第三十五話 名誉挽回
---三人称視点---
3月28日。
試合会場はさいたまウルトラアリーナ。
そのリング上で南条勇は戦っていた。
マクシーム・M・ザイツェフとの敗戦から約一年半。
南条はこのさいたまウルトラアリーナで、二度目の世界タイトルマッチに挑んでいた。 対するはWBLスーパーフェザー級の王者・サーカイ・ウィアンチャイ。
ムエタイ出身者でプロ戦績は26戦26勝21KO勝ち。
WBLスーパーフェザー級の王座を五度防衛している強豪チャンピオンである。
だが南条はその強いチャンピオンを前にしながらも、一ラウンドから積極的に手数を出して、王者を圧倒していた。
南条は名実ともに優れたボクサーではあるが、
この二度目の世界戦に負ければ、次のチャンスはない、と本山会長が事前に告げていた。 だからこそこの戦いには絶対に負けられない。
サーカイはムエタイ上がりのボクサーだから、異様に打たれ強い。
だから南条のKO勝ちはないだろうと、試合前には言われていたが、いざ試合が始まってみれば、南条の繰り出すショート連打がサーカイに次々と命中した。
「おお~、南条! またしてもワンツーパンチで王者の顔面を捉えました。
既に六ラウンドになりましたが、これまでは南条が全てポイントを取っているように
思われますが、解説の剣持チャンピオンはどう思われますか?」
実況アナウンサーがゲスト解説に呼ばれた拳至にそう問う。
すると黒いスーツ姿の拳至は落ちついた口調で問いに答える。
「そうですね。 南条さんのパンチが的確に相手を捉えてますね。
また相手のパンチは綺麗にガードしているので、
自分の採点では、ここまでほぼ全ラウンド、南条さんが採ってます」
「成程、現役世界チャンピオンの剣持さんのお墨付きというわけですね。
おおっと! そうこう話しているうちにまた南条の左フックが
サーカイの右脇腹にヒット、見事なリバーブロウが決まりましたっ!!」
興奮気味に語るアナウンサーとは対照的に南条は冷静であった。
相手のパンチはほぼガードしている為にダメージはほとんど受けていない。
だが何があるか分からないのがボクシングという競技。
なので南条は気を緩めず、左右の拳を交互に繰り出してサーカイを攻め立てる。
「南条、ショート連打だ! もっとパンチを小さく打てっ!!」
青コーナーから松島が大きな声で叫ぶ。
そして南条は言われるがまま、ショート連打を繰り出す。
そのショート連打が次々と面白いようにサーカイの顔面に命中。
無類のタフネスぶりを誇るサーカイが肩で呼吸を始めた。
南条はそこから左フックのダブルでサーカイの右脇腹と右側頭部を強打。
綺麗な左のダブルフックが決まり、サーカイが身体をぐらつかせた。
「おおっと! またしても南条のパンチがクリーンヒット!
剣持さん、これは利いてますよね?」
「ええ、間違いなく利いてます!
というかこのまま一気に勝負に出ても良いでしょう!」
「おおっ! 剣持さんの言葉通りに南条が左右のショートアッパーで
サーカイの顎の先端を綺麗に打ち抜いている。
これはチャンスです! 頑張れ、南条!!」
アナウンサーだけでなく、観客席の観客も南条の猛攻に歓声を上げた。
その歓声に後押しさせたかのように、南条はそこから怒濤のラッシュを繰り出す。
そして南条の右ストレートがオーバーハンド気味に決まり、
サーカイが右膝を青いキャンバスについた。
「ダウンッ!! ニュートラルコーナーへ!」
レフェリーがダウンを宣告して、南条は青コーナーへ戻る。
そして南条は双眸を細めて、身体をふらつかせるサーカイを見据えた。
サーカイも最後の気力を振り絞り、カウント8で立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
そしてレフェリーは「ボックス」と叫んで試合を再開させた。
その間に南条は会場の電光掲示板に視線を向けて、残り時間を確認する。
残すところあと50秒。
――残り50秒か。 充分な時間だ。
――よしここで一気に攻めてベルトを奪う!
そして南条はガードを固めながら、一気に間合いを詰めた。
だがサーカイも最後の意地を見せる。
サーカイは南条のパンチを貰いながら、相打ち気味に打ち返す。
南条も相打ち気味のパンチに僅かに身体を震わせた。
だが両足を踏ん張り、すぐに態勢を立て直す。
そこからワンツーパンチでサーカイの顔面を強打。
更に左右のフックを振り回し、サーカイの側頭部を左右から打ち抜いた。
そして南条はそこからショート連打を繰り出す。
最早、サーカイは完全グロッキー状態となり、
レフェリーが二人の間に割って入って試合を止めた。
「ストップだ! 南条、ストップッ!!」
レフェリーが大声を上げて、南条にそう告げた。
それと同時に赤コーナーから青いタオルがリング上に放り込まれた。
そしてレフェリーは両腕を交差させる。
すると青コーナーからセコンド陣が南条に駆け寄った。
「南条、おめでとう!」
「お前の勝ちだ! お前が世界チャンピオンだ!!」
と、本山会長やトレーナーの松島が大声で叫んで南条に抱きつく。
すると南条は少し涙目になって「ありがとうございます!」と返す。
正式なKOタイムは6ラウンド2分21秒。
南条は二度目の挑戦で見事に世界のベルトを掴んだ。
そして南条は腰に世界のベルトを巻いて、大きくガッツポーズした。
「南条選手、実に嬉しそうですね。
剣持さんもジムの先輩の嬉しい勝利ですね!」
「ええ、南条さんはこの一年間本当に真面目に練習してましたからね。
だから自分の事のように嬉しいです」
「そうですか」
「ええ」
剣持はそう言葉を交わしながら、リング上の南条を見据える。
そして世界のベルトを巻いた南条に向けて、内心でこう告げた。
――南条さん、おめでとうございます!
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圧倒的なKO勝利を前にして、観客が大歓声をあげるなか、
南条はにこやかな表情で勝利者インタビューに答えていた。
「南条選手、見事なKO勝利おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「これで名実ともに世界チャンピオンになれましたね!
今の率直な気持ちを聞かせていただけますか?」
20代半ばの女性インタビュアーがそう言って、新チャンピオンとなった南条にマイクを向けた。 すると新チャンピオン――南条勇は少し呼吸を乱しながらも、真面目にインタビューに応じる。
「そうですね。 まず今日、勝てた事で色んな方々に恩返しできたと思います。 今日この試合に勝てたのは、ボク一人の力じゃありません。 この試合をマッチメイクしてくれた本山会長、トレーナー、セコンド陣の皆さん。 そして今日、この場に来て頂いたファンの皆様。 皆様の支えがあって、今日の試合に勝つ事が出来ました!!」
南条は思ったままの感想を述べた。
ザイツェフに敗北してから一年余り。
その間に血の滲むような練習を重ねてきた。
今夜の試合にまた負けると次のチャンスはない!
と、試合前に本山会長にも言われていた。
だから南条は今夜の試合、死に物狂いで戦った。
故に今の素直な気持ちは嬉しいというよりかは、ほっとしたという気持ちが強かった。
「これで後輩の剣持選手に続いて、聖拳ジムに二本目の世界のベルトをもたらすことに
なりましたが、その辺についてはどう思われるか?」
インタビュアー自体には悪意はなかったが、少し無神経な質問であった。
だが南条は嫌な顔一つせず、笑顔で答えた。
「そうですね、これでようやく剣持と肩を並べますね」
「成程、では今後の目標を聞かせてください」
「そうですね、とりあえず今はしばらくゆっくりしたいです。
なんだかんだでこの一戦にかけてましたからね。
まあとりあえず今後の目標は一戦一戦頑張りたいと思います」
「そうですか、ありがとうございます。
以上、南条チャンピオンのインタビューでしたっ!」
「ありがとうございましたっ!」
拍手が鳴り止まない中、南条は意気揚々とリングを降りた。
そして南条は一瞬、振り返り解説席の拳至に視線を向ける。
それに気付いた拳至が僅かに微笑んだ。
すると南条も微笑を浮かべて、右手を高く突き上げた。
――これでオレも後輩と肩を並べられる。
――でもこれで満足なんかしちゃいない。
――オレも剣持に負けないように、もっと上を目指すぜ。
――この勝利は始まりに過ぎない。
――もう誰にも負けたくない。
――だからオレは今まで以上に頑張るぜ!
南条はそう思いながら、威風堂々とリングを去った。
こうして聖拳ジムに所属する現役の世界チャンピオンは二人となった。
聖拳ジムは拳至と南条の二枚看板を掲げて、最盛期を迎えようとしていた。