表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/117

第二十八話 竜攘虎搏(りゅうじょうこはく)



---三人称視点---


 

 そして拳至と愛理はその後も逢瀬を重ねた。

 お互いに健全な二十歳の男女。

 故に精神的にも肉体的にもお互いを求め合った。


 だが年が明けた1月10日。

 拳至の標的であるWBL世界ライト級王者マクシーム・Mミハイロヴィッチ・ザイツェフが

 同級7位のイタリア人ロベルト・パリージを相手に4ラウンドTKO勝ちで初防衛を見事に果たした。


 そして指名挑戦者ロジカル・コンデンターとして拳至と聖拳ジムが

 ザイツェフのプロモーターであるバン・ギンクを相手に試合の交渉を開始。

 だが相手は名うてのプロモーター。


 故に交渉は難航したが、最終的には日本での試合の開催権を無事得る事が出来た。 この理由としては、バン・ギンクは日本人を相手に試合の開催権で吹っかけるつもりであったが、外国人であるザイツェフはアメリカ国内では、あまり人気はなかった。


 故にプロモーターとしては、あまり旨みのある試合ではない、

 と悟ったバン・ギンク側が程よい値段で聖拳ジムに試合の開催権を売りつけた、

 という形で両者の交渉がまとまった。



 試合日時は5月4日。

 会場は両国国技館、これは拳至の希望であった。

 南条が敗れた国技館で自分がザイツェフを相手にリベンジする。

 という拳至らしいシンプルな理由であった。


 いずれにせよ、試合日時は決まった。

 故に拳至とザイツェフは勝利を掴むべく猛練習に励んだ。

 拳至も「今度は世界タイトルマッチに挑戦するからしばらく君には会えない」

 と、愛理に伝えると、彼女も「分ってるわ。でもあまり無理しないで」と理解を示した。


 そして拳至は朝昼は大学に通い、

 それ以外の時間は全てボクシングの練習に身を捧げた。

 大学の春休み期間に入ると、伊豆で強化合宿を行った。


 国内の世界ランカーや日本・東洋王者をスパーリングパートナーとして雇い、

 来る日も来る日もスパーリングを行った。

 毎日の激しい練習に加えて、それなりに過酷な減量。


 流石の拳至もこの猛練習と減量で疲労のピークを迎えた。 だが拳至は耐えた。 何一つ弱音を吐かず、ひたすら自分の身体をいじめ抜いた。 その姿を間近で見ていたチーフトレーナーの松島も教え子のその姿に心を打たれた。



 ――南条も凄かったが、剣持はそれ以上だ。

 ――だが奴は、ザイツェフは強い上に巧いボクサーだ。

 ――恐らく剣持以外の日本人ボクサーでは勝負にすらならないだろう。

 ――だがこの男ならザイツェフに勝てるかもしれない!


 ――だがザイツェフは身長181という長身に加えてリーチも長い。

 ――故に剣持は接近戦クロスレンジで活路を見いだすしかない。

 ――その為には徹底してステップワークを磨く必要がある。



 そこで松島は通常の練習時には、剣持の両足にパワーアンクルをつけて練習させた。 それ以外にも短距離のダッシュ中心の練習をさせたりと、徹底して足腰の強化をさせた。 更にショートパンチの連打を中心に、時折ジョルトブロウを交えて打つようにスパーリングさせた。


 並のボクサーなら松島の思惑を理解出来なかっただろう。

 だが拳至は並のボクサーではなく、彼もまた天才であった。

 故に拳至は松島の意図する事を頭で理解して、それを練習で実践した。

 その姿を見て、松島の胸に激しい熱い思いがこみ上げてきた。



 ――この男は世界チャンピオンになる為に産まれてきたのだ。

 ――だからこの男が世界チャンピオンになれるように、

 ――俺は自分の持つ全ての能力と知識をこの男に託す。



 松島はそう思いながら、表向きは冷静を装いながら拳至を見守った。


「剣持、手を出すんだ。 手数だ、手数!」


 松島がそう叫ぶと、リング上の拳至はショート連打を繰り出した。

 既に10ラウンド連続でスパーリングを行っており、

 流石の拳至も疲れたような表情を浮かべていた。


 だが拳至は手を出し続けた。

 今、頑張らなくていつ頑張るんだ!

 オレは世界タイトルマッチをするんだ!


 拳至はそう心の中で思い、自分自身を奮い立たせた。

 拳至は接近戦を挑むスパーリングパートナーを足を使いながら躱し、

 左ジャブから左フック、そして右ストレートへと繋いだ。


「よし! いいパンチだ!!」


 松島が大きな声で叫ぶ。

 しかし疲労のピークにある拳至のパンチにはいつものキレはなく、 

 相手が身体を寄せて、左右のフックを連打してきた。


 拳至は何発か被弾したが、逆に自分も左右のフックの連打を繰り出す。

 足と足を止めた激しいインファイト。

 その時、ゴングが鳴った。


 拳至はマウスピースをはめたまま、「ありがとうございました」とリング上で一礼する。 そしてリングを降りてから、グローブ、ヘッドギアとノーファールカップを外す。

 

「よし、今日はもう終わりだ」


「あ、ありがとうございました」


 そう言葉を交わして、拳至は近くの水道の蛇口を捻り、

 バンテージの巻かれた両手で水をすくって、顔を何度か洗った。

 正直コンディションは最悪だ、このままで大丈夫なのか?

 と、少し不安に思う拳至。


「剣持、頑張ってるな」


 急に後ろから声をかけられた。

 拳至は条件反射的に後ろを振り向いた。

 するとそこには南条が練習着姿で立っていた。


「な、南条さん!?」


「よう、久しぶりだな」


「は、はい……」


「そう驚いた顔すんなよ、俺も今日から練習を再開することにしたんだ。

 所謂カムバックってやつさ。 階級も一つ下げて、今後はスーパーフェザー級で

 戦っていくつもりだ。 だからまた俺とスパーリングしてくれよ?」


「え、ええ……」


「しかし凄い練習をしているな。

 お前のスパーリングパートナーは、日本チャンプや東洋チャンプ、

 そして世界ランカーとライト級付近の国内の猛者だらけじゃないか?」


「……まあこれぐらいはしないと、奴に勝てないと思うので」


「……奴か、奴は――ザイツェフは強いぞ?」


 云われるまでも無くそれは理解していた。

 何せアンタをあそこまで一方的に倒した男だからな。

 と、拳至は内心で思いながら、「ええ、まあ……」と曖昧に頷く。

 すると南条は拳至の顔を見据えながら、口の端を持ち上げた。


「だがお前なら奴に勝てるかもしれない!

 だから試合当日は俺も応援にかけつけるぜ」


「ええ、ありがとうございます……」


「じゃあな、剣持。 俺は自分の練習に戻るよ」


「は、はい。 お疲れ様です!」


 こうして南条も正式にカムバックする事となった。

 その後も拳至は地獄のような練習でひたすら自分を追い込んだ。

 だが闇雲に練習するだけでなく、松島に指示された事を改善、改良して

 ステップワーク、そしてショート連打と右のジョルトブロウも磨く抜いた。


 そして新学期を迎えて、拳至も大学三年生となり、ゼミも始まった。

 大学生活も忙しくなってきたが、

 大学の方にはほぼ毎日顔を出して、ゼミ仲間とも親交を深めた。


 ちなみに南条、そして神原先輩は大学院へと進んだ。

 だから二人は時々、サークルにも顔を出していたが、

 拳至は最低限しかサークルに出なかった。


 それからも、ひたすら自分自身をいじめ抜いて、

 世界タイトルマッチの記者会見や軽量も無事終えた。

 そして迎えた5月4日。

 拳至とザイツェフの世界のベルトをかけた戦いが今始まろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 愛理、ボクシングで会えないことをしっかりと理解してくれていますね。 そして、南条さんがカムバック。 さらに、次からはザイツェフとの戦い。 どんどん面白くなってきていますね。
[良い点] 剣持のボクサーとしてストイックに研ぎ澄まされていくあたりが、ボクサーとしていい顔になってきましたよね! 南条さん復活も楽しみですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ