02話 もう大丈夫
基本は主人公の視点で話を進めていきます。
それ以外は少女視点です。
「お兄ちゃん……何で助けてくれなかったの……」
暗闇の空間で幼い女の子が僕に背を向けて泣いている。
……泣いているのは僕の妹だ。
後ろを向いていても、直ぐにその雰囲気で分かる。
「心音、何を言ってるの?」
妹の心音に対して話す僕も、また幼い容姿をしていた。
これは小学生ぐらいの時の姿だろうか? 暗闇の空間だが何故か自分の姿が幼いと僕は分かった。
「ねえ、お兄ちゃん……」
「どうしたの心音?」
「……」
「……心音?」
急に黙り込む心音に心配した僕は近づく、そして
背を向けてる心音の肩を優しくトントンと軽く叩く。
「お兄ちゃん……」
肩を叩かれた心音がこっちをゆっくりと振り向こうとする。
「な…」
ゆっくりと僕の方を振り向いた妹の心音、その顔はのっぺらだった。
「心音……だよ、ね…?」
「そうだよ! お兄ちゃん忘れたの?」
「えっ、何を…」
「アハハハハハハハハ、ハハハ……ハッ…」
顔の無い心音が壊れたラジオの様に狂い出す、ケタケタと歪な声を上げながらダランと首を横にする。
「……」
普通の人なら戦慄するであろう心音の異常な姿と笑い声。
だが僕には恐怖心は無く、何故か罪悪感と悔しさだけがこの小さい胸を支配していた。
胸が今にも爆発して張り裂けそうな、過呼吸にも似たこの感じ……。
何だろうこの気持ちは……どこかで覚えが…
「ほら思い出して、お兄ちゃん!」
心音がボッーとする僕の顔をいきなり両手でガシッと掴みのっぺらな顔を近づける。
「思い出して……」
顔を掴まれたまま今度はさっきより感情がこもった声で強く心音は僕に言う。
「何を思いだす……」
頭がズキッとし何か金属で殴られた様な鈍い痛みが僕を襲う。
なっ、何だこの痛みは、でも何かここまできてる…… あっ。
「思い出した? お兄ちゃん。」
「……」
「…私を忘れないで、一人しないで。もう一人は嫌だよ。」
のっぺらだった筈の心音は泣いていた、顔はのっぺらでは無くいつもの優しい顔をした心音だった。
「お兄ちゃん、お願い。」
「……」
ああ、そうだった僕の妹、心音は……
「…こっちに来てよお兄ちゃん、一人にしないで。」
僕の目をジッと見て、心音は言う。残酷でそれでいて美しい顔をして……
「…それはまだ出来ないよ、ごめんね。」
「なん…で、だってお兄ちゃんの所為で私は……」
「……だからケリをつける。そしたら俺も心音の所にいくよ。」
「……本当?」
「約束だ! お兄ちゃんは嘘をつかないって知ってるだろう?」
「待ってるねお兄ちゃん。」
「うん……」
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……眩しい。
にしても久しぶりに心音の夢を見たな、いつぶりだろうかあの夢をみるのは……
ボロい天井に似合わない豪華なシャンデリアの明かりが俺の顔を照らす。
ここはどこだ? 確か俺は依頼を済ませて、それから少女を拾って…ってそうだ! 俺はアリスの所で寝落ちしたんだったな。
寝起きでよく見えない目を右手でこすり、俺は古い木製の椅子から立とうとする。
(あれ? 左手が何かに掴まれてるような…)
何か左手に妙な感触を覚え見てみると、あの少女が俺の左手を握っていた。
手を離そうとするがギューッとキツく握られおり離れない。
少女の顔を見ると怖い夢でも見ているのか苦しんでいた。
「……夢はつらいよな。」
席を立とうした椅子に俺は再びドカッと勢い良く座る、その影響で古い椅子の為かギシッと鈍い音をたてる。
「あら起きたの空君?」
治療部屋の押しドアを開けアリスが入ってくる。手にはコーヒーを持っており、良い匂いがこっちにまで伝わってくる。
「今起きたばっかりだ。」
「でしょうね目が少し腫れてるわ。」
「そうか。」
「コーヒー飲む?」
「飲む。」
「了解ー!」
アリスが持っていたコーヒーを俺に手渡し、コーヒーを淹れにいく。
渡されたコーヒーは温かくやっぱり良い匂いがした。
「これ飲んでいいかな……」
俺は周りをキョロキョロ見渡してアリスから手渡せられたコーヒーに口をつける。
ゴクッ。
美味い。その一言に尽きる素晴らしい味だった、コクがあって何層もの深みのある苦みと絶妙な少しの酸味。
もうこの味は芸術品と言っても過言では無いだろう。
ドアの方から強烈な視線を感じ振り向いて見てみるとアリスがこちらをニヤニヤしながら見ていた。
「ふっふっ、美味しいでしょ、そのコーヒー! もの凄く高い豆だからね!」
「そうなのか……」
あれアリスって水以外の液体は酒しか飲まないよな…… じゃあ何で高い豆なんか買ってるんだ。
いやな感じだな、ひたいから冷や汗が流れ悪寒が俺の背中をはしる。
「空君! あれ!」
「やっぱりか……どうぞ。」
アリスが俺に要求する、あれとは彼女の趣味に関係することだ。
俺がここを訪れると毎回あの手この手を使って必ず要求される、それでも腕は確かなので利用するが。
「やった! それじゃあ失礼します!」
アリスが俺の黒色のコートを脱がせ、下に着ていた服をめくる。
「うーん、服が邪魔だな。上を全部脱いで空君!」
興奮しながらアリスが俺に言ってくる。彼女は美人なのに性癖で損をしているな。
まあ、俺は彼女が性癖が普通でも絶対付き合わないけど。
「手。」
「手? あっ、そうだったね! じゃあ服をめくってて空君。」
「はいはい。」
渋々俺は服を上までめくり上げる。
「おおー! やっぱり良い体してるね! まあ私が興味あるのはこっちだけど。」
俺の体をアリスの長く細い色白の指がッーとゆっくりと撫でる。
「やっぱり傷跡はいいわね!」
アリスの趣味。いや性癖は他人の傷跡をいじくる事だった。
彼女は他人の傷跡に性的興奮を感じるらしく、特に俺の傷跡はたまらないらしい。
ただ一つ問題があって……
「今度はこっち!」
俺の傷跡を今度は素早く何回もアリスはいじる。
あっ、ヤバい駄目だもう我慢出来ない……
「ぷっ、アッハッハ」
俺の我慢した笑い声が口から漏れ、治療部屋で小さく響く。
「くすぐったい?」
「くすぐったい。」
「もっと触っていい?」
「嫌だ。」
「……ケチ。」
「アリスの触りかたは何かくすぐったいんだよ。」
「空君が敏感なだけじゃ……」
「あのう……すいません。」
「「えっ?!」」
俺とアリスは同時に後ろを振り向く。
理由は単純で俺達の後ろから少女の声が聞こえたからだ。
「あの、お二人のお邪魔をして御免なさい…」
少女が色白の綺麗な顔を真っ赤にして言う。
何故顔を真っ赤に……いや、あの子の角度からみたら完全にヤバい事してるようにしか見えないな。
アリスの所為で余計な誤解を招いたな……
「…ここはどこですか?」
少女は周りをキョロキョロして困惑しながら言う。
「私の病院よ。」
アリスが目を細めお手本の様にニコッと笑って言う。
「このお兄ちゃんが貴女を助けてくれたよの。」
アリスが俺の方をビシッと指差す、てか何でお前がドヤ顔なんだ……
「……」
「……あの豚野郎なら大丈夫だ二度と姿を現す事は無い。」
「…本当ですか?」
少女が震えながら俺達の方を見つめてくる。
その震える姿を見て、つくづく世界は間違ってると思った。
自分も正しくはないし、クズではあるがそれでも俺にはやるべき事があって、それを貫き通さないといけない。
「本当だ。俺は嘘はつかない。」
震える少女の目を真剣な目つきで俺は見つめる。その綺麗な瞳は恐怖で染まっていて、怯えていた。
「大丈夫よ、貴女をいたぶってた奴はこのお兄ちゃんが殺したわ。」
アリスがさらっと言う。
おいおい、大丈夫かそんな事いってこの子が余計に混乱するんじゃ……
「…良かった、もうこれで……」
少女の目からはポロポロと涙が流れていた。
彼女はその小さい鼻の先を赤くし顔を隠しながら泣き続ける。
…何故こんな少女があんな目に遭わなければいけないのだろうか、何故こんなにも世界は残酷なのだろうか、何故腐ったら奴等が偉そうにしてるのか、次々から次に何故、何故という疑問が俺の心の底からフツフツと湧き出て来る。
そして何より何故あの時俺はあんなにも無力だったのか……でも、この子だけは……
「 「……もう大丈夫。」 」
俺とアリスはお互いの顔を見合わせ後、静かに泣き続ける少女にそう言った。