止まらない言葉
周りは酒飲みの酔っぱらいで賑わっている酒場なのに僕たちの席だけ、空気が重いし、沈黙が長いどうしよう。そんなことを考えてたら、元気はぐびっとグラスの酒を一気に飲んだ。
元気はどうやら鍛冶屋の師匠と常日頃から酒を飲みあっているらしい。元気も僕もお酒を飲める年齢になったのだから大丈夫だろうけど。僕はまだ苦くて飲めないから水だけど、普通に酒を飲む友人って新鮮だ。僕の元気のイメージが三年前から変わっていないせいだろうか。
「まぁ、俺たちはこうして生きて出会えたんだ。それだけでもめっけもんだろう」
バンバンと背中を叩かれた。危うく、カウンター席の椅子から落ちるところだった。沈黙を破ってくれるのはうれしいがもう少し手加減してほしい。ゴリラが敵に威嚇するときに自分の胸を叩く時と同じ強さじゃないのか。
「元気のそのゴリラ並みの力で叩かないでよ。僕は元気みたいに頭で考えないで馬鹿力で生きてるんじゃないんだから。もう少し、力のセーブしないとおっさんのゴリラになるぞ」
同い年なのにどこか大人っぽくなった元気の顔は、このままいったら、確実に若いうちから老けていると言われるだろう。
「ははっ、ひでぇ、お前も相変わらずの毒舌だな」
そんなに僕はきついことを言っているつもりはないが。僕は毒舌なのかな。元の世界でもたまに友達にも毒舌だなと言われていたが。
「しかも、それが、俺たちだけに毒舌になるんだから。小学校から一緒の俺以外はびっくりしていたな」
どうやら、僕は友達の前では、気を許した相手には毒舌になるらしい。その僕が知らなかった癖を元気は見つけてくれた。元気は本当にいい友人だ。異世界に転移した後もスキルがない僕を心から励ましたり一緒に冒険に行ったりレベルアップ修行にも行った。栞が死ぬまで僕たちは一緒にいた。
「俺さ、お前に言いたいことがあるんだよ」
「何、どうしたんだよ?」
元気は息を吐くとさっきまでとは違う、真剣な顔になった。
「どうして、敵討ち出発の前日に城を出たんだよ」
「それは、僕がスキル持っていないから、城の人が迷惑していて、追い出されたからだよ」
「それだけじゃないだろう。何があったんだよ。あの日、いや、その前からあったんだろう何かが」
元気は真っすぐに僕を見ていた。その目は城に居たころのあの人達が僕を見る目と違っている。あの人たちはいない。それなのにあの日々を思い出してしまう。酒を飲んでもないのに頭が痛い。だんだんと僕の呼吸が早くなっていく。
ここは、酒場で他の人はただ飲んでいる客で、他の人たちは僕らのことを気にしない。ただの客だとわかるけど、客が僕を陰で言っていたあの城の衛兵やメイドに見える。心配性に僕を見る店の女性が罵詈雑言を僕に言った人と重なる。バーテンダーが僕に大丈夫かと言うが、届かない。遠くでシュンと剣を振る音と叫び声が聞こえる。元気がおい、しっかりしろと言うが、頭の中の言葉と重なって、遠くに行ってしまった。
『サクヤ様は本当に使えない人ですね』
『何も持っていない使えない。生きている意味があるのか』
『お前は俺たちの練習道具なんだよ』
『どうして、あの子が死んで、サクヤが生きてるのよ。あいつが死ねば良かったのに』
言葉と一緒に場面が蘇ってくる。止めてほしいのに。聞きたくないのに。次々と現れて僕を襲う。
『あいつは本当に何もないよな』
『スキル持ってないって、それ、ここにいる意味あるの』
止めて、止めて、聞きたくない。
『あんた、なんかいなくなればいい』
『どうして、生きてる。あいつじゃなくてお前が生きてるだよ』
ごめん。ごめんなさい。
『あんた、いらない』
その言葉を最後に僕の意識は無くなった。最後に、椅子から落ちる僕に手を伸ばす元気が見えて、床に落ちる音が聞こえた。そして、痛みを最後に僕は意識を手放した。