ある日の陸上競技場での出来事。
『男子100メートル予選がまもなく行われます』
炎天下の中、競技場のスピーカーから声が流れてきた。
(あっ、今日のアナウンスは上手い人だ。昨日の人は散々だったからな〜)
(このユニフォーム、単色だしめっちゃかっこ悪いし、友達に見られたくないな)
控え室の中でユニフォームに着替えながら、そんな何でもないことを考えていると、
「男子100メートルの1組目の人はトラックに入ってください」
補助員の人の声が聞こえてきた。
(あっ、そろそろか。)
僕は2組目だ。
(大会前に生徒会ばっか行き過ぎて練習不足だし、程々に走るかね)
そんな、つまらないこと考えながらアップシューズからスパイクに履き替えた。
「男子100メートルの2組目の人はトラックに入ってください」
1組目のレースが終わったのだろう。さっきと同じ調子の補助員の声が聞こえてくる。
そんな時、
「シュウーーーー!!!」
聞き覚えのある……いや、よく知っている声だ。
驚きつつ、冷静を装いながら僕はその声の持ち主の方向を向くと、
「ごめーん、来るなって言われてたけど来ちゃった! 応援してるから頑張ってね!!」
一切悪びれる様子もなく、彼女は満面の笑みで声を掛けてきた。
「もー、何度も来るなって言ったのに。それにこんなとこ来るよりも、彼氏とデートしてきなよ!!」
一番見られたくない人にユニフォーム姿を見られた僕は、恥ずかしさの余り、悪態をついてしまった。本当は嬉しいくせに。
僕は彼女に聞こるか聞こえないぐらいの声で、
「………ありがとう」
ボソッ呟いた。
(さてと、これは手が抜けなくなったな。)
(今日は何がなんでも勝たなきゃな。)
そんなことを思いながら、
トラックに入り、
セットをすると、
まもなく紙雷管の音がした。
そして僕は走り出した。