第十話 そして無駄にフラグだけが立つ
テスト返却も全て終わり、今日は一学期の終業式。
全校生徒が体育館に集められて、
ほとんどの生徒は校長の挨拶を適当に聞き流す。
そしてその退屈な時間から解放されて、
教室に戻ると殆どの生徒ははしゃいでいた。
そりゃそうだ。 なにせ明日から待望の夏休みだからな。
つっても大半の生徒は、学校で行われる夏期講習に参加する。
来年は受験生だからな。 この時期からある程度頑張ってないと
志望校には行けないからな。 俺もインターハイが終われば、
夏期講習に参加するつもりだ。
私立文系狙いとはいえ、やはり最低限全教科を
まんべんなく勉強する必要はある。
ちなみに帝政では通知表は終業式に渡さず、
休み中に学校から生徒の自宅に郵送される形だ。
そして担任の英語の女教師・飛鳥先生が教室に入ってきて、
手短にホームルームを終わらせた。
さあ、これで三十日以上の長い休みに突入だ。 いえい!
「健太郎、今日部活何時から?」
と、里香が俺の近くに寄ってきて、そう訊いた。
「ん? 昼の十三時からだよ」
「お弁当は持ってきた感じなの?」
「いや今日は持ってきてねえ。
学食か外のコンビニで飯買おうかなと思ってる」
「じゃあさ、良かったら零慈のバイト先で
皆で一緒に御飯食べない?」
なる程、里香からの御飯のお誘いか。
これを断る理由はない。
「ああ、いいよ。 来栖もいいだろ?」
「もちろんだよ。 じゃあ早速行くか」と、来栖。
「そうね、ちょい早いけどランチにしましょ」
そんなわけで、
俺達は来栖のバイト先のファミレスへ向かった。
帝政学院は放課後ならば、
外での買い食いや外食は許されている。
結講な進学校だが、校則が緩めなので、
その辺がまた生徒受けが良い。
とりあえず俺達は窓際のテーブルに座った。
俺が窓際の席で、俺の隣に里香。 来栖は俺の対面に座った。
すごくナチュラルだったけど、
里香が迷いもなく俺の隣に座ったな。
来栖の忠告を聞いても、いまいち実感が沸かなかったが、
これを見ると真実味が増す。
とはいえ今更変に意識するのもアレだ。
ここは自然体でいこう。
「健太郎と零慈はいつなら休み取れそう?」
と、パンケーキをフォークで刺しながらそう問う里香。
「俺はその気になれば、いつでも休めるよ。
問題は健太郎だろうね」
と、来栖。
「そうよね。 大会まで忙しいと思うけど、
一日くらいなら休めるでしょ?」
「そうだな。 なんとか調整してみるよ。
休みが取れたら、ラインかメールするよ」
「了解。 じゃあ今度は何処に遊びに行く?
私はディスティニーランドがいいな~」
「里香は本当にディスティニーランドが大好きだな」
俺がそう言うと、里香が少し頬を膨らませた。
「日本の女子高生なら大体そうよ」
まあ実際そうなんだろうな。 でもなあ~、
夏場のディスティニーランドは激混みだからな。
俺としては、できれば別の場所で遊びたい。
「来栖は行きたい所あるか?」
「いや俺は皆に合わせるよ」
と、ストローでグラスに入ったジンジャエールを啜る来栖。
「ならディスティニーランドでいいでしょ? ねえ?」
「う~ん、夏場は混むし、
乗り物の順番待ちも長そうだしなあ~」
「健太郎、まさかまた動物園で
山猫が観たいとか言わないでしょうね?」
里香はジト目になりながらそう言う。
いや流石の俺でもそれはねえわ。
でもこの間はオセロット見逃したからな。
だがこの流れで「またズーラリア行こうぜ」と言う程、
俺も阿保じゃない。
というか夏と言えば、海かプールだろう。
女子が居れば尚更だ。
「俺はプールがいいかなあ~。 里香の水着姿とか見たいし~」
「あっ、俺も見たいかも」
お、流石来栖。 ナイスアシストだ。
「え~、零慈はともかく健太郎はエロい目で見そう」
口ではそう言いながらも、満更でない表情の里香。
悪くない感触だ。 後、一押しで行けそうだ。
ここは攻める。
「いや里香ってマジスタイルいいじゃん。
そういう女を連れてると俺も鼻が高いって感じじゃん?
来栖もそう思うだろ?」
「健太郎、ストレートに言い過ぎ。
でも里香は本当にスタイル良いのは事実だね」
「そ、そうかな?」と、顔を赤らめる里香。
「おう、だから皆でプール行こうぜ! なあ? いいだろ?」
「健太郎がそこまで言うなら、私はいいよ」
「俺もいいよ。 という事で三人でプール決定、かな?」
「決定だな」
こうして三人でのプールで遊ぶ事が決定。
これは正直楽しみだぜ。 なんとかして休みを作らないとな。
そして俺は自分で注文したナポリタンを綺麗にたいらげて、
二人に別れの挨拶をしてから、
部活をやる為、再び学校へ向かった。
「あ、あ、ありがとうございました……」
「武田、雪風。 良いスパーリングだったぞ!」
「本当っスか?」
「ああ、ウェルター級の武田相手にあれだけやれたら大したものだ」
「んじゃちょい休んでから、ロード行ってきます」
「ああ」
俺は忍監督とそう言葉を交わして、リングから降りた。
俺は呼吸を乱しながら、ヘッドギアとグローブを外す。
やっぱり武田さんは強いなあ。
スパーなのに結構ボコられたぜ。
まあ俺もやられっぱなしではなかったけどな。
何発かは良いパンチを喰らわせたぜ。
俺はプレハブから出て、
近くにあった給水機で少しだけ水を口に含んだ。
軽くうがいしてから、ごくりと水を飲み込んだ。
うん、ただの水がこんなに美味い。
やはりスポーツの後の飲水は最高だ。
ちなみに減量の方は今のところ問題ない。
俺の身長は176センチでライト級のリミットである
60キロ以下56超えを維持するのは、それ程苦労しない。
元々細い方だからなあ。 よく食い、よく運動すれば
ライト級くらいの体重なら問題なく維持できる。
減量してない時でも大体57~60キロくらいだ。
だから減量で苦しむ事はあまりない。
むしろもっと筋力をつけて、体幹を鍛えて
体脂肪率を下げたいとすら思っている。
こう見えて俺は帝政ボクシング部内でも
右ストレートに関しては一、二を争う程の威力を持っている。
だが俺自身のフィジカル能力は特別高いわけでない。
よく分からんが、右ストレートに関しては持って
生まれた天賦の才があるようだ。
もっともいくらパンチ力があっても、
命中させなければ意味はない。 そしてパンチ力はあっても、
右ストレートで動く標的を狙い撃つ能力はそれ程高くない。
この辺のバランスはなかなか難しい。
まあ端的に言えば俺の右ストレートは威力はあるが、
あまり当たらないという事だ。
よって当てるべく努力を重ねるしかない。
んなわけで日々の地味な練習が大切って事さ。
これは何事にも言えるがな。
というわけでまた馬車馬のように全力で校庭をダッシュするぜ。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハアッ……」
今日も校庭を全力ダッシュで十五周したぜ。
夏場ということもあり、黒ジャージの下に着込んだ
Tシャツまで汗でぐっしょりだ。 あ、しまった。
またタオルを忘れた。 と思ったら、
俺の目の前に見覚えのあるピンクのスポーツタオルが差し出された。
「せ、先輩大丈夫ですか? 汗がマジですごいですよ~?」
俺を先輩と呼ぶ後輩の女子など殆ど居ない。
というか竜胆くらいなものだ。
「わ、悪りい……。 竜胆、そのタオル使っていいか?」
「え、ええ。 いいですよ」
竜胆はやや驚きながらも、丁寧にタオルを俺に渡した。
それで顔や首周りを綺麗に拭いた。
心のなしかタオルから良い香りがする。
「り、竜胆。 あ、ありがとうな。 ハアハアハア」
俺は呼吸を乱しながら、タオルを竜胆に返した。
周囲の運動部員達が若干引いた表情で
こちらを横目で見ている。
まあこの夏場に校庭十五周を全力ダッシュする奴は、
運動部でもそう多くはないだろう。
だが俺は気にしない。 勝つためには、
これくらいの練習をするのは、当然だからだ。
ま、自分でも少し滑稽と思うが、笑いたければ笑え。
俺は気にせんよ。
「ゆ、雪風先輩、校庭を全力で何周したんですか?」
「あ、ああ……十五周だよ」
「十五週ですか!? 約三キロをあの速さで走ったんですか?」
「ま、まあな。 ぼ、ボクシングは実は足腰の強さが
非常に大事なスポーツなのさ。 軟弱な足腰なら、
良いパンチも打てないし、
相手のパンチに耐える事もできないからな」
「す、凄いです。 やはり全国大会に行くには、
それくらいじゃないと駄目なんですね」
ん? 普通の奴なら引くところだが、
竜胆はキラキラと目を輝かせていた。
「雪風先輩は普通科の運動部員の誇りです!」
「はあ? いや流石にそれは大袈裟だろう?」
「いえいえ、なんか先輩見てたら、私も燃えてきました」
見かけによらず竜胆は暑苦しい体育会系気質のようだ。
まあ俺としては、それはそれでいいけどな。
飾らない女子もそれはそれで魅力的だ。
「おう、竜胆も頑張れよ~」
「はい! あっ!?」
竜胆は大きな声で返事しながら、右手を口に当てた。
ん? どうしたんだ?
するとさっきまでの熱血スポーツ少女の影は消え失せ、
急にもじもじしだした。
なんというか乙女の顔って感じだ。
「あ、あのう~。 先輩、もう少し時間いいですか?」
「ああ、構わんよ」
「実は先輩にお伝えしたい事があるんです。 それは――」
その後、竜胆の話は五分くらい続いた。
端的に言えばこうだ。
竜胆の女友達が来栖の事が好きらしいので、
なんとか俺に間に入って欲しいという話だ。
まあこういう事は今までになかったわけじゃない。
まあ来栖と一番親しい男子は俺だからな。
女子の里香には頼みにくいだろうからな。
とはいえ俺が聞くまでもなく、来栖の答えは分かっている。
それは――
「俺が好きというなら、
なんで直接俺に言わず健太郎を仲介するの?」
という結論が出る。 来栖はこの辺マジで厳しい。
基本的に高校生という年代は、男女交際に関しては、
女子の方が圧倒的優位だが、例外も存在する。
要するに来栖は「選べる立場」なのだ。
正直羨ましいぜ、へっ。
「だから私とその子と雪風先輩と来栖先輩の四人で
週末にプールへ行きませんか?」
う~ん、この話を来栖に振ると少しややこしくなりそうだ。
だから俺は――
「ゴメン。 週末には俺と来栖ともう一人の友達で
同じくプールに行く予定なんだよ」
と、やんわりと断った。 多分これが一番上手な断り方だ。
「……そうですか~。
もう一人の友達ってあの神宮寺っていう先輩ですよね?」
さらりと里香の名前が出てきたな。
その辺の事情は調べ済みなのか?
「ああ、そうだよ」
「あの人と来栖先輩って付き合ってるんですか?」
「いやそういうわけではないけど?」
「……本当ですか?」
やや疑うような眼差しの竜胆。
なんか話が面倒くさい方向にいかないよな?
「ああ、というか来栖はバイトで忙しくて、
あまり遊ぶ余裕ないんだよ? 俺も基本的に平日は部活だろ?
だから俺と来栖と里香の三人で遊ぶのも稀なんだよ?」
「……里香、ですか」
そこに食いつく?
なんか竜胆は変な風に誤解してねえか?
「後、来栖は結構古風な人間だから、
その子が直接来栖に言った方がいいよ?
じゃないと「なんで健太郎が仲介してんの?」とか言うよ?」
「……そうなんですか?」
「まあだから俺ではあまり力になれそうにないよ。 ごめんな」
「い、いえそういう事なら分かりました。
変な事を頼んですみません」
と、ぺこりと頭を下げる竜胆。
「いやいや、竜胆が悪いわけじゃないからさ。 俺も気にしてないし」
「こ、これからも時々話しかけていいですか?」
「ああ、全然問題ないよ」
「そ、それでは私はこれで失礼します」
そう言って竜胆は陸上部の練習に戻った。
ふう、なんとか上手く爆弾処理できたな。
これで恋愛偏差値も13から16くらいにはなったか?
里香の件だけでも、いっぱいいっぱいなのに
これ以上無駄にフラグ立てると、
面倒くさくなりそうだからな。
正直俺はしばらくボクシングに専念したい。
では練習に戻るか。 それじゃ練習場に戻り、
タオル持ってきたら、また校庭十五周するか。
どうやら今の俺には恋愛より、ボクシングの方が向いているようだ。
まあそれはそれで悪くないけどな。 んじゃ練習頑張るか。
次回の更新は2020年4月29日(水)の予定です。