月見日和
俺を起こしたのは肌を触る風、目を開けるきっかけは背中に当たる木の感触、室内ではないありえないそれらを目にするために俺はゆっくり目を開ける。
「っ、ここは」
そこは、どこかの森の中だった。顔を上げれば三日月があり、下げれば木に体を括り付ける縄が見える。
「あっ、やっと、起きたようだな。サクヤー、こいつ気が付いたみたいだ」
軽快そうな男が俺をのぞき込む。
「あんた、誰だよ。何で俺を拉致った?」
「いやいや、俺はあんたに用なんてないよ。俺はただの女性達の愛を糧に生きる愛の使者さ」
「「キモっ」いです」
夜闇の森の奥からよく見えないが人、二人が歩いてくる。
「ひっど! 息合わせて言うなよ。心に刺さるからさ」
軽快な男はふざけた口調で二人に抗議する。だけど、感覚が言っている俺に対しての警戒を解いていないと。
「それで、お主はこいつから何を聞くのじゃ」
視覚出来る範囲に二人のうち先に歩く人物が入った。フードを被ったその人物から鈴のような女の声が聞こえた。
「えっ、無視、俺の事は無視!」
「おい、お主も早く来ぬか」
「えっ、これも無視!」
「それは、ジャンさんが気持ち悪いことを言うからですよ」
その声は、俺にあの時の記憶を思い出させた。
体と中に恐怖を植え付けた声だった。
俺の体が震えた。
フードの人物から遅れて来た。召し使いのように後から来た人物、俺に震えの原因を作った人物、青年がそこにいた。
「こんにちは、今日はいい天気ですね。月見日和だ」
青年は笑って、丁寧な口調で体の底から凍えるような冷たい声で言った。