ろーずまりー
僕ははっと目が覚めたように体を起こした先には、暗くて顔は良くは見えないが、制服に身を包んだ女の子がいた。僕はどうか幻であって欲しいと瞼を擦りもう1度見た。やはりそこには彼女がいた。
「夢とかじゃ無いから、はぁー面白い」
彼女は一頻り身体を揺らし声をあげて笑った後に、あぁ、笑った笑ったと笑いのツボからようやく抜け出したようで、道路にヘタっと座った。
「あのー、いつから見てたの。」
「そうだね、君が道路に大の字に寝て空に手を伸ばしてギュって掌を握りしめたあたりからかな。」
あ、星が掴めそうだなと思ったところだ。あそこから見られていたと思うと本当に恥ずかしい。僕は疲れすぎていて周囲に全く警戒していなかった、何たる失態。
「でも、私も君の気持ち分からなくないよ。」
「え。」
「私も帰り道にこの道を通ると必ず空を見上げる。手を伸ばせば届きそうなくらい大きく光ってる星を見てると、なんだろう、あー私星になってるって気がする。」
「それは僕も思った。こんな綺麗な星初めて見て、吸い込まれちゃいそうだなって。ダイソンよりも吸引力半端ないなって。」
「なにそれ。」
さっき笑いすぎてお腹痛いのにまた笑わせないでと言い、彼女はまた笑った。さっきは恥ずかしさのあまりそんなに顔見れなかったけど、暗くても可愛いのが分かるくらい彼女は可愛い顔をしていた。
「ダイソンね、確かにダイソンよりは吸引力強いかな。」
「ダイソンよりは、じゃないよ。この吸引力に適うやつはいないと僕は思うよ。」
「掃除機業界舐めてない?ダイソンよりすごい掃除機あるかもしれないじゃん」
「それは確かにそうだけど。」
彼女はまた小さく笑うと、今度は道の上であぐらをかいた。道路の上で普通にあぐらをかいてしまうとは、結構男っ気のある女の子なのかな。暗くて良かった。明るかったらチラリが見えてしまっていたかもしれないし。
「私、晴海。戸山晴海。君は。この辺の人ではないよね。」
「うん。僕は吉國真尋。多分僕もここには初めて来たんじゃないかと思う。」
「真尋はどっから来たの?」
「市原市。」
「え、市原市。ここ南房総市だよ。」
「そっか、磯の香りがするなぁとは思ってたけど、やっぱり海が近かったからなんだ。」
自転車で走っている最中、磯の香りがわかり、海が近いのかなと思っていたが、まさかそれが南房総市の海だったとは。随分遠いところまで来ていたようだ。
「真尋はこの自転車で来たの。」
「うん、そう。ママチャリだけど、これしか無くてさ。」
「ここに来るまでどれくらい走ったの。」
「2日間くらいだよ。」
「2日間。」
そう言った晴海の顔はとても驚きで溢れていた。と同時に僕のことを少し心配したような顔をした。僕はその顔に表れた心配を消したかった。
「あーでも、たまに猛スピード出すくらいで、後はダラダラ走ってただけだから。それに、高校の時運動部入ってたから体力もあるし、だから、案外余裕だったよ。」
「違うよ、そういうんじゃなくて。いや、やっぱなんでもない、違わないか。」
しばらく二人の間に沈黙が生まれた。晴海は僕の自転車と僕を交互に見やり、何か言いたげな顔をしていた。晴海は何を言えなかったのだろう。
「晴海は、学校帰り。」
「そうだよ。」
「こんな夜遅くまで寄り道は良くないよ。」
私もう高3だから良いんだしーと言いながらニシシと笑った。晴海が笑ってくれて僕まで少し嬉しくなった。
さっき会ったばかりなのに、妙な親近感があって、昔からの友達だったと言うように僕はいつの間にか接していた。晴海と話しているとどこか懐かしく感じ、気持ちも安らいだ。不思議な子だった。
「ごめんね、引き止めてしまって。晴海のお父さん心配してるよ、きっと。早く帰った方がいいよ。」
「真尋はこれからどうするの。」
「僕はテキトーにこの辺で休んで、疲れが取れたら引き返して帰るよ。」
「自転車壊れてるよ。」
「歩けばいい。」
「遠いよ。」
「いつかは着くでしょ。」
「怪我してるけど。」
「大丈夫、ただの擦り傷だから。」
「それじゃあうちに来ればいいよ。」
「え。」
僕は晴海から予想外の言葉を聞いて耳を疑った。さっき会ったばかりの見知らぬ人を家に泊めようと言うのか、少し警戒心が無さすぎやしないか。
「なんだか真尋のこと、放っておけない。さっき会ったばかりだけど、話してると悪い人でもなさそうだし、怪我だってしてるし。」
「でも、晴海が僕にそこまでしてくれる必要は無いよ。それに晴海の家族もきっと嫌がる。」
「大丈夫だよ。もし、私がお母さんだったとしても、多分私と同じ事言ってる。」
「いや、でも。」
「じゃあわかった。真尋は私の彼氏ってことにすればいいよ。家族と喧嘩して家を追い出されちゃった、だから、しばらくうちに泊めてあげることした。それでなら良いじゃん。」
晴海が突拍子もないことを言い出したので更に驚いた。晴海はとても正義感の強い人なのだろう。困った人がいたら助けずにはいられない、晴海のお母さんもそんな人なのだろうか。晴海の目はパチっと開き、星の光を反射させてキラキラと光っている。
ここは晴海に甘えても良いのではないか、そんな気になってしまった。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。」
「よし、そうしよう。自転車壊れちゃってるからそれは明日父ちゃんに運んでもらうとして、もうこのまま行っちゃおう。家もうすぐそこだから。」
僕はくねった車体の自転車を邪魔にならないように道路の脇に寄せて、心の中で小さく自転車にここまで運んできてくれて本当にありがとうと、お礼を言った。
「じゃあ、行こう真尋。」
そう言ってくるっと回り、髪を左右に揺らしながらトントンと歩く晴海。
彼女の髪の毛から仄かなローズマリーの香りがした。