あー、最悪な日にナイフを向けられた。
ああ、今日は嫌な日だなぁ。
俺が仕事を終え、馴染みの酒場に入ると客が何人かいたがカウンターには誰もいなく、ラッキーと思い、座るとカウンター越しにいる色っぽい女性が話しかけてきた。
「ハァーイ、ジョンさん今日は何にする?」
「そうだな。今日は君をもらいたいな」
「そうじゃなくて、お酒よ」
酒場の主人である女性がカウンター越しにしなだれかけてくる。胸の柔らかい感触が腕に来て、最高の瞬間だ。
「だったら、今はお酒より君の瞳に俺だけを写してくれたらいいよ」
「そんな事を聞いているんじゃないの私、もう、しょうがないわね。いつものにしとくわね」
そう言って、酒場の主人は後ろの酒の棚から一つのお酒を取り、元冒険者だった彼女は魔法の呪文を言うと、グラスに氷を出して、お酒を注ぐ。深い、深い、紫の雫を注ぐ。俺はそれを受け取って、喉にかきこむ。喉が熱くなる。体が喜んでいる。
「仕事後は、美しい女性と美味いお酒にかけるねぇ」
彼女が俺と向かい側に座る。
「ねぇ、ジャンさーんはどんな仕事しているのぉ。いつもちゃんと話さないじゃない。今夜は教えてく、れ、る」
女の甘えた声、猫撫で声、誘うような表情と口調、それが、例え、男を騙す物だとしても騙されたいと思うのが男の本音だ。
だけど、俺は、
「何言っての、前にも言ったけど、俺は女性を女にするのが仕事だよね。君みたいな美しい女性をね」
俺は彼女顎を指で少し上げて、俺の瞳と合わせる。彼女の頰が赤く染まっていく。
「もう、冗談はやめてよ。ジャンさんはそうやって、他の女性にも言うんでしょ。私知ってるんだからね」
彼女は俺の指を顔から離して、顔をプイッと横に向ける。
「俺が本気だったら?」
その言葉で彼女はさらに顔を赤く、かわいらしくする。
ああ、女性との恋の駆け引きはやっぱり楽しい。
そして、上手く誤魔化せた事に頰がにやける。
「そんな事ばっか言ってると、この間の事件みたいに殺されるわよ」
「本気なのは君だけ......殺人事件?」
俺は首を傾げた。
「あら、知らないの?」
「ああ、ここしばらく、この町から離れていたから分からない」
「新聞にも載っていたわよ。酷い事件だったのよぉ」
店主は俺に事件の、新聞に載っていた事件についての情報を教えてくれた。
背中に冷や汗が一筋流れなのが分かった。
ああ、最悪だ。
「こんな事なら、売らなきゃ、よかったな」
俺はあらかた事件を聞くと、酒を一気に喉に流し込み、店を出た。どこともなく歩く。夕方だったのが夜に変わり、町の夜道を歩く姿は俺だけだった。
カツーン、カツーンと自分の靴音が響く、人工に作られた街灯より今日は頼りない月が俺を照らす。
ああ、今日は最悪だよ。いい気分で町に帰って来たら、あんな事が起こったなんて、それに、つけられるなんてさぁ。
近くの角を曲がり路地裏に入ると、俺は出来るだけ足音を立てないように走る。
一瞬、後ろを見たが、誰もいないかった。だけど、絶対につけられていると確信して、路地裏の細い角を曲がる。次の路地裏の角を今度は逆に曲がる。
酒のせいで素面よりは遅いが、複雑な路地角を曲がり続ければ、まける。
そう思って、何回かの路地角を曲がった時、俺は足を止めた。
それは、正解だった。
首元に銀色の輝きが、刃が流れた。あと、少し止まるのが遅かったら、俺の首は血を吹き出していただろう。俺は刃の流れた方を見ると、暗くてよく見えないが男が俺に刃を向けてた。そして、すぐに腹に蹴りを入れられそうになり、それを避けようと後ろに重心を置くが男はすぐに体勢を変えて、逆の足で俺の背中を蹴り、衝撃が走る。だが、間隔入れずにナイフの柄で腹を叩かれる。
「ガハッ」
俺は膝から崩れ落ちる。
「こんな事をしてすいません。だけど、あなたに僕は聞きたい事があったんです。ジョンさん、いや、情報屋さん」
俺は聞いた事のある声の方を向くと、頼りない月を背に鈍く光る刃、ナイフを持つサクヤが立っていた。