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第三十一話 ジーニアスVSシルバーホーク(中編)


---ザイツェフ視点---



「おい、マークシャッ! しっかりしろよ!!

 ここまで殆どのラウンドでポイントを取られてるぜ!」


 と、セコンドのジョセフが興奮気味にそう叫んだ。

 そんな事はこの俺が一番分かっている。

 だがここからはそう簡単にはポイントを取らせないぜ。


「ジョセフ、耳元で騒がないでくれ。 ちゃんと聞こえているよ」


「なら何としてもポイントを挽回するんだ!

 こんな所で負けるようでは、お前のボクサーとしての未来も暗いぞ?」


「……ジョセフ、アンタの目は節穴か?」


「な、何っ!?」


 俺の言葉にジョセフも怒りを露わにさせた。

 だが俺は気にすることなく、続けて言葉を紡いだ。


「アンタはケンモチが日本人ヤポンスキーという事で色眼鏡で観ているようだが、

 奴は俺がこれまで戦ったボクサーの中で一番強いよ、間違いなくな……」


「……マクーシャ、あまり俺を見くびるなよ? そんな事は俺も分かっているさ。

 だが奴が日本人ジャパニーズという事実は変わらない。

 そしてラスベガスのメインイベントに立つようなボクサーを目指すなら、

 日本人ジャパニーズになんか負けては駄目なんだよ! 分かってるのか?」


 やれやれ、ジョセフも頑固だな。

 まあ生粋の白人の彼からすれば、日本人ヤポンスキーという事だけで、

 ケンモチを過小評価しているのだろう。


 まあ彼の云わんとする事も分からなく無い。

 俺だってもっと金を稼ぎたい、もっと名声が欲しい。

 だが今この瞬間、俺のハートは熱く燃えたぎっていた。

 恐らく最強の敵を前にして、俺の心と肉体に火がついたのであろう。


「ジョセフ、この試合だけは俺の好きに戦わせてくれ。

 そしてもしアンタが納得の出来ない試合結果になれば、

 俺とのトレーナー契約を解除してもらっても構わない」


「……マクーシャ、お前……本気なのか?」


 俺はジョセフの言葉に「嗚呼ああ」と頷いた。

 するとジョセフは両肩を竦めて「なら好きにしろ」と投げやり気味にそう云った。

 そして俺はマウスピースを口の中に入れて、椅子から立ち上がった。

 それと同時に第六ラウンド開始のゴングが鳴った。


 俺はアップライトスタイルに構えながら、リング中央に向かう。

 するとケンモチは上下左右に身体を振りながら、クラウチングスタイルで構えた。

 そこから俺は左ジャブをマシンガンのように連打した。


 ケンモチはウィービングで回避するが、何発かは命中した。

 それと同時にケンモチはステップインしてきたが、

 俺はバックステップして、再び距離を取った。


 ここまでは予想以上にポイントを取られたからな。

 だからここからはポイント取りの大人のボクシングを見せてやるさ。

 俺はそう胸に刻みながら、中間距離から左ジャブをひたすら連打する。


 しかしケンモチも様々な防御テクニックを駆使して、俺の左ジャブを防ぐ。

 それにしてもこの男……大した奴だ。

 ジョセフの言い草じゃないが、日本人ヤポンスキーがこの俺と互角以上に渡り合うとはな。


 でも聞いた話じゃケンモチは裕福な家庭の生まれらしい。

 おまけにこの日本という平和な国の生まれ、正直奴が何故ボクシングをするか、俺には理解出来ない。 俺のように戦いしか知らない男、という訳でもなかろう。


 だがこの男の持つ力は、王者である俺を討てる可能性を秘めている。

 しかしこのリング上では、俺が戦いしか知らない。

 ケンモチが裕福な日本人ヤポンスキーという事も関係ない。


 ボクサーなら、人間なら皆、多かれ少なかれ、

 過去を引きずって生きているんだ。

 

 戦いしか知らない、

 裕福な日本人にほんじん

 金持ちだ、貧しいだ。

 過去が重いだの、軽いだの。


 このリング――四角いジャングルの中ではそんなものは一切関係ない。

 この四角いジャングルの中には、己の頭脳と両拳。

 それだけが頼りの戦いの世界だ。


 面白いじゃねえか。

 そう、ここでは俺の過去など誰も気にしねえ。

 俺が強いか、弱いか、ケンモチが強いか、弱いか。

 観客もそれしか興味がねえ。 ならば俺の全力を見せてやるぜ。


 俺は今まで神など信じた事はないが、

 このような強い男と全力で戦える舞台を用意してくれた事には感謝するぜ、

 だが勝つのは俺だ、俺は負けねえ!


 そこから俺は狂ったようにパンチを出し続けた。

 基本は左ジャブで攻めながらも、時折フリッカージャブも混ぜた。

 今まではヒットマンスタイルからだったが、

 このアップライトスタイルからのフリッカーには、ケンモチも反応が遅れた。



 俺の左ジャブがケンモチの顔面に面白いように入った。 だが奴も相打ち覚悟で左ジャブ、そしてステップインして左ボディフックを放って来る。 俺も右腕で奴の左ボディフックを防御ガードするが、全て防ぐ事は無理だった。


 奴は被弾しながらも、確実に俺のボディ、そして右テンプル、顎の側面ジョーに左フックを叩き込んで来る。 正確無比な一撃に俺も時折身体を九の字に曲げた。 だがダウンはしなかった、意地でもしなかった。


 そう、俺は世界王者なのだ。

 世界王者は負ける瞬間まで王者としての自尊心プライドを貫くのだ。

 どんなに強い王者でもいつかは負けるか、自ら引退する。


 だがこのリング上で戦う限りは、最後の最後まで全力で戦う。

 それがこの俺――マクシーム・Mミハイロヴィッチ・ザイツェフの矜持だ。


 そんな事を思いながら、俺はひたすらリング上で戦い続けた。

 次第に俺の左ジャブがケンモチの顔面に決まらなくなった。

 逆にケンモチはステップインして、俺の懐に入ろうとする。

 俺はそうさせまいと、右のショートアッパーでケンモチの前身を食い止めた。


 意地と意地、気力と気力、技術と技術。

 俺の持ちうる全ての力を発揮して、俺は眼前の男と全力で戦った。

 身体のあちらこちらが痛む、パンチによるダメージで頭がフラフラする。

 だがケンモチも苦しそうだ。


 俺の放ったパンチで左眉の上から流血していた。

 だがラウンドが終わり、自コーナーに戻る度にそのカットした傷口が綺麗に処置されていた。

 もちろんまたパンチを貰えば、自然と傷口を開くのだが、

 それでも次のラウンドが始まってしばらくの間が流血を阻止していた。


 これはケンモチのセコンドに凄腕のカットマンが居るな。

 成程、ボクサーだけでなく、セコンドも超一流のようだ。

 面白いじゃないか、これでこそ戦い甲斐があると云うものだ。


 そして俺とケンモチは九ラウンドを過ぎた辺りから、

 下手な小細工を止めて、両者共に足を止めて至近距離で殴り合った。

 俺が殴ればケンモチも殴り返す。

 それはボクシングというより、原始的な戦い方に近かった。

 だが周囲の観客は大いに沸いた。



「よし、マークシャッ!!

 打ち勝っているぞ、そのまま手を出し続けるんだぁっ!!」


 赤コーナーのジョセフが興奮気味にそう叫んだ。

 やれやれ、現金な男だ。

 さっきまでは俺の事を否定していたのにな。


 でももしかしたら、彼のこの試合の熱に当てられたのかもな。

 いずれにせよ、俺はもう引くつもりはない。

 この試合の後の事などどうでもいい。


 今はただ全力で眼前の敵と戦う。

 息をするのも苦しい、体中が痛い。

 だが不思議と悪くない気分だ。


 そう、今この瞬間は過去のトラウマとかも気にしている暇もねえ。

 ただひたすら体力が持つまま、全力で己の両拳を突き出すのみ。

 俺のパンチがまたヒットする。 ケンモチが身体をぐらつかせる。


 だがケンモチもすぐさま打ち返す。

 俺はケンモチの左ジャブに左ジャブを合わせた。

 そしてお互いに相打ちでわずかに身体をふらつかせた。


 ポイントはどうなっているだろうか。

 六ラウンド以降は随分と盛り返した気もするがここは敵地アウェイ

 ならば判定勝負ではこちらが不利か。


 でもそんな事は最早どうでもいい。

 俺は今この瞬間を愉しんでいるのだから……。

 そして俺のワンツーパンチがケンモチの顔面に綺麗にヒットした。

 

 ケンモチは思わず腰を落としかけたが、

 両足で踏ん張って全力でダウンを拒否した。

 そこで第九ラウンド終了のゴングが鳴った。


 残り三ラウンドか。

 ここからが本当の戦いだ。

 だがここまでの打ち合いでケンモチは額だけでなく、左眉もカットしていた。

 

 奴をノックアウトするのは難しそうだが、

 あの傷口を広げて、テクニカル・ノックアウトするのは一つの手だな。

 俺はそう思いながら、両肩で呼吸しながら赤コーナーへ向かった。


 だがこちらもそろそろ限界だな。

 奴がTKO負けするか、こちらが先にくたばるか。

 これは今まで以上に我慢比べになりそうだな……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 剣持の強い勝利への執念がでてきましまたね! ザイツェフもある意味楽しんで戦えそうですね。 あとは、南条さんの進化もいずれみせつけたいですね!
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