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夢渡り

作者: 宮本司

ピンポーン。

「はい」

「すみません。PPR社から派遣で来ました渡辺ですが」

「お待ちしておりました。只今ご案内いたします」

インターフォンごしの声が丁寧な口調で答えた。

私、渡辺歩美は平日は早朝のコンビニと会社の事務のパート、土日は日雇い派遣をしながらなんとか日々の生活をしのいでいた。

いつものように派遣会社に仕事の問い合わせをすると、時給三千円という信じらんないような高時給の仕事を紹介された。

「これで今月の家賃が払える」と喜んで飛びついたものの、実際に派遣先にやってくるとあまりの高時給にどんな仕事をさせられるのか不安になってきた。

「でもこれからしばらくは働けなくなるかもしれない。今の内に少しでもお金貯めとかないといけないし」

私はポケットから仕事内容がかかれたメモを取り出した。

「実験研究助手業務。

一体なにをさせられるのだろう。明らかに怪しすぎる。

はぁー。どうしよう」

そんなことを思っていると、ドアが開き中から若い女性が現れた。

「白髪で頭が爆発したような博士が出てくるのでは」と想像していた私はスーツ姿の女性を見て逆に驚いてしまった。

その女性に案内され通された部屋にはポツンと一つベッドがあるだけだった。

『ベッド!

やっぱり危ない仕事かも』と思った瞬間、真っ白なカーテンの後ろから真っ白な髪の毛が爆発したような博士が現れた。

「どうも。よくお来こしいただきました。渡辺歩美さん」

「はあー。何故だか来てしまった渡辺歩美です」

私は意味のよく判らない挨拶をしてしまった。

「あのー。実験の助手って初めてなんですけど、何をすればいいんでしょうか?」

私は控えめな口調で博士に問いかけた。ここで無茶苦茶なことでも言ってくれれば、それを理由に逃げられるかもしれない。

「いえ、何も難しいことはありません。ただこのベッドに横になって……」

博士はわざと一番大事な所を飲み込んだ。

「逃げよう」と思った瞬間、博士が言葉を

続けた。

「あなたの夢を見せていただくだけです」「夢ですか?」

「ええ。

私は夢の研究をしているのです。

眠っている人がどんな夢を見ているのか第三者がまるでテレビを見るように判る装置の開発をしているのです」

小さな子供をなだめるように博士は静かに研究目的を聞かせた。私はなんとかこの場から逃げる理由を探した。

「そんなにいきなり眠れとか夢を見ろとか言われても無理です」

「そんなことはありません。現にあなたは眠って夢を見ているじゃないですか」

「えっ」

「夢でもなければこんな頭が爆発したような博士には出会えないでしょう」

その博士の言葉には妙に説得力があった。

「さぁ、横になって目を閉じて下さい。その方がよりはっきり夢が伝わってきますので」

私はヤケクソ気味に言われるがままベッドに横になると、ゆっくりと目をつぶった。ベッドに入ると心地よい温かさで眠くなってきた。

『もう眠っているのか』と心の中で自分にツッコミを入れながら、私は夢の世に入っていった。


見えてきたのはお葬式の様子だった。参列者もまばらで質素なお葬式だった。

そして祭壇の遺影には私の写真が飾ってある。

『えっ、いきなり自分の葬式の夢!

不吉すぎる。

しかも遺影の写真若くない?

どう見ても30代なんだけど。あと十年くらいで死んじゃうの私。

あっ、お母さん泣いてる……。

なんだかんだで大学も辞めて家飛び出しちゃったけど、私が死んだら泣いてくれるんだ……」

私には自分の死よりもお母さんが泣いている姿の方が印象に残った。


参列者もみんな帰ってしまい、母も片付けを始めると小学生くらいの女の子が私

の祭壇をじっと見ていた。その子は無言でじっと私の遺影を見ていた。

もしかしたら心の中では私に話しかけているのかもしれない。

「そうです。少女はあなたに話しかけているんです」

突然、さっき会った博士の声がまるでスピーカーから流れる音声のように聞こえた。

私が上の方をキョロキョロと見回すと再び博士の声が聞こえてきた。

「見上げても誰もいませんよ。

これも私が開発した機能の一つで、他人の夢を見ている者が感想を言えるんです」                   博士の自慢げな言い方が余計勘に障った『なんてご迷惑な機能をつけたんだ。人の夢を見るだけでも十分プライバシーの侵害なのに口出しまでしてくるなんて』

「プライバシーの侵害とは遺憾ですね。私もだれかれ構わず夢を覗いている訳ではありません。あなたにもきちんと許可をと

ったではないですか」

「きちんとですか?」

「……。」

博士は私の質問に無言で答えた。

いつまで待っても答えが聞けそうにないので私の方から別の質問をした。

「あの女の子は何て言っているですか?」「それは判りません。

私はあなたの夢を見ているだけです。あなたが判らないことは私にも判りません」

私は博士の言葉にムッとした。

『さっきは「少女が私に話しかけてる」って言ったくせに。都合がいい時だけ「判らない」って言葉使うんだから、博士って人種は……』

そして大学時代の物理学の助教授のことを思い出し少しだけ切なくなった。


そんな私の心境を全く無視するように白髪爆発頭の博士が突然目の前に現れた。

「どうもこんにちは。渡辺歩美さん」

「口出しだけじゃなく、姿まで現したんで

すか」

「この際何でもアリです。

夢ですから。

ところで渡辺歩美さん『予知夢』というのはご存知ですか?」

「予知夢ですか。

言葉だけは聞いたことある気がしますけど」

「予知夢とは『夢を通してこれから起こる未来の出来事を見ることができる』という超能力の一種です。

 あなたが今見たのも予知夢なんですよ」

「はい?」

 私はあまりに現実離れした話に、思わず声が裏返ってしまった。

何とか正気を取り戻すと、平静を装って博士に言った。

「あの、私にはそんな超能力ありませんけど……」

「ええ。知ってます。

 そんなあなたでも予知夢を見られるというのが私が発明したこの素晴らしい装置なのです」

 博士は嫌味なほど自慢気に言い放った。

「はぁ……。

 じゃあ、私は30代で死んじゃうんですか?」

「そうみたいですね」

 博士はやけに軽く答えた。

『そこは軽く答える所じゃないだろう』

 私の鋭い視線攻撃もさらりと受け流すと、また自慢気に話し始めた。

「まぁ、あなたが若死してしまうのは置いといて」

『置いとくな』

 私の心の叫びは博士には届かなかった。

「私の発明はこれだけに終わらないのが素晴らしいところなのです。

 なんとこの装置は『巻戻し機能付き』なのです。

時を遡って、自分が忘れかけていた過去のことまで見ることができるのです!!」

 博士はまるで、通販番組の販売員のようにオーバーにそう付け加えた。



すると夢の場面が変わった。

時を遡っていく。

まるで走馬灯のように。

私は朝から晩まで働いている。

『こんだけ働いてたら早死にしちゃうかもね』

自分でもそう思った。

でも私はいつも笑っていた。

そして私のそばにはいつもあの女の子がいた。

夢を遡っていくたびに、彼女の成長の様子も遡って見ていくことが出来た。

仕事で疲れて帰ってもあの子の寝顔を見れば元気が湧いてきた。辛いことがあってもあの子の笑顔を見れば、私も笑顔になった。

『そうか。あの子はきっとこれから生まれてくる私とあの人の子供なんだ』

私は自分のお腹に手をあてた。

「そうだよ」と言うように、お腹がドクンと鼓動した。

私の見た夢は、お腹のこの子と一緒に過ごせる未来はとても幸せだった。

大学を辞めても。

実家との縁を切っても。

愛する人に子供ができたことも告げず別れても。

私はこの子と一緒にいられて幸せだった。

『でもこの子は幸せなのだろうか』

いつも一人で私の帰りを待って。

父親の顔も知らず。

母親も早くに死んでしまって。

『この子の、娘の未来が見たい。

私が死んでしまった後、どんな人生を歩むのか。

せめて夢でなら見られないのだろうか』

私の頬を涙が伝った。

そして再びあの博士が現れた。

「あなたが亡くなったあとの未来は見られません」


人が感慨に耽っている時に限ってこの人は現れる。

しかし博士はいつもと違って重々しい、低い声で話しだした。

「自分の現在・過去・未来を自由に見られるというこの夢のような装置にも限界があるのです。

夢が見られる範囲は若干の誤差はありますが『夢を見ている本人が生きている間だけ』なのです。

お葬式の場面を見ることができたのが誤差の範囲の限界でしょう」

「どうしても出来ないんですか?

娘がどんな人生を送ったのか見る方法はないんですか」

「どうしても見たいですか?彼女の未来を」

「見たいです。

 あの子は頭が良くて、人の心を察する優しさを持っている分、一人で悩んで我慢してしまう子だから。

辛い思いをしていないのか。

 寂しくて泣いてはいないのか。

 死んでしまった私を、父親のことを決して話さなかった私を恨んでいないのか。

 知りたいです。

そのためなら命も惜しくありません」

私は泣きじゃくりながら博士に懇願した。


すると突然目の前が明るくなった。

目を開けると、そこは研究室のベッドの上だった。ベッドから体を起こした私の顔は夢の中の私と同じように涙で濡れていた。

「命も惜しくないなんて、悲しいこと言わないで下さい」

淋しそうな声とともに、花柄のハンカチが差し出された。そこにいるのは白髪が爆発した博士ではなく、最初に私を案内した若い女性だった。

「すみません」

私は受け取ったハンカチで顔を拭うと、初めてしっかりと彼女の顔を見た。

初対面の人のはずなのに、どこかで会ったことがある気がした。

彼女自身ではなく、彼女が小学生くら

いの子供だったら。

そう夢の中の私の娘が彼女くらいに成長したら。

まるで二人の影が重なるように、隣にいる彼女と娘の面影が重なった。

『そんなことがある訳がない。

今横に立っている女性が、生まれてもいない私の子供の成長した姿だなんて』

でも私は聞かずにはいられなかった。

「あの、もしかしてあなたは私の……」

「あなたが今見ていることも夢です」

彼女は私の質問を遮ると、摩訶不思議なことを言った。

「えっ、夢から覚めたのにまだ夢の中なんですか?」

「夢渡りという言葉をご存知ですか?」

私の質問に彼女も質問で返した。

『ユメワタリ……。聞いたことも見たこともない』

無言で頭の隅の方まで思考を巡らせる私の様子をしばらく見てから彼女は説明を始めた。

「夢渡りというのは『自分の見ている夢から他の人の夢の中に入って、他の人の夢を見ること』です。

もちろん普通は意識的夢渡りをすることは出来ませんが、もし夢をコントロールすることが出来れば、自分の夢から人の夢へ意識的に渡ることも可能です。

私はこの夢渡りを利用して、予知夢の限界を超えようと考えたのです。あの装置

には本人が生きている間の夢しか見られないという限界がありました。それでは

私が生まれる前のことを見ることは出来なかった。そこで夢渡りを利用して、自

分の夢から自分と重なる人生を生きた人の夢を通じて、生まれる前の過去を見よ

うと思ったのです」

「はあ」あまりの展開に私の頭はついて行けなくなっていた。

「すみません。一方的に話してしまって」

「いえ。あの、一つだけ質問してもいいですか?」

私は控え目な口調で言った。

「はい、何でしょう」

彼女の澄んだ瞳を見ながら私は質問を続けた。

「あなたが見たかった過去って何ですか?」

彼女の瞳は急に曇った。

「あなたが見たかった未来と同じです」「???」

私の頭の中にクエッションマークが浮かんだのが見えたのか、彼女は言葉を続けた。

「あなたが亡くなった後の娘の未来を見たいと思ったように、私は自分が生まれる前のことが知りたかった。自分の父親のことが。

母は毎日朝から晩まで働いて私を女手一つで育ててくれました。仕事が忙しくても私にたくさんの愛情を注いでくれました。だから私はいつも笑顔でいられたんです。

でも私の父親のことだけは決して話してくれなかった。亡くなるまで一言も。

母はいつも『ゴメンね。未来にはお父さんがいないの』と謝るだけでした」

私のお腹がまた鼓動した。

「私もお父さんのことが知りたい」と彼女の言葉に同調するように胎内の子供の声が聞こえた。

その声に私は「ゴメンね。お父さんがいなくて。お父さんのこと話してあげられなくて」としか答えられなかった。

「父親がいないのはすごく辛いことですか?」

私は彼女とお腹の子に尋ねた。彼女は少し考えてから答えた。

「辛いわけではないです。でも少し淋しいというか、自分のルーツを知りたいという望むことはダメですか?」

私は確信した。

彼女は私の娘だと。これから生まれてくるお腹の子なのだと。きっと未来の私は会えなかった成長した娘なのだと。

夢の中の出来事だけなのかもしれない。でも彼女の悩みはきっとお腹のこの子が一生背負っていく十字架になる。十字架を背負うことが分かりながら娘を産むことは愛する人の子供を産みたいというのエゴなのかのだろうか。

私は彼女を、娘を見た。

きっとその表情は私が実家を飛び出すときに見た母の表情に似ているだろう。

心の底から愛する子供を、子供の幸せのために失わなければならない母の顔に。

「私今ようやくわかりました」

彼女が急に明るい口調で言った。

「なんで私の作ったタイムマシンでは、予知夢では自分の生きた時代しか見られなかったのか」

「なんでですか?」

私は語気を強めた。

「私は見たいです。あなたの、娘の未来

を。私が死んでしまった後、娘がどんな人生を歩むのかを」

「それなら生きて、その目で見て下さい。未来は変えられます。無理して働き過ぎないで私と一緒の時を過ごして私とあなたの未来を見て下さい。私もいつか母が、あなたが父のことを話してくれる日を待ちます。お母さん」

私は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。全てただの夢だったのだろうか。

私は涙で濡れた顔を拭うとお腹に手をあてた。そしてお腹の娘に問いかけた。

「あなたを生んでもいい?ずっと一緒にいるから。お父さんのことを話せる日がく

るまで」お腹がドクンと鼓動した。

「いいよ」と言っているように聞こえたのはやぱっり私のエゴなのだろうか。


二年後、私は久しぶりの休日に2歳になった娘の未来と一緒に公園でボール遊び

をしていた。ゆっくりと転がるボールを取り損ねた未来(未来)が転んだ。

「未来」

私は未来に駆け寄った。未来は父親に似た大きな瞳に涙を溜めて、今にも泣き出しそうだった。

「未来。自分で起きなさい」

未来は涙をこらえて、一生懸命立ち上が

った。

「頑張ったね。エラい、エラい」

私は未来を抱きしめると、未来の服につ

いた砂をはらった。

「大丈夫ですか?これボールです」

頭上から男性の声がして、転がっていったボールが差し出された。

「すいません。ありがとうございます」私が声を方を向くとそこには大学時代の准教授がいた。

未来の父親が。

「歩美。探したよ。

急に大学辞めるなんてどうしたんだよ」

「大学の研究が嫌になっただけよ。タイムマシンなんて作れるはずないもの」

「それならなんで急に連絡とれなくなったんだ。心配したよ。歩美の友達や実家に

も聞いたけど、行き先わからなくて、見つけるのに二年もかかったよ」

私はどうすればいいのかわからなくなって、ただ娘の未来を抱きしめた。未来は

ただじっと彼のことを見つめていた。

「その子、俺の子供?」

「違うよ。私の子供」

「だから父親は?」

私は何も言えずに黙り込んだ。

「ママ。どしたの?」

俯いたままの私に未来が聞いた。それで

も私は何も言えなかった。

「ごめんね。未来にはまだ言えない」

私の頬を涙が伝った。

「ママ、イタいイタいしたの?」

すると彼が私と未来を抱きしめた。

「歩美。ありがとう。

俺の子をこんなにいい子に育ててくれて。

ごめんな。二人とも辛い思いさせて」



十年後。

「おかえりなさい。教授会お疲れ様」

夜遅く帰ってきた夫の夕食を用意していると、眠ったはずの小学生の娘がリビン

グへ下りてきた。

「お母さん。聞いて。

あっ、お父さんもいた」

「未来。眠ったんじゃないの。お父さんにちゃんと『おかえりなさい』言いなさい」「お父さん。おかえりなさい。私すごいこと思いついちゃった」

「なんだ。未来随分はしゃいで」

「タイムマシンの作り方思いついたの。

今夢に白髪頭が爆発したような博士が出てきて『夢を通じて未来が見られる」って言ってたの。これが上手く使えればタイムマシンが出来ると思わない?お父さん」    私は苦笑した。すると夫が言った。

「未来。その夢が叶うよう頑張ってごらん。そうすればタイムマシンの本当の意味がわかるから」

「きっとその博士のこともね」

 私が夫の言葉に付け加えた。そして夫と視線を合わせると微笑みあった。

「なにお父さんもお母さんもにやにやして」

 一人蚊帳の外に置かれた娘が不満の声を上げた。

「未来もあと十年くらいすればわかるわよ。これがお母さんの予知夢」



 夢と未来。

 二つの非現実が合わさったとき、それは現実社会に現れるのかもしれない。

 白髪博士の笑い声とともに。


 了


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