2.第一の世界
体が崩れる。吸い込んだ息に石炭を燃やしたいがらっぽさ。昔は石炭を使ったストーブや、SLでお馴染みだった匂いなのだが。この空気は久しぶり。空もスモッグで曇って薄暗い。ということは、前世紀のロンドンかスチームパンクな世界ってことか。とあたりをつける。
空気の汚れより文句を付けたいのは体の調子だ。異世界転移物のお約束で若返ってはいるようだが、あくまで少し。動き回れる程度に回復しているが、壮年と老人の境目くらい。微妙な若返り。サービスで青年にしてくれても良かったのに。と思うのは贅沢なんだろか。
案内人の姿は見えない。自分で歩き回って探せということか。
町並みは昔のヨーロッパ。世界中を回っていた頃の記憶と照らし合わせると。自由化前の東欧の薄汚れた町並みに近い雰囲気。石造りの建物が並び。チャウシェスク政権下のルーマニアを思い出させる。ということは、警察も信用出来ないか。と、胃のあたりが緊張する。
昔の旅行経験から。とりあえずランドマーク的な建物か駅を求めて歩き出す。なぜ駅があると確信してるかというと、スチームパンク世界で蒸気機関車が無いなど画竜点睛を欠くからだ。鉄道ではなく、蒸気乗り合いバスの可能もゼロではないが。
空が薄暗くて時間が分からないが、夜になる前に宿か駅を見つけないとまずい。飲み物や食べ物も気になる。ルーマニア独自のソフトドリンクはひどい味だったが、こういう場所で生水を飲むと腹を壊す。インドとネパールの国境で、トイレがお友達状態だった記憶が甦る。
宿と駅と言えば現金が必須なのだが。ポケットを探っても金は無い。この点もサービスが悪いなあ。と、愚痴りながら進む。こういう都市部だと、モンスターを狩って換金とかもできないしなあ。と、金を得る手段について考えるが、咄嗟には思い浮かばない。
とは言え金は旅に必須なので。若い頃のバックパッカー時代を思い出してみる。当時の貧乏流行者の旅費稼ぎの手段は大別して二つ。最も多いのは日本で稼いで金をため、現地では消費のみ。私はこのタイプで。中には、物価の安い国で年の半分は遊んで暮らす猛者もいた。
次に現地でのバイトだが。これは信用できるコネが無いと危険だ。印象に残ってるのがスキー場のバイトで。日本の冬は国内スキー場でバイトをして、夏になると四季の反転するニュージーランドのスキー場に移動して、一年中滑るというスキー馬鹿。
最近はインターネットを使ったバイヤーで品物を転がす手もあるらしいが、スチームパンクの世界にネットがあるとは思えない。そもそも、元手が無いと仕入れができない。というわけで、信用できそうな現地住民とのコンタクトが最重要事項。と胸にとめる。
過去の経験があまり役に立たない。となると、ここはカモになってくれる偽警官かチンピラでも出てこないものか。と、思考がバイオレンスな方向に傾く。体力が戻ったので、現役中国拳法門下だった頃の血が蘇ったらしい。
中国拳法の老師を紹介してくれたのは友人のSF作家で。「本物を紹介します」と言われて訪ねてその場で入門し。通って三日目に、「もしかして、うちの流派って、少年漫画で悪役が使う闇の拳法では?」と気づいたが、肌にあったので通い続けた。飲み会で聞く老師の武勇伝もそんなのばっかりだった。
馬鹿なことばかり考えていたのは。いくら歩いても人の気配が無いからなのだ。そろそろ、誰か出てきてくれないと話が進まぬ。と、思ったのがフラグか。ようやく人影が見えた。