その後と始まりと名付け④
「とりあえず、旅をしていれば少しは何かを思い出すだろう」
彼女は他人事のように言う。
「そんなのでいいですか?」
「お主の血を飲んだせいでスキルで我の事を知る事が出来なくなったせいで手掛かりが無いのだからそれしか無いだろう」
彼女の言葉が心に突き刺さる。彼女がボソッとお主の使えないスキルのせいでと呟いたのが聞こえて、さらに深く突き刺さった。
「うっ、それはすいません」
僕は胸を押さえながら謝った。
「まぁ、よい。それより、行先はお主に任せていたがどうなった」
旅の準備する時に自分は記憶が無いからお主に行先を任せると言われた時は悩んだが。
「そうですね。まずは街道を進んで小さな町を何個か通って、目的地としてはこの国の大きな港町が良いかと思っています。人が多ければ情報も手に入りやすいですし」
彼女は頷いて。
「ああ、それでよい」
「そう言ってくれて、良かったです……。あの、一ついいですか?」
僕の言葉に彼女は怪訝そうな顔をした。
「何じゃ」
「あなたは記憶が無くて、自身の名前が分からないのですよね」
「そう言っていたのをもう忘れたのか」
と睨まれた。
うん、その眼が怖いです。でも、臆してはいけない。大事な事だから。
「あの、あなたの事を何て呼べばいいですか?」
ずっと、彼女の名前を知らなくて不便だった。
最初に聞いた時は。
「お主が仮の下僕で無くなったら教えてやる」
と言ってくれたがあれは自身の記憶が無い事を隠す方便であったと今なら分かる。
彼女自身が名前が無い事に不安に思っていることは少しは僕にも分かる。
彼女は自身の名前、呼ばれる名前が分からない。知らない。
名前を呼ばれない、誰にも自分の名前を言葉にしてくれない悲しさや怖さ、冷たさを僕は知っている。
だから、僕は彼女の名前を呼びたい。
例え、本物の名前じゃなくても偽物でも僕は呼びたい。
音に、声に、音にしたい。
こんな僕でも呼んでもいいのなら。