プロローグ 殺し屋と少女
パッシューーンーーッー___
多くの高層ビルが並び、暗闇が世界を支配する中で風をきる銃弾の音が屋上で小さく鳴り響く。
恐らく消音器付きであろうスナイパーライフルが薄らと夜空の上から見える。
雲で隠されていた満月がその姿を表し、多くの高層ビルの中でも一際大きいビルの屋上で一人のシルエットが映し出される。
その屋上で伏せてスナイパーライフルを構えている人物はタバコを咥えており、口からゆっくりと煙を吐き出す。
吹き荒れる強風で口から吐き出したタバコの煙がゆらゆらと掻き消されていき闇夜に溶けていく。
「依頼完了だな……」
その人物は低く冷たい声でそう冷静に呟く。その猫の目様に暗闇が支配する世界を爛々と照らすその黒色の瞳はどこか悲しげでありながらも薄い情熱を宿してる様に見えた。
そして、その鋭い目が覗いてるスナイパーライフルのスコープの先には一つの死体が映っていた。
200mは先であろう向かいのビルで胸の中央付近を撃ち抜かれ絶命して椅子から転がっている一つの死体、その死体は如何にもという高級な腕時計を付けており、身なりは良く一目で上流階級の者と分かる。
恐らく社長、もしくはそれに近い地位の者であろう。
向かいのビルの硝子に小さい穴が開き周りには少しヒビが入っており、死体からは時間差でジワッと血が流れ下の白のカーペットを真っ赤に染めていく。
……ただ言えることはスナイパーライフルの持ち主の男性が一つの死体を作ったと言う事だけである。
男は対象が死んでいるのをスコープで確認すると、手際良くスナイパーライフルを分解していく。
カチャカチャと機会音が響き次々と黒色のアタッチケースに綺麗に収納されていく。
そして最後の部品が丁寧に収納される。
アタッチケースを左手で持ち男はドアの方向へと歩き出す。
「・・・・・」
男は何も語らず屋上のドアを黒色の手袋をはめた右手カチャリと開け、その姿をドアの向こうへと消した。
後には満月が死体を嘲笑うかの様にギラギラと輝いており、風が更に強く吹き荒れる。
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「今日のニュースです。某大手企業の社長である○○氏が何者かによって殺害されました。
詳しい事は不明ですが現在、警察が総力を挙げて調査中との事です。
情報が入り次第またお知らせします。」
女性アナウンサーの少し強めの張った声がマンションの2LDKのある一つの部屋で俺の耳に強く響きわたる。
この部屋は殺風景で何も無くあるのは必要最低限の生活用品だけ。
まあ男一人が生活するなら、こんなもんだろう。
閉じているカーテンの隙間から薄い朝の日差しがボンヤリと射し込んでくる。
今の時刻は早朝ぐらいだろうか。
(ああ、コーヒーが美味い。)
薄い朝の日差しを顔半分で受けながら俺は挽き立ての熱々のをコーヒーを口に一口含む。うん、やはり朝の一杯は美味い。
豆はブラジル産の有名なブランドだ。
芳醇でどこか気品漂わせる上品な臭いがゆっくりと鼻腔を伝わっていき、寝ぼけていた脳を覚醒させる。
ゴクッと気持ちの良い音が喉から小さく響き。
カチャと白色のコーヒーがタップリと入ったカップをこれまた白色の皿に起き一呼吸おく。
仕事の後のコーヒーはいつも通り格別な味だった。
昨日の夜の仕事も実に見事に達成したし、俺は気分が良かった。
某大手企業の○○の暗殺、それが昨夜の俺の仕事だった。
○○は大手企業の社長でありながら、裏の世界との繋がりが深かった。
当然、非人道的な事も行っており、裏の方では有名な人間であった。
表の人間が裏では悪事を働き、そして甘い蜜を吸い弱者を谷底へ蹴落とす、まあ良くある話だろう。
俺は殺し屋。今流れているニュースの事件も勿論、俺の仕業である。
殺し屋といっても俺は殺しの金額報酬で殺す相手を決めない。
その対象が社会にどう影響してるのか、殺すのに値するクズなのか、家族はいるのか、本当に殺す価値があるのか。
そこまで考えてから俺は依頼を受けている。
……人を殺す時点で俺もクズには違いないが、それは自分が一番理解しているつもりだ。
それでも、こうして誰か俺と同じクズ野郎をこの世界から一人でも減らさないと頭がおかしくなりそうだった。
ああ、クソたっれが。嫌な事を思い出してしまった。
一呼吸おいて俺は気持ちを静かに落ち着かせる。
……俺の死に方はこの裏の世界にいるからには、それは悲惨な物だろう。
多分原形は残らない感じの死に方になるだろうな、ミンチにされて豚の餌とか、或いは庭の薔薇の肥料とか…。
まあ自分の死に方などに興味などないし、どんな死に方でも俺は構わない。
ゴクッゴクッゴクッッン
俺は今度は時間が経ち冷めたコーヒーを一気に飲み干す。空になった白色のカップを片手で持ち暫くボッーとする。
朝日が中途半端で鬱陶しい、全部開けるか。
ふらっと立ち俺は閉じていたカーテンを眩しい日差しを体中に浴びながら勢い良く全開にする。
ドアのロックをカチッと外しベランダへと出て、藍色のジーンズの右ポケットから無造作にタバコを取り出し口に咥える
意味もなく咥えたタバコを俺はプラプラと上下に遊ばせる。
目の前に映る空は青色で雲1つない、実に良い天気だ……今日は散歩でもしてブラブラするか?
ブッーブブ、ブッーブブ、ブッーブブ。
タバコと一緒に入れていたジーンズのポケットで携帯が同じリズムで何度か鳴り響く。
「依頼だな……」
吸おうと思ったタバコを箱に戻し俺は部屋に戻る。サッと依頼情報に目を通し内容を大体理解する。
どうやら本日のお散歩は中止のようだ。それはさておき情報を収集しなければならない。
後は対象に関する細かい情報を収集していくだけだ。まあ、ここからが忙しいんだが……
PCを立ち上げ俺は情報の収集を足がつかないように慎重にしてゆく。
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「何だコイツ? もう動かないぞ?」
封鎖された狭い部屋の中で肥えた男の声が響く。
部屋は薄暗く辺りには注射器が転がっていた、怪しい薬も転がっており、この部屋が異常であることを物語っていた。
「ッ、お……が…いっ」
少女のか細い声が聞こえる。最後の力を振り絞った小さい声。
彼女は鎖で手足を繋がれており、繋がれている部分の手足は血が薄く滲んでいた。
その他にも体の至る所に注射跡、打撲、切り傷が無数についていた。
薬の影響か綺麗な長髪は白色になっており、瞼もピクリとも動いていない。
だが、そんな状況でも少女が綺麗な容姿をしているのは分かった。整った小さい鼻に小さい口、可愛いさと妖艶さを合わせ持つ顔をしていた。
しかし、彼女はグッタリしており相当に衰弱していた。命の灯火が今にも消えそうなのがハッキリと分かる。
「何だぁ~まだ生きてるじゃないかぁ~!」
少女の声を聞き男は獣の様に口を大きく開きニタァと気持ち悪く笑う。
注射器の針をピンピンと太い人差し指で弾きながら、少女に迫る。
彼女は一言も話さずピクリとも動かない、体が限界をむかえていた。
それも気にせず男は少女に向かって自分の事を語るかの様に話す。
「……俺は綺麗な物が壊れる瞬間が大好きなんだ。それが綺麗であれば在るほど気持ちが昂ぶり興奮する。壊すことが俺の愛情表現なんだ! 分かるか?」
男は極度のサディストであった、己の醜い性的嗜好をぶつける為に彼は少女を金の力にものを言わせて買ったのだ。
今までも多くの女性を様々な拷問で痛めつけ文字通り破壊していた。
そのため彼は度々、自分の性的嗜好を発散するために女性を買っていた。
「ああ、想像するだけで脳が爆発しそうだよ。君はどんな風に壊れるのかな?」
男は顔を酷く歪めながら少女に注射器の針を打とうとする。
「おい、ゆっくりこっち向け豚。」
封鎖された筈である部屋に低く冷たい声が響く。部屋の厳重なドアロックは綺麗に外されていた。
彼は対象の頭に消音器付きのハンドガンを構えている。
「……邪魔をしないでくれるかな?」
「いいから、こっち向け。」
「誰かな君は? 私が誰だかを分かっているのかね?」
「……醜い豚野郎っていうのは分かるな。」
「……そうか」
男が注射器を少女に勢い良く打ちこもうとする。
が、その注射器を打つ前に注射器は後方から飛んできた俺のサバイバルナイフで粉々に砕かれる。
「動くと思ったよ……」
「……幾らだ?」
「はぁ?」
「幾らで雇われたんだ? 大方、君は殺し屋だろう? 私がその倍は出す。」
「金に興味は無い。」
「ならなぜ私を殺そうとする?」
「……お前には関係無い話だ。」
ハンドガンの銃口を対象の額に俺は向け、その引き金を引く。
プッシューーーーン
銃口から煙がユラユラと漏れる。
対象が重力に引っ張られるように倒れて額からはドクドクと血が勢い良く流れタイルで出来た床を血が真っ赤に染めていく。
倒れた対象の先に鎖で手足を繋がれたボロボロの少女がいるのが俺の目に映る。
「おい、意識はあるか?」
少女の方へと俺は向かい呼び掛ける。繋がれている鎖を男の死体から鍵を取り出し外す。
少女の意識は無く、体には無数の注射跡や傷跡があった。それで状況を俺は察する、少女は恐らく薬物中毒だろう。
状態から見るに容態は相当悪そうだ……これはヤバいな急がないと。
無言のまま俺は少女を抱え、封鎖されていた部屋を後にする。
この辺だと闇医者ぐらいしか近くにない、その闇医者は腕は信用出来るのだが……
いや、考えてる暇は無いな状況は一刻を争う。
少女を抱えたまま、俺は真っ直ぐの一本通路を駆け抜けマンションの階段をカンカンッと飛び跳ねる様に降りていく。
俺の依頼対象であった大手ゼネコン企業のCEOの○○。
この男は裏世界では有名なサディストで通っており、多くの女性を殺していた。
現にこの少女もアイツに監禁されていた。見る限り相当な拷問を受けたのだろう。
俺は傷付いた少女を抱きかかえたまま闇医者の元へと向かっていく。裏路地の狭く、汚物の様な臭いがするこの通路を……