ろまん
そうしてコンビニに寄ってからどれくらい漕ぎ続けているだろうか。途中、おにぎりひとかじりと水を1口飲み、そこからは何かに取り憑かれたようにずーっとペダルを踏み続けていた。例え、疲れたとしても進むことは決してやめなかった、というか、やめられなかった。止まってしまったら僕の中の何か張りつめたものがプツンと途切れて、自分がどうにかなってしまうような気がしていたからだ。漕ぎ続けていれば何かしら救われると思って、だから、ひたすらに漕ぎ続けていた。
僕のチャリは僕の行動を尊重するかのように絡まりそうなチェーンをガチャガチャと鳴らしながらぴーんと張って、必死に回ってくれた。いつも通学に使っていたママチャリ。ところどころもうさびているし、だいぶガタがきているが、今の僕にとってはスーパーヒーローだ。こいつがいれば、どこへだって行けるような気がする。頑張れよ相棒。電車でだったら、もっと遠くへ楽に行けてたかもしれない。でも、志半ばでお金も無い僕は自転車のことしか頭になかった。我ながら馬鹿な選択肢だったなとは思う。しかし、青春にはいつの時代も自転車が絶対に不可欠だ。カップルのニケツ、友と並走しながら笑い合ったり。僕はそんなロマンのある青春がしたかったんだ、人生で1度もしたことの無い青春を、という変な理由に走っている最中に収まった。
これはぼくの旅だ。電車で行くよりも小さな旅だけれど。
ふと、僕の底に隠れていた不安が体全体に駆け巡りどっと押し寄せた。僕はそれを振り切るようにペダルを速めた。漕げば漕ぐほど進めば進むほど、度々訪れる不安はすごく大きくなっていた。寝ずに走り続けてるせいもあるかもしれない、でもどんどん怖くなって目頭に涙を溜めながら僕は前に前に進んでいった。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな。
乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け乾け。
空っぽになりたかった、スッカスカに。
もっと速くもっと速くもっと速く。僕はペダルを今まで以上に更に強く踏んだ。
「ぎゅぅぅうがっしゃーん」
僕は、小石の存在に気づかずにそのまま前のめりにぶっ転んでしまった。僕は、空中で上手く頭を庇うことができ、背中からぐるっと地面を前転して擦り傷程度に抑えられた。しかし、僕のスーパーヒーローの方は完全にイカれてしまっていた。車体が大きくグニャリと曲がってしまっていた。チャリはすまねぇという台詞の代わりに後輪を空回りさせ、カラカラと音を立てた。
僕が乱暴に使ってしまったのだから、しょうがなかった。自分が悪いのだ。しかし、自分の居所が分からなかった。道の上にすっ転んだのはわかっているのだが、周りには建物などさる事ながら、外灯1本さえ見当たらなかった。ここには、見渡す限り、森しか無かった。僕は疲れた体を休める為に道の上に大の字に寝転がり空を見上げた。そこには満天の星空が広がっていた。今までで見た星空の中で間違いなく一番綺麗だった。あまりの綺麗さに空に吸い込まれそうになった。ダイソンなんかよりもずっと吸引力がすごかった。というか、これに勝てる代物は無いだろう。僕は星に手を伸ばし星を掴もうとしてみた。僕ももう星になってしまっているのではないか、そんな気さえした。しばらく星空を眺めていたら猛烈な睡魔に襲われた。でも、そんなの当たり前の話だ。2日も寝ていないのだから。眠い眠いあー眠い。森の木々はさわさわと揺れ、空の星星はキラキラと輝き、寝ても良いよーと僕に言っている気がした。
なら、いっそここで遠慮なく寝てしまった方がいい。
「おやすみ、俺の世界」僕は目を閉じて、そう小さく呟いた。
「ぷっはっは。何その台詞」
僕は誰かが笑っている声を聴き、驚いてガバッと起き上がった。