第二十七話 速戦即決(そくせんそっけつ)
---三人称視点---
南条とザイツェフが戦った世界タイトルマッチから約三ヶ月後の12月30日。
拳至は他のジムの選手の世界タイトルマッチのセミファイナルで、
WBL世界ライト級の二位のフランス人のピエール・ロルシーと挑戦者決定戦で戦う事となった。
試合会場は後楽園ホール。
世界戦に加えて、拳至の試合を観るべく会場には多くのファンが押し寄せていた。
その中には拳至の恋人である氷堂愛理や友人である藤城達の姿もあった。
相手は世界二位、対する拳至は世界三位。
下馬評では拳至の不利が予想されていた。
だがいざ試合が始まってみると、拳至がロルシーを一方的に攻め立てた。
「よし、いいぞ。 剣持、左だ! 左を差すんだ!!」
青コーナーサイドで拳至のトレーナーである松島が叫ぶ。
だがリング上の拳至はあくまで冷静で松島の指示通り左ジャブを繰り出した。
拳至のマシンガンのような左ジャブがロルシーの顔面に次々と命中。
「そこからボディを攻めるんだ!」
松島の指示通り、拳至は左ボディフックとアッパーでロルシーの右脇腹を強打。
綺麗な肝臓打ち(リバーブロウ)が決まり、ロルシーが身体を九の字に曲げた。
拳至はそこから左右のフックを振り回して、ロルシーを攻め立てる。
「いいぞ、剣持!」
「剣持くん、頑張れ!!」
観客席から友人の藤城と瓜生の声援が飛ぶ。
だが拳至は何処までも冷静に相手にパンチを浴びせる。
そこで第二ラウンド終了のゴングが鳴った。
拳至は悠然とした足取りで青コーナーに戻る。
対するロルシーは両肩で呼吸しながら、赤コーナーに戻った。
「剣持良い調子だぞ、今の調子で攻め立てるんだ!」
「はい、松島さん」
と、クールに返す拳至。
「世界二位相手に大したものだ、もし余裕があるならジョルトを試してみろ!」
「そうですね、実戦で試してみる良い機会ですね」
松島の言葉に拳至がそう云って頷いた。
そして拳至はうがいをして、漏斗に水を吐き出した。
そこで第三ラウンド開始のゴングが鳴った。
それから後もほぼ一方的に拳至が試合の主導権を握った。
基本は左ジャブ主体で攻めながら、
相手が怯んだ隙を突いて、得意の左右のフックを振り回す。
そしてここ三ヶ月余り練習した右のジョルトブロウも時折繰り出した。
拳至の綺麗なモーションの右のジョルトブロウがロルシーの顎を捉えた。
たまらず後ろに下がるロルシー。
だが拳至は容赦しない。
得意のデンプシーロール気味の左右のフックを連打する。
連打、連打、連打、ひたすら左右のフックで強打。
するとロルシーはとうとう青いキャンバスに片膝をついてダウンする。
レフェリーがカウントを数え始める。
だがロルシーも意地を見せて、カウント8で立ち上がった。
そしてレフェリーが駆け寄り、ロルシーの顔を覗き込んだ。
そこからレフェリーは「ボックス」と叫んで試合を再開させた。
最早勝負の行方は見えた。
だが拳至はあくまで冷静であった。
この試合を踏み台にして、研究段階の右のジョルトブロウを試そう。
拳至はそう思いながら、左主体で攻めながら、時折わざと右ガードを下げた。
するとロルシーも余力を振り絞って、
左フックを主体に拳至の右側面から攻撃を仕掛ける。
拳至はそれを右腕で防御しながら、嫌がるような素振りを見せた。
だがこれはあくまで擬態。
敵を誘うための罠であった。
従来のロルシーであったら、この罠にも気付いたであろう。
だが試合開始からずっと劣勢。
それに加えて敵地での試合、故にロルシーとそのセコンド陣も冷静さを失っていた。
だからロルシーは力任せの強引な左フックを放った。
拳至はそれをスウェイバックして回避。
そして拳至は前へ出る勢いを利用して、押し出すように右のストレートを放った。
その右拳がロルシーの左腕を交差して、ジョルトブロウがクロス気味に決まった。
するとロルシーはもんどり打って、青いキャンバスに背中から倒れ込んだ。
ロルシーはマットの上に長々と横たわり、身体を小刻みに痙攣させている。
それと同時に赤コーナーのセコンド陣からリングに黄色のタオルが投げこまれた。
そしてレフリーが腕を大きく交差させて試合終了を告げた。
第3ラウンド1分48秒。
それが正式なKOタイムであった。
この結果により、拳至は世界タイトルマッチの挑戦権を自らの手中に収めた。
だが当の本人はあくまにクールにリング上で勝利者コールを受けていた。
剣持拳至(聖拳ジム)【世界タイトルマッチ挑戦者決定戦】3ラウンド1分48秒TKO勝ち
【9戦9勝9KO勝ち】
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「おめでとう、剣持くん」
「ありがとう!」
試合後のインタヴューも終わり、拳至は愛理と逢い引きしていた。
場所はいつもの高級ホーテルのバー。
拳至はいつものようにペリエを、愛理はカシスオレンジを頼んでいた。
拳至と愛理は隅の方の対面のテーブル席に座っている。
拳至はチビチビとペリエを飲んでいたが、愛理は少し早いペースでカシスオレンジを飲んでいる。
そしてお互いに色々語らい、良い雰囲気になってきた。
そこで愛理は少し頬を赤らめて、拳至に一言こう問うた。
「私、剣持くんの部屋に行きたいわ」
「……」
一瞬言葉に詰まる拳至。
この意味が分らないほど、拳至も子供ではない。
そして拳至は覚悟を決めて「ああ」と答えた。
それから二人はタクシーに乗って拳至のマンションへ向かった。
そして二人は拳至の部屋でも色々と語り合った。
すると次第に良い雰囲気になり、二人は身を寄せ合いキスする。
そして二人はこの夜で初めて男女の契りを交わした。
拳至も愛理も初めてであった。
だから最初はあまり上手くは出来なかったが、
徐々に二人の呼吸が合い、二人は無事結ばれた。
拳至が朝、目を覚ますと隣には愛理が寝ていた。
最高の夜だったと思う。 愛理は情熱的に自分を求めてくれた。
拳至も必死に愛理を求めて、そして愛した。
「……剣持くん、おはよう」
「ああ、おはよう」
それから愛理はすぐに着替えた。
本当はもう少し長居したかったが、昨日の夜は友人宅に泊まる、
と両親に告げていたので、そろそろ家に戻らないと色々マズい。
だから愛理は素早く身支度して、外に出れる準備を整えた。
「……これからはオレの事を拳至と呼んで欲しい」
「いいわよ、じゃあ拳至くん。 私の事も愛理と呼んで」
「ああ、愛理」
そして二人は軽くキスをかわす。
「じゃあ、拳至くん。 私はもう行くわ」
「ああ、また連絡するよ」
「うん、じゃあまたね!」
そして愛理が拳至の部屋から出て行く。
拳至は愛理の背中を目で追いながら、右手を軽く振った。
それから拳至は愛理の姿が完全に見えなくなると、部屋の扉を閉めた。
――やはりこうして恋人と過ごすのは何事にも代えがたい喜びだな。
――とりあえず試合は終わったし、しばらくは愛理と親睦を深めよう。
――だがそれが終われば、奴――ザイツェフとの戦いに専念するぜ!
――やはりこの手で世界のベルトを奪うまではボクシングを止められないぜ!
拳至はそう思いながら、決意を固めた。
だがすぐに先程までの光景を思い出して、微笑を浮かべた。
その表情はボクサーではなく、普通の二十歳の青年の表情であった。