表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

呪いの掲示板

 

 言霊、という言葉がある。

 古来より、言葉には魂が宿るとされてきた。

 喜び、哀しみ、怒り、嬉しさ、希望あるいは絶望。人々は、さまざまな感情を乗せてきた。

 それは時には形を成し、現象となり、妖怪や神と呼ばれたこともあるだろう。姿なき怪異を、生み出してきたのだろう。


 そうして、都市伝説と言われるものもまた然り。

 ヒトからヒトへ。

 口伝となり、伝わっていく。伝染し、伝播していく。

 情報社会となった現代、それは加速度的に進行していく。媒体を通して、拡散されていく。百年前と比べれば、言わずもがな。それだけに、眉唾も多くなるが、真作もまた――増えていく。


 これは、そんなひとつ。

 とある掲示板に関わる話だ。

 はじめに、警告しておく。

 これは、あまりにも強すぎる呪いなのだ。

 なにしろ念の強大さが、半端ではない。それそものではなく、ただ語るだけでも――その影響は、少なからずあるだろう。

 だから、この文章を読んでいる貴方。

 今ここで、ブラウザを閉じることをお奨めする。

 この先を読み続けたその結果、どのような精神的損害――いや、侵害を受けようとも、わたしは一切の責任を取ることはできない。

 ならばなぜ、この文章を書くのか。

 責められても、罵られても当然だ。

 謝罪するしかいない。

 ああ、それでも――

 書かずには、いられないのだ。

 この胸の淀みを、吐き出さずにはいられないのだ。

 恐らく、わたしはきっともう、呪われてしまっている。

 だから、こうやってキーボードを叩くしか選択肢はないのだ。


 それでは、続けよう。

 読み始めてしまった貴方――こうなっては、もう腹をくくっていただこう。

 運が悪かったと、諦めていただこう。

 その目で、呪いの形を見取るといい。

 その結末を、見届ける覚悟とともに。


 さあ、読み進めてくれたまえ。


         ◇


 俺が、そのことを知ったのは数日前だ。

 呪いの掲示板。

 聞いた時は、鼻で笑っていた。

 よくある噂話。根も葉もないデマに違いない。まったくもって、くだらない。

 本気になどしていなかった。

 そのはずだった。

 そうに、違いなかった。

「…………」

 いや、もしかしたら――心のどこかで、勘付いていたのかもしれない。

 だからこそ、殊更に、その不安を吹き飛ばしたかったのかもしれない。

 防衛本能が騒ぎ、それに近づくことを警告していたに違いない。


 だが、俺はその掲示板を探すことにした。

 心の声に逆らってでも、俺はネットを探索することにした。

 

 なぜか?

 

 友人のYが、変わってしまったのだ。

 以前より、少なからず兆候はあったが、その掲示板に出入りするようになってから、明らかに様子がおかしくなっていった。

 自分は孤独だと嘆き、そうでないと見なした人間を憎悪する。おぞましい怒りと、怨嗟の言葉を撒き散らす。

 その形相は、まるで鬼か悪魔のようだった。

 俺は――Yを救いたかった。

 長い付き合いの友人だ。

 放っては置けない。

 だから、その掲示板を探すことにしたのだ。

 原因を突き止めて、Yを助けたいと思ったのだ。


「……こ、こいつは!」

 くだんの掲示板。

 それが、今。

 俺のパソコンの画面に広がっている。

 あっさりと見つかった。その身近さに、戦慄する。

 ほとんど真っ黒いページに、文字の羅列。ただそれだけの、無味乾燥なページ、なのだが――

 その、文字に込められた、文章に籠められた――感情が、どうしようもなく伸し掛かってくるのだ。激情が、襲い掛かってくるのだ。

「こいつは、やばい……」

 俺は、瞠目した。

 喉が渇き、手が震える。

 念そのものが、重みをともなった流動食のように、口から喉を通って、胃にまで注ぎ込まれていくよう。

 あるいは――

 姿の見えない巨大な手が、心臓をがっしりとわしづかみにしてくるようだった。

 形を持った怨念だ。

 恐ろしい化け物か何かと向かい合っているような錯覚。

 弱気になれば、取って食われる。ひるめば、すぐさま命取り。

 俺は、萎えそうになる心を叱咤した。


 ――独りは、寂しい。

 独りは、辛い。

 独りは、哀しい。


 ああ、だから――


 憎いのだ。

 どうしようもなく、羨ましいのだ。

 どこまでも、嫉妬するのだ。

 全身全霊。呪うのだ。

 恨み尽くしてでも、尚恨むのだ。

 憎い。

 憎い。

 憎い。

 憎い、憎い。

 憎い、憎い、憎い、にくい、にくい、憎い、憎い、憎い、にくい、にくい、ニクイにくいニクイニクイニクイいいイイイ……!ニクイにくいニクイニクイニクイいいイイイイイイ……っ!


「ぐ、ううっ!」

 その奔流に、俺は流されまいと踏ん張る。

 歯を食いしばり、心を奮い立たせる!

「……く、くそったれ」

 流されない、流されて、飲まれて――呑まれて、たまるものか!

 だって。

 俺には――嫁がいる。

 独りじゃない。

 そう、独りじゃないんだ。

「…………っ!」

 決して触れ合うことはできず、言葉も交わせず、違う世界に存在しているけれども――心できっとつながっている愛する嫁がいるのだ!


 だから、絶対に、独りじゃない!

 俺は、こんな呪いに屈するわけにはいかないのだ!

 心を強く持て!

 もっと勇気を振り絞れ!

 負けない。

 負けない。

 負けないのだ。

「……!」

 心の中で、幾度も嫁の名前を叫ぶ。

 掠れるまで、叫び散らす。

 そうすると――

 少しづつ、その戒めがゆるんでいく。

 化け物が、ひるんだ。

 今だ!

 勝機を見逃してはならない。

「……ぐ、ぐおおおっ!」

 力を入れて、拳を振り上げる。



 憎い。

 憎い。

 憎い。「ま――」

 憎い。

「――け、る……ものかああっ!」


 見えない相手に、殴りかかる。力を込めた、必殺の一撃だ!

 おぞましい化け物の顔面を打ち砕く。愛と正義が、勝利する。


(脳内のイメージです)


「…………く、はあっ」

 息が苦しい。

 思い出した呼吸は、このうえもなく乱れている。

 だけど、耐えた。

 耐えることができた。

 俺の意識は、持っていかれずにすんだ。

 やはり最後に、愛は勝つのだ。


「……ふう」

 安堵の息を漏らして、傍らに飾ってあった美少女フィギュアに、満足そうに微笑みかける。

 彼女は十年前からはまり続けている、アニメのヒロインキャラクターだ。金髪ツインテールに、細身の身体、スタイリッシュな黒マント。武骨な、しかし洗練された長大な武器がかっこいい。

 今でも変わらず、俺の嫁だ。

 これからもずっと、俺の嫁だ。

 俺はもう一度ため息を付くと、リビングに向かった。

 冷蔵庫を開けて、冷えてあったペットボトルのコーラを取り出す。

 蓋をあけて、一口二口。

 ゆっくりと飲む。

 身体に染み渡っていく。

 火照った意識に、心地いい。

 俺は、心を落ち着けた。


「――ようし」

 頬を叩いて、気合を入れる。


 俺は、家を飛び出した。

 このままではないけない。

 Yの目を覚ますのだ。

 呪いの掲示板。怨念に満ちた伏魔殿。

 その魔手から、友人を救い出すのだ。 

 あいつにだって、嫁はいる。

 その想いを、思い出させるのだ。ちょうど俺が持っているフィギュアと親友のヒロインが、あいつにとって変わらない嫁のはずだった。栗色の髪のツインテール。白く純白な服。黄金の槍が、さっそうとしている――そんな嫁。

 その想いを、思い出させてやればいい。

「さあ、今行くぞっ」


 俺は、使命感に突き動かされるまま――友人の家に走るのだ!



       ◇


 その男が放り出したままのパソコンの画面――

 そこには、こう記されている。






 ――クリスマスくたばれ!


 モテなくて悪いかっ! 

 ……俺たちはただ、ひっそりと生きていたいんだ。多くは望まない。静かに、放っておいてくれ。

 カップルどもに血の粛清を!

 哀と切なさと、空腹の感情。

 独り身の恨みと哀しみを、思い知れ!


 哀と嫉妬の名の元に――勇者たちよ、立ち上がれ!



 おい、まだ7月だよ! 諦めるなよ!


 ……おや、誰か来たようだ? うわ、おい……やめ、ぐああ


 ※7月7日の活動報告『呪いの掲示板、その後』にて詳細。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] シリアスな内容かと思ったら、嫁って二次元の嫁かーいwwwwwww
[良い点]  企画サイトからお邪魔しました。  大袈裟で分かり易いテンプレートの開始から、どんでん返しの奇襲。  エンタメとしての意識を強く感じられ、楽しませて頂きました。  分かり易い反面、オチが読…
[一言] 涙で霞んで、前が見えません… ある意味、怖いし、悲しい 読んだときのダメージは、想像以上でした 合掌
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ