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第九話 来栖の忠告


 翌朝。


「健太郎、おはよう」


「ん? ああ、来栖か。 おはようさん」


 登校の途中で来栖とばったり出会った。

 来栖は上着の白の開襟シャツのボタンを二つ程、

 外しており、首元にシルバーのフェザーペンダントをかけていた。


 シンプルな格好だが、それがまた絵になっている。 

 朝からイケメンだな、この野郎。 

 でも男の俺でも癒されるから、こいつは本物だ。


「雪風先輩、おはようございます!」


 と、後ろから聞き覚えのある声で挨拶された。

 振り返ると、後ろに女子の夏服姿の竜胆が立っていた。


「おう、竜胆。 おはようさん」


 とりあえず俺も挨拶を返した。

 すると竜胆はにっこりと笑ったが、

 その視線が俺の隣の来栖に向いた。


 竜胆はやや目を奪われたように、来栖を凝視している。

 まあよくある光景だ。

 それぐらい来栖の容姿は飛びぬけている。


「雪風先輩、こちらの方もボクシング部の先輩でしょうか?」


 と、竜胆が探るようにそう聞いてきた。

 すると来栖が左手を左右に振りながら――


「違うよ、俺はただの帰宅部だよ。 

 健太郎の友人ではあるけどね」


「そ、そうですかあ~。 

 失礼ですがお名前を伺っても、よろしいでしょうか?」


「来栖だよ。 来栖零慈。 健太郎と同じ二年生の普通科だよ」


「来栖……先輩ですか。

 って来栖先輩って!? あの有名な来栖先輩?」


 何かを思い出したように、驚きながらそう言う竜胆。


「俺って有名なの? ちなみにどういう風に有名なのかな?」


 と、優しい声音で問う来栖。

 すると竜胆は珍しくもじもじしながら、こう言った。


「い、いえ別に変な意味ではないです。 

 でも一年の女子の間では、「とてもかっこいい先輩」という事で

 有名なんです。 け、けして悪い意味じゃないですよ」


「そうか、それは良かった。 変な風に有名じゃなくて」


 さらりとそう答える来栖。 

 自然な感じで不思議と嫌味さはない。


「お、驚いたなぁ~。 

 雪風先輩と来栖先輩が友達だったとは意外です」


「というか来栖ってそんな有名人なんだ?」


 女子の人気が高いとは知っていたが、

 まさか一年にも人気があるとはねえ。

 なんか友人として少し鼻が高いぜ。 

 まあ俺が威張る事じゃねえけどな。


「ええ、噂じゃファンクラブがあるとか聞きますよ」と、竜胆。


「俺はタレントじゃないよ。 ここじゃ只の一生徒だよ?」


「へえ、でも良い事を知りました。 

 今日友達に自慢しちゃおうかなあ~」


 そう言う竜胆はいつものようなスポーツ少女ではなく、

 一人の女子高生だった。

 でもこれはこれで良い。 

 なんというかギャップ萌えってやつ?


「あまり変な風に言わないでね」


 口調は優しいが、来栖の目は笑っていない。


「はい、もちろんです。 では雪風先輩、来栖先輩。 

 今後ともよろしくお願いします」


「ああ、よろしくな」


「うん、よろしくね」


「では私は今日、日直なので先に行きます! 失礼します」


 そう言って竜胆は元気に走って行った。


「ははは、竜胆の奴。 元気一杯だな」


「あの子、竜胆って言うんだ?」


「ああ、りゅうきもと書いて竜胆りんどうって言う苗字」


「ふうん、変わった苗字だね。 それと健太郎、少しいいかな?」


「ん? 何だ?」


 俺はそう言いながら、視線を来栖に向けた。

 来栖の表情は読み取りにくいが、

 雰囲気から真面目の話だと分かった。


「放課後、部活前に少し時間取れるかな?」


「ああ、別に構わないが、何か話でもあるのか?」


「うん、少しね」


「……真面目な話?」


「うん、真面目な話」


「そうか、分かった」


 そう言葉を交わした後、俺達は無言で通学路を歩き続けた。

 来栖とは一年以上の付き合いだが、

 こういう時は話さない方がいい。

 恐らく放課後に真面目な話をするつもりだろう。



 それがどんな話かは、想像はつかないが、

 俺も真剣に来栖の言葉に耳を傾けよう。

 こういう時にふざけたら、来栖は本気で怒る。

 それが分かっているから、

 今は彼が話すまで俺も何も話さなかった。


 放課後。

 今日も授業の大半がテストの返却と答え合わせだった。

 まあ俺のテストの出来はいつも通り。 

 文系科目はいいが理数系は微妙。

 この辺は良くも悪くも安定している。



「健太郎、今から部活?」と、里香が声を掛けてきた。


「ああ、まあな。 インターハイ近いから頑張らないとな」


「そっか。 じゃあ部活頑張ってね」


「おうよ」


 そう言って教室を後にした。

 それと同時に来栖も俺の後についてきた。


「それじゃあ、ちょっと場所を変えようか?」


「ああ、いいぜ」


「んじゃ四階の屋上の出入り口前へ行こう。 

 あそこなら多分人が来ない」


 ああ、あの屋上の出入り口前か。 

 確かにあそこなら人は来ないだろう。

 他の学校同様に帝政学院も屋上は立ち入り禁止だ。


 しかし人気のない所へ行くという事は、

 他人に聞かれたくない話か。

 こういう時の来栖には冗談は通じない。 

 だから俺も真面目に応対するつもりだ。


 五分後。

 俺達は四階の屋上の出入り口前に到着。

 案の定というか、この辺りには誰も居なかった。



 屋上の出入り口の扉には、

 やや大きめの南京錠がかけられていた。

 来栖は軽く周囲を見渡して、

 改めて周囲に人が居ない事を確認した。

 それを確かめ終えると、両腕を胸の前で組みながら、

 その切れ長の目で俺を見据えた。



「部活で忙しいのに、急に時間取らせて悪いね」


「いや別にいいよ。 それより話って何だよ?」


「そうだね。 なら単刀直入に言うよ。 

 話は里香に関してだよ」


「ん? 里香の事?」


 俺は思わず首を傾げた。 

 なんでここで里香の話題になるんだ?

 だって今朝起きた出来事って、

 俺と来栖が竜胆と会って色々話した感じだろ。



 俺はてっきり竜胆に関しての話と思ったぞ。 

 でもまあいい。

 来栖がこう言うからには、それなりの理由があるんだろう。 

 ここは話を聞こう。


「うん、健太郎は里香の事をどう思っているんだい?」


「どうって……そりゃ大事な友達だろ」


「うん、そうだね。 俺も里香は大事な友達と思っている。 

 だから彼女が悲しむような事は極力起きて欲しくないんだよ」


「そりゃ俺だって同じさ」


「でも俺達は男、そして彼女は女。 

 だから状況に応じては、その関係性も変わる」


「う~ん、悪りい。 話の筋が見えてこねえ。 

 もっとストレートに言ってくれ」


 俺がそう言うと来栖は少しだけ両肩を竦めた。

 そして落ち着いた口調でゆっくりとこう告げた。


「じゃあ端的に言うよ。 里香は最近健太郎を

 異性として意識し始めているんだよ」


「はあっ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 なんでそうなるんだ? 

 だって最近の俺達三人で何かイベントがあったか?



 こないだ三人で横浜の動物園に行ったくらいじゃねえか。 

 ん? 待てよ。

 そう言えばあの時、俺と来栖でナンパ男から里香を助けたな。

 ……もしかしてそれが関係しているのか?



「やっぱり気づいてなかったのかい?」


「いや俺はどちらかと言うと、

 里香は来栖に気があると思ってたぞ」


 俺は前から思っていた事を口にした。 

 すると来栖は再び両肩を竦めた。


「ああ、それは健太郎も感じてたんだ?」


「まあな。 というか普通、俺と来栖なら来栖を選ぶだろう」


 別に卑下したわけじゃないが、率直な感想を述べた。


「いやそんな事はないさ。 

 俺から見ても健太郎は色々と良い男と思うよ?」


「そりゃどうも」


 来栖に褒められるのは、素直に嬉しい。

 でも今朝の竜胆の反応を見てみろ? 

 明らかに興味が俺から来栖に移ってたじゃん。

 なんだかんだで人間、顔は重要と思う。 

 少なくとも顔が悪いより良い方がいい。


「俺もさ、最初は健太郎と同じ事を思ってたよ」


「うん、俺で気づいたんだから、普通に来栖も気付くだろさ」


「でもね。 俺は正直女性への好みが滅茶苦茶五月蠅いのよ? 

 本音を言えば、多分健太郎もドン引きするレベルと思うよ?」


「そ、そうなのか?」


「うん、俺は自分に厳しい分、女にも厳しいんだよ」


「へえ、つまり来栖は里香に異性として、

 魅力を感じてないのか?」


 俺のこの問いに来栖は小さく左右に頭を振った。


「いやそんな事はないよ。 里香は良い子だし、

 女の子としても魅力的だと思うよ」


「でも付き合うには至らない、という話か?」


「まあ砕けて言えばそうだね。 というか里香だけでなく、

 今のところは余程の事がない限り、

 誰とも付き合うつもりはないよ」


「ふうん、来栖なら女を選び放題と思うんだがな~」


「いや俺は男でも女でも心の通じ合わない奴とは、

 付き合う気はない」


 来栖はやや強い口調できっぱりとそう言った。

 まあ前に聞いたが、

 来栖は中学時代に色々あったらしいからな。


 かく言う俺の中学時代には、色々あった。 

 ボクシングを始めたのも、その辺が関係している。 

 だからここはあえて何も言わず、別の話題を振った。


「んでさ、里香はいつから俺に好意を持ち始めたんだよ?」


「そうだね、多分あの動物園デートじゃないかな。

 ナンパの二人組から里香を助けたでしょ? 

 更にその後に健太郎が色々と諭したでしょ? 

 それがきっかけになったと思う」


 ふうん、やっぱりそうだったのか。 

 というかそれぐらいしか理由が見当たらん。


「なる程ね、少し分かった気がするよ。 

 それで俺にどうしろと?」


「いや基本的に今まで通りでいいよ。 

 でも今朝、あの後輩の女の子と会ったでしょ?

 あの子と健太郎ってどういう関係なのかな?」


「どうって……只の先輩と後輩の関係だよ」


「うん、それは見たら分かるよ。 

 あの子と仲良くなるきっかけとかあったの?」


「いやいつのまにか向こうから話してきて、

 それで時々話すようになった感じ」


 すると来栖は右手を顎に当て「うむ」と頷いた。


「そうか、ならあの子も健太郎に好意、

 あるいは興味を持ってるだろうね」


「まあ好意は知らんが、興味は持ってるんじゃね?」


 そういうのは今までもあった。 

 ボクサーって事で興味本位に話しかけくる女子も

 少数だが存在した。 まあ大概は適当にあしらったが、

 やはり相手が可愛いと愛想よく応じたのも事実。

 だから竜胆には比較的優しく接している。 俺も男なんでね。



「うん、でも興味から好意、

 そして恋愛感情に繋がる事も珍しくないよ」


「まあそうかもな」


「でもしあの子と健太郎が今以上に仲良くなったら、

 里香はどう思うかな?」 


 まあそりゃあまり良い気分はしないだろうな。 

 俺が逆の立場ならそうだもん。


「う~ん、つまり今後は竜胆とあまり仲良くするなって事か?」


 すると来栖は左手を左右にぶんぶんと振った。


「いや流石にそんな横暴な事は言わないよ? 

 でももしあの子と今以上に仲良くなったら、

 里香の立場からすれば面白くないし、

 嫉妬するのも分かるでしょ?」


「まあ……そうだな」


 偏愛偏差値13でも流石にそれくらいは分かるさ。


「だから俺としては、

 その事を頭の片隅に入れて欲しいんだよね? 

 やっぱ里香もいきなり健太郎に後輩の彼女できましたじゃ、

 心の整理もなかなかつかないでしょ?」


「うん、そうだろうな」


「ちなみに今の健太郎の本心としては、どうしたいのかな?」


 来栖は直球でそう問うてきた。 

 俺は三十秒程、色々考えてみた。

 そして俺は一つの結論に達した。 

 俺は来栖の顔を見据えながら、こう告げた。


「そうだね、今の俺の本音はインターハイ本戦に専念したい」


 これが俺の嘘偽りない本音だった。

 すると来栖はしばらく黙りながら、

 その切れ長の目で俺の顔をじっと見据えた。


「つまり今は恋愛よりボクシングが大事という事かい?」


「いや別にボクシングに専念して、

 色恋沙汰はあえて遠ざけるという意味じゃないよ。

 来栖に言われたように、

 里香が傷つかないように気をつけるよ。

 でも俺は借りを返したい男が居るんだ。 

 それが俺がリングに上がる理由の一つさ」



 そう、忘れもしねえ。 

 去年のインターハイ本戦ライト級の準々決勝。

 俺は同学年の天才ボクサーと呼ばれる男に完膚なきまで叩き潰された。


 まあ一応一回だけダウンは奪ったが、

 それ以外はほぼ一方的な試合だった。

 その男は打ちのめされて、

 マットに這いつくばる俺を見下ろしながら笑っていた。



 あんなに人を小馬鹿にしたような笑いを見たのは、

 あれが最初で最後だった。

 その後、秋の国体本戦に出場したが、

 当時の俺は心身ともにボロボロの状態。



 あえなく一回戦で敗退、

 その後の公式戦も冴えず選抜出場も逃した。

 あれから約一年。 

 ここに来てようやくその傷が癒えた気がする。

 だから次に奴に戦う時は、

 前の俺ではない事を教えてやりたい。


「……どうやらマジな話みたいだね」


 俺の表情で察したのか、

 来栖は真面目な口調でそう言った。


「ああ、大マジだ。 このままじゃ悔しくて終われねえ」


「つまりボクシングで精一杯だから、

 恋愛の二の次というわけかい?」


 俺は来栖の言葉に無言で頷いた。


「そうか、分かったよ。 

 なら俺はこれ以上言うつもりはないよ」


「助かるよ、来栖。 俺はお前の言うように恋愛偏差値13の男だ。 

 部活も恋も器用にこなせるようなら、

 そもそも俺はこんな風になってない」


「……あれは冗談だって。 真に受けないでくれよ」


 と、やや苦笑する来栖。


「来栖、お前も中学時代には空手でそこそこならしたんだろ?」


「ん? ああ、そうだけどそれ今関係ある?」


「強くなる為には結構本気で真面目に鍛錬したよな?」


「まあ、そりゃそうだけど」


 いまいち俺の問いの意味を掴みかねる来栖。

 だが俺の次の一言で来栖の顔色が変わった。


「それが空手始めて数日の奴にやられたりしたら、

 やっぱムカつくだろ? なんというか俺の場合、

 中学から積み上げてきたものを一瞬で

 全否定された感じなんだよ。 

 だからこのままでは終われない。 

 俺のボクシングを終わらす事ができない」


 冷静に考えれば、自分でもかなり寒い発言をしていると思う。

 だが俺は周囲の空気に合わせて、

 なんでもかんでも平気なふりが出来る程、

 器用じゃない。 だから滑稽でも無様でも空気読めなくても、

 俺は前へ進むしかない。


「……そっか、そこまで決意が固いのか。 

 というか正直驚いているよ。 

 健太郎がそんな事を考えていたなんてね。 

 それなりに付き合いは長いけど、正直気付かなかったよ」


「ああ、俺も他人にこんな事を言うのは初めてだ。 

 痛い奴と思うか?」


 すると来栖はゆっくりと首を左右に振った。


「全然、むしろ普通にかっこいいと思うよ。 

 少なくとも俺は真似できないよ」


「そうか。 でも今後変な気は使わないでくれよ? 

 部活が終われば、暇な時もあるだろうから、

 また里香を加えて三人で遊ぼうぜ?」


「……もちろん! 俺で良ければいつでも付き合うよ」


「来栖、ありがとうな。 痛い話を聞いてくれて」


「いや俺も健太郎の本音を聞けて嬉しかったぜ」


 と、やや照れ臭そうに笑う来栖。 

 こいつは本当に良い男だ。

 外見だけでなく、内面も本当に素晴らしい。 

 俺は良い友人を持てたようだ。



「まあでも来栖に言われた事もちゃんと考えておくよ? 

 無意識だろうが女の子を傷つけるのは、

 やはり良くないからな。 俺なりに考えて行動するよ」


「そっか。 まあ俺は応援しかできないけど、

 健太郎が納得いくようにやればいいと思う」


「ああ、そうするつもりだ」


「……じゃあ俺はそろそろバイト先に行くよ。 

 健太郎、またね」


「ああ、来栖。 またな」


 そう言葉を交わして、

 俺達は屋上の出入り口前から立ち去った。

 んじゃ口だけでなく、練習頑張りますか。 


 結局は地味な毎日の練習が大事なんだよな。

 だから今日もがむしゃらに練習して、

 試合の日まで悔いのないように頑張るぜ。

 やはり俺にはラブコメより熱血スポ根の方が合ってるぜ。 

 ……多分。




次回の更新は2020年4月28日(火)の予定です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 来栖くん本当にとてもいい友達だなあ……。男子の会話って普段女子は聞けないので、なんだかこっそり覗いちゃった感がありました笑 心情の描き方がとても上手で憧れます、見習いたいです!!熱血スポ根…
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