清々しかった
後ろを振り返ると木に縁りかかって彼女が眠たそうにあくびをしていた。
「ふぁあ、それにしてもあの暴走している動物はうるさいのぉ」
彼女はあれをうるさいと言った。化け物をうるさいと言った。
それは、あまりにも簡単で、もっとあの化け物を語る言葉は多いはずなのに。
「うるさいですか?」
僕の言葉に彼女は鼻で笑って、
「ああ、うるさい。ただ、それだけの事に決まっているだろう。あれは動物が暴れまわっている事と同じ事じゃ」
彼女はそう言うと再び、あくびを漏らした。
僕はああ、そっかと思った。
あれは、動物、暴れている動物に過ぎないんだ。
力が強くてもどんなに恐ろしくて殺されると思っても。
どんなに破壊する力、殺す力があっても。
動く物、動物に過ぎない。
怖がらなくていいんだ。
そう思うとかすかに震えていた手が止まった。
その手でナイフをしっかりと握る。
「それで、お主はどうするつもりじゃ。このまま、あの動物が毒で死ぬのをただ祈っておるのか? それとも、あの動物に毒が回らぬうちに自身の毒で死ぬのを待つのか? まぁ、我だったら、そんな事はせず、自分の手で息の根を止めるがな」
彼女はどこかあざ笑うかのように、でも、どこか愉快そうに言った。
もし、僕が物語の主人公だったら。
もし、彼女に出会ってなかったら。
もし、元気が死んでいなかったら。
僕はその選択肢を選ばなかっただろう。
だけど、
僕は物語の主人公にはなれない。
僕は彼女と出会った。
僕は元気を死なせてしまった。
だから、
僕は
「このまま、毒で死ねませんし、死なせない。この手で、この刃で、あいつを殺します」
もう、恐れはない。
それに、どこか清々しかった。