが自分も苦しい。

 だが自分が苦しい時は相手も苦しい。

 というボクシングの鉄則を信じて両者はひたすら肝臓打ち(リバー・ブロウ)を放った。


 そして先に崩れたのは、拳至の方であった。

 ボディフック一つとってもアッカーマンは超一流であった。

 肋骨こそ折れてないものも、拳至の右脇腹は痛みで悲鳴を上げ始めた。


 それを感知したアッカーマンは左ジャブを高速で連打した。

 その左ジャブが面白いように拳至の顔面にヒット。

 すると流石の拳至も左ガードが甘くなり始めた。


 それでも拳至は気力を振り絞って、

 左ボディフックを放ったが、それはスウェイバックで華麗に回避。

 そしてアッカーマンは、拳至の左腕にクロスさせるようにボラードを放った。


 次の瞬間、アッカーマンの右拳に確かな感触が走った。

 それと同時に拳至はすとんと腰を落として、キャンバスに倒れ込んだ。


「――ダウンッ! ニュートラルコーナーに戻って!」


 レフェリーがそう宣告するなり、

 アッカーマンは軽快な足取りで赤コーナーへ戻る。

 そしてアッカーマンは赤コーナーから見下ろすように拳至を見据えた。


 拳至は左膝をキャンバスにつきながら、身体を痙攣させていた。

 恐らくカウント・エイトまで休むつもりなんであろう。

 だが見るからにパンチの衝撃でダメージが深そうだ。


 ――さてここがまずは第一の山場だな。

 ――奴がクリンチ、あるいはフットワークで逃げる。

 ――という選択肢を選んでも慌てず正確に止めを刺そう。

 ――ケンモチ、君は俺相手にここまでよく戦った。

 ――だから君に敬意を示して、俺も全力で君を倒すよ。


 そして拳至は全神経を集中して、

 カウント・エイトで立ち上がって、ファイティングポーズを取った。


 ――お、恐らく奴は止めを刺しに来るだろう。

 ――残り三十秒か。

 ――この三十秒を耐え抜いて見せる!


 意識が揺らぐ中、拳至も気力を振り絞った。 

 それからレフェリーが試合の再開を宣告した。

 そして短いようで長い三十秒間が始まろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか厳しい展開に! とはいえ、剣持がここで敗れるわけにはいかないですからね。 必ず立ち上がり、勝利を掴むことを信じています。 特に南条さんが一番信じていそうですよね!
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