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第二十六話 戦いしか知らない男


---ザイツェフ視点---


 俺が今から会うパーベル――パーベル・チェルネンコはロシア時代の

 幼年学校からの長い付き合いのある友人だ。

 彼の家系も俺の家系と同じ軍人家系であった。


 身長183センチの黒髪の短髪で長身痩躯。 

 彼もボクシング経験者でミドル級で欧州選手権に出場した事もある。

 また彼も俺と同じアルファ部隊の出身だ。


 更に付け加えるならば、彼もあの事件の場に居合わせた。

 そして彼も俺と同じように軍隊を除隊した身だ。

 それから彼は知人を頼り、渡米して民間軍事会社に勤めている。


 それだけ聞けば、真っ当な経歴に見えるが、

 彼はロシア時代のコネを生かして、アメリカ在住のロシアン・マフィアとも

 繋がっている。 そしてそのロシアン・マフィアの多くは元アフガンツィ。

 

 そういう訳で彼も黒に近い灰色の世界で生きている。 

 だが俺も何かあった時の為を考えて、彼との関係を保っていた。

 

「お客さん、着きましたよ」


「ありがとう」


 俺は料金メーターにチップを乗せて支払い、タクシーを降りた。

 そしてパーベルとの待ち合わせ場所であるカフェの中に入った。

 店内には聴き覚えるのある流行歌が流されていた。

 茶色を基調としたシックな店構えで、店内はノスタルジックな空間が広がっていた。


「お客様、お一人ですか?」


「いや連れが待っている」


「そうですか、では注文が決まり次第お呼びください」


「ああ」


 俺は白人女性のウェイトレスにそう云って、パーベルの姿を探した。

 すると彼――パーベルは暖炉の近くの奥のテーブルに座っていた。


「――パーベル」


「……おお、マクーシャ!」


「久しぶりだな」


「ああ、全くだ。 それと世界タイトル奪取おめでとう」


「ああ、ありがとう(スパシーバ)


 俺はそう云ってパーベルの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。

 それから俺はさっきのウェイトレスを呼んで、アイスコーヒーを一つ注文した。

 するとパーベルは無言で俺の顔を見据えた。

 こうして会うのも一年ぶりくらいか?


 まあパーベルとしても下心はあるだろう。

 俺も今では世界チャンピオン。

 だからパーベルとしても俺との関係性を深めておきたいのだろう。

 そしてそれは俺も同じ。 彼のロシアンコネクションに興味があった。

 とはいえマフィアの類いとは付き合う気はないがな。


「しかし幼年学校の同期が世界チャンピオンか。

 マクーシャ、お前は大した男だよ」


「まあ俺も生活がかかっているからな。

 将来の事を考えて、今のうちに荒稼ぎするつもりだ」


「そうか、ならばこれからは薔薇色の人生だな」


「どうかな? 世界には強い奴は腐るほど居るからな。

 だからそういう奴等に負けない為、今後も厳しい練習に励むよ」


「マクーシャ、お前は相変わらず真面目だな」


「パーベル、そういうお前はどうなんだ?」


 するとパーベルは両肩を竦めた。


「可も無く不可も無いという生活さ。

 でもあの地獄の特殊部隊スペツナズ時代に比べたら、楽なものさ」


「……そうだろうな」


「ああ……」


 俺達はそう言葉を交わすと、しばらく無言になった。

 ロシア軍の特殊部隊スペツナズはエリート軍人で構成されたエリート部隊だ。

 尚、スペツナズという特殊部隊が存在するわけではなく、

 エリート部隊で構成された特殊部隊の事をスペツナズと呼ぶ。


 軍情報部、俺が所属した対テロリスト部隊のアルファ部隊。

 また警察組織の特殊部隊スペツナズも存在する。

 そしてそれらの部隊に所属する限り、厳しい訓練や任務が待っている。


「……マークシャ、今でもあの事件を思い出すか?」


 パーベルはそう云いながら、コーヒーカップに口をつけた。

 ……あの事件と云えば、あの事を指すのだろう。

 俺はパーベルの問いに「ああ」と頷いた。


「……今朝も悪夢を観たよ」


「そうか、俺も時々観るよ」と、パーベル。


「そうなのか?」


「ああ、だから俺もお前と同じように軍を除隊した。

 だが夢を観て、こうして米国アメリカまでやって来たが、

 この自由の国は俺達のような外国人には冷たい。

 金、金、金、これがこの国のルールさ」


 まあこれに関しては同意だな。

 この国は外国人だけでなく、自国民にも冷たい。

 正確に云うならば、金を持たない者に厳しい。

 それがこの国のルールの一つである資本主義の実態だ。

 だがそれでもあの国――俺達の母国ロシアに比べたら全然良い部類だ。


「でもそれはどの国でも大差ないだろう?」


「……まあな、でもしがない勤め人の俺としたら、

 愚痴の一つも零したくなるわけさ」


「……それは分った。 ところでこうしてわざわざ俺を呼びつけた理由は何だ?

 何の理由もなく、俺を呼びつけないだろう?]


 俺は単刀直入にそう問うた。

 するとパーベルはしばらく黙考してから、ゆっくりと語り出した。


「いや特別な用事があるわけじゃないよ。

 ただ彼等――アフガンツィの方々がお前に会いたがってるらしいんだ。

 と云っても別にお前をどうこうしようという話じゃないぜ?

 まあ単純に同国人のお前が世界王者になったので、祝いたいという話さ」


「……そうか」


 俺はそう云ってしばらく黙り込んだ。

 すると先程のウェイトレスがアイスコーヒーの入ったティーカップを持って来た。

 そして俺はティーカップに口をつけて、中身をゆっくりと飲み干した。


 ……アフガンツィの方々か。

 と云ってもこの場合は只のアフガン戦線帰還者(アフガンツィ)の事ではない。

 アフガン戦線帰還者(アフガンツィ)で構成されたロシアン・マフィアの事を指す。


 俺の祖国であるロシアでは、

 このアフガン戦線帰還者(アフガンツィ)で構成されたロシアン・マフィアが

 ソ連崩壊後に台頭して来た。 かく云う俺の親父もロシア軍の除隊後のその一員となった。

 そしてロシアで勢力をつけたマフィアグループがこのアメリカにも進出している。


 本音を云えば、あまり彼等とは関わりたくない。

 実際問題として、俺のプロモーターはアメリカ人だ。

 だが今後の活躍次第で彼等――ロシアン・マフィアは俺を自分達の傘下に入れたい。

 という目論みもあるのであろう。


 実に面倒臭い話だ。

 だが彼等を無視する事は出来ない。

 彼等は面子を気にする人種だからな。

 だから挨拶の一つや二つはしておくべきだろう。


「そうだな、彼等にも挨拶しておくべきだな。

 パーベル、良かったらその段取りをしてもらえないか?」


「ああ、彼等にそう伝えておくよ」


「ああ、助かるよ」


「いや気にするな。 彼等を無視すると後が面倒だからな。

 ところでマークシャ、お前はいつまでボクシングを続けるつもりだ?」


「さあな、正直分らんよ。

 でもしばらくは稼がないとな。 俺はそんなに預金がある方じゃないからな。

 とりあえず体重ウェイトがキツくなるまでライト級で戦うよ。 

 そして頃合いを見てスーパーライト級に、ウェルター級に転級するよ」


「……いいな、夢がある話でよ。

 俺なんかしたくもねえ仕事をする毎日だ。

 でも俺は戦いしか知らない男だ、だから今の仕事をするしかない」


「……それは俺も同じさ。

 俺も戦いしか知らない男だ」


「……そうだな、じゃあ段取りがついたらまた連絡するよ」


「ああ、パーベル。 また会おう」


「ああ」


 俺はそう別れ言葉を交わして、カフェを後にした。

 戦いしか知らない男か。

 全くもって救いがたい話さ。


 でも今の俺にはレーナが居る。

 彼女を幸せにする為にも、俺はリングで戦い続ける。

 それが俺を救う最後の希望だ。


 だからどんな相手にも負ける訳にはいかない。

 俺はもっともっと勝って、もっともっと稼ぎたい。

 その為にも厳しい練習を重ねる必要があるな。


 よし、一度マンションに戻ってから、ジムへ行くか。

 そして俺はまたタクシーを拾って、そのまま自宅へ戻った。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなかストイックだけど熱いものもあるマークシャですね。 とはいえ、その部分も南条さんも負けてないはずですので、リベンジに燃えていそうですよね! 剣持も同じくですね!
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