心が広い
「それじゃあ、儂は帰る。義息子の親友と話せたしな」
そう言って、老人は我とこやつに背を向けて、幾重にも並ぶ墓の間をただ一人歩いて行く。
ただ一人で。
我には関係ないが、どこかその背中が誰かの背中と重なる。誰かは分からないが。
「あいつ、幸せだったんだ。約束を守ったんだな」
こやつはあの老人から友の事を、友がこやつの話をよくしていた事や友があの娘の事をどれだけ大事にしておったかを聞いて、こやつの中から何かが消えた。
まだ、大分残っているが何かが少し薄れ、消えていった。
少し、肩に乗っている物が軽くなったようだ。
今、こやつは情けない顔をしていて、我は気に入らない。
こやつは痛みに悶える顔や我を肯定している時の顔の方が良い。だが、今は許してやろう。その情けない顔をするのを。
ああ、我はなんと心の広い美しい吸血鬼なんじゃ。
「あの、少し、僕の、昔の話をしていいですか?」
こやつは我の方を見て、訊ねた。
「はぁ~、なぜ、我がお主の話を聞かなければならないのじゃ。しかも、過去の事を。我は興味がない。貢がれても聞きとうないわ」
我の言葉にこやつはそうですよねとはぁはぁと気のない力の入っていない笑いしてから、顔を空に上げて、
「でも、お願いですから、聞いてください。僕はあなたに聞いてほしいんです。お願いします」
こやつはやわらいだ声でどこか寂し気に懇願してきた。
我はしょうがないから、
「はぁ、しょうがない聞いてやろう。お主は我の仮の下僕だからな」
そして、我は心が広い吸血鬼だからな。