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坂道の住宅街

 高校の下駄箱で内履きとスニーカーを履きかえた俺は同じく下駄箱で靴を履きかえた鶴葦と一緒に生徒玄関を出た、丁度男子の運動部の連中が生徒玄関前で準備運動をしていて俺と鶴葦を見て小声でヒソヒソと何かを話しているが俺にそれを止める術はない彼女の言う俺向きの『相談』が早く終わるようにと願うばかりだ。そうしてすっかり花びらが散ってしまった桜並木を二人並んで歩きながら俺は彼女に話しかけた。


 「それでだ、鶴葦さんとやらアンタその俺向きの相談というか案件を持っているのは理解した。それでアンタが抱えている悩みっていうのはどんなものなんだ」


 「………………」


 「ダンマリねぇ、あんまり褒められた態度じゃあないねアンタから誘ってきたんだ説明すんのがスジってもんでしょ」


 「あ、あの影月さん。相談を持ちかけておいてあれなんですけど」


 あん?とちょっと不機嫌な声で返事をするとビクッ!!と彼女の肩が一回りくらい小さくなったように感じた、まったくこうも少女少女しているか弱い女の子が相手だとやりづらいな。ちょっと優しい感じの声量と声の感じでどうした?と聞いたら彼女は少し安心した様子で話を続けた。


 「そ、相談しておいて申し訳ないんですが、そ、その幽霊とか悪魔とかって本当に居るんですか?」


 「おいおいアンタは自分が現在の科学力では解明できそうもない異能的な物体や出来事を体験あるいは他人から臨場感タップリで聞いたから俺に相談しに来たんだろ」


 「う、…………ご、ごめんなさい。今更ですよねすいません」


 青葉の桜並木を通り抜け俺と鶴葦は人の多い駅前通りへとやってきた、現在の時刻は午後五時十五分ちょっと早めに退社してきたサラリーマンやこれから遊びに行くであろう私服の若者で駅前は溢れていた。駅前にあるビルの正面に設置された大型ディスプレイからは今日起こった殺人事件の詳細や根も葉もない芸能人のゴシップが水を満杯に入れたバケツにさらに水を入れるように絶え間なく溢れていた、今日も現代社会はいい感じに発展し腐敗してどうしようもないくらいに誰かと何かを共有しようとしていた。とどのつまり俺が今居るこの場所はいつもと変わりないということだ。 


 「それでどうしたんだ、誰かに祟られたとか旅行先で変な石を持ち帰ったら体調が優れないとかか?」


 「い、いえ私じゃありません私の友達の姫華っていう子が最近なんていうか体調が……変?なんですよ」


 どうやら彼女が他人に話したらイタイ子認定されそうな体験を味わったわけではなく、姫華という友達が俺向きの体験を味わったようだ。

 

 「……それで、その姫華さんは一体何に困ってるんだ」


 「ひ、姫華が言うには毎晩誰かが枕元に立って話掛けてきたり周りを歩き回る…………そうなんです。あの子の家……ここから近いので……お願いします!どうか彼女と直接会ってなんとかしてください影月さん!」


 「………………」


 駅前のスクランブル交差点に広がる人の波を縫うように俺は無言で歩みを進めた、鶴葦は何を思ったのか俺の無言をイエスのサインだと勘違いしたらしく俺に向かって感謝の言葉を舌を噛みながら繰り返した。

 どうやら俺に選択権はないようだ。もし俺がここで無理に断って帰っても後日また人目をはばからず突撃してきそうなので面倒事はさっさと終わらせるという俺の基本理念に従いここは彼女についていく事にしようその方がダメージも少なくて済みそうだ。人であふれる駅前の通りから少し歩き俺と鶴葦は全体的に緩やかに傾斜している住宅街へとやって来た、中流家庭向きのおかしなところなど何もない至って普通の閑静な住宅街だ。


 「実は、わ、私の家もこの近くにあって私と姫華は昔からお互いの家でよく遊んでいたんです。だ、だから……その……毎日お見舞いに来てるんですけど全然姫華の体調がよくならなくて」


 スクールバッグを持つ手をプルプルと軽く震えさせながら鶴葦は懸命に彼女の友達兼俺にとっての依頼主である姫華の近況を俺へ伝えてくれている。今まで彼女と一緒に道を歩いていて思ったのだが彼女はおそらくかなり人見知りなのだろうあるいは異性が苦手なのか、話す度に軽く舌を噛み今も軽く体を震わせているつまり緊張しているということだ。ったく、そんな無理してまで俺に依頼なんてしなくていいのによ。


 「熊沢君っていう姫華の幼馴染の男の子も姫華のこと心配していて、今日も姫華の体調はどうだ?って聞かれたんです。か、影月さんお願いです……姫華を助けてください……お願いです」


 「それは彼女を見てからでないとなんとも言えないな、もし霊に憑かれているだったら霊が何を気に入って彼女に憑りついてるのかを調べねーとそれからその霊がどのくらい彼女の肉体的な要素と精神的な要素に深く入り込んでいるかを見て…………それから」


 俺は言葉を留めると同時に足を止めた、鶴葦は二、三歩俺の前を歩いてから足を止めた。そして不思議そうに俺の方に顔を向けた、その顔には戸惑いが色濃く表れているがそれだけでなく俺のこれから発せられる言葉に恐怖の念を抱いているようにも見える。彼女のほっそりとした小柄な体がさらに一回り小さくなったようにも感じられた。鶴葦は唇を震わせて何かを言おうとしているが、『異様』なこの状況に『異様』に馴染んでいる俺の様子に何を言っていいか分からないようだ。夕暮れの静かな住宅街に風が吹いた、その風は俺の前髪を揺らし彼女のふんわりとまとまったショートボブを揺らした。


 「言っておくが―――手遅れの場合も十分にありえるからな」


 「ど、どういうことですか……て、手遅れって!どういうことなんですか!」


 「霊がもし悪意を持った者の場合、大体は生前に恨みを抱いて死んだ奴だ。それも人一人くらいならカンタンに殺せるくらいに……彼女に霊が憑りついていてそれが悪意のある霊だった場合。彼女は体と心を霊に乗っ取られもう既に死んでいるかもしれないということだ」


 よほど強い悪意を抱いて死んだ人間が憑りついたならそういう場合もあるってことだ、言葉の最後にそう付け足した俺はまた歩き始めた。彼女は何か言いたそうに俺の肩へ手を伸ばしたが、どこか悲しそうな悔しそうな顔で口をきゅっと強く結ぶと伸ばした手を引き戻し彼女もまた歩き始めた、彼女の消え入りそうな声によると姫華の家はもうすぐそこのようだ。

 


俺が鶴葦に辛い一言を浴びせてから数分後姫華の家へ到着した、周りの家よりも一回り大きい三階建ての一軒家。もし、持ち家の大きさがその持ち主の経済的余裕に比例するならばこの家の持ち主あるいは鶴葦の友人はかなりのお金持ちということになる。ポカーンと目の前にある立派な家を眺めていると鶴葦が無言で玄関の前にある鉄製のゲートを開けた、よく手入れしてあるようで金属と金属がこすれあうあの耳障りな金属音は聞こえなかった。


 「…………こ、こっちです、来てください……」


 家の中に入って行った鶴葦を追いかけるように俺も家の中へと入った、そして俺は入っていきなりこの家の違和感を感じ取った。家自体は三世代が住んでいてもまだ余裕を感じられるくらいに広いのだがそれに比べて玄関にある靴の数が異様に少ない。革靴が一揃えだけしかない。


 「鶴葦、この家の住人は一人なのか?」


 「い、いえ……姫華とそのご両親が住んでいるんですけど…………そ、そのご両親はいつも家を空けていて普段は姫華が一人だけなんです」


 靴を脱いだ鶴葦は家に上がり込みなれた手つきでどこからかスリッパ二組を取り出した、一組を自分の足元に落としもう一組を俺の為に床の上に置いてくれた。玄関のすぐ目の前には長い一本道の廊下がありそれぞれリビングやキッチンへ続いているようなのだが部屋には明かりが灯っていない。玄関とその近くにある二階へと続く階段にしか明かりが灯っていない、どうやら彼女が一人というのは本当らしい。娘が体調不良で苦しんでいるのに家を空けるのは正直常識外れのように思えるが霊が憑いている彼女に無駄に接触すれば仕事が増えるし結果的に損をくらうのは俺の方か。


 俺は履きなれたスニーカーを投げるように脱ぎ捨てるとスリッパに履き替え鶴葦と二階へ上がった、左曲りの階段を上がり二階の廊下に出ると鶴葦は今上がった階段の真正面にあるドアのノブへと手を掛けた。ガチャリと音がして目の前のドアが開いた。白い清潔感のある壁紙によく滑る木のフローリング、部屋の手前側には教科書の乗った勉強机に薬局の薬がポンと置いてある小さなコーヒーテーブルがあり部屋の奥には天蓋の大きなベッドがあったなんというかまるでお姫様だな。自分のスクールバッグを放り投げ白いレースのカーテンが付いた天蓋付きベッドに鶴葦は一目散に駆け寄った。

 

 「姫華……大丈夫?具合は……どう?」


 「あらら……地子(ちこ)とうとう貴方も彼氏を作ったのですね、ウフフフ……」


 「も、もう!姫華!ち、違うのこの人はえ~となんて言ったらいいか分からないけど。と、とにかく姫華を助けてくれる人なんだよ!」


 ベッドの近くまで来てみると鶴葦の依頼対象が見えた、床に伏しているせいか少し色が薄い肌に真っ黒い腰まで伸びた綺麗な黒髪少し垂れた瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。箱入り娘とまでは行かないがそれでもなんというか上品な感じが伺い知れる、表情を見ただけでは少し厄介な風邪をこじられただけのように見える。いや、表情というよりは『表面』だけを見ただけなら風邪を引いただけに見える。


 「おい鶴葦」


 「え、は、はい。どう……しましたか?」


 

 「手遅れだ、俺は帰るぞ」




 姫華と話をして俺と居る時よりかなり和らいだ彼女の顔が凍った、姫華に向けた笑顔がそのまま急速冷凍したかのように固まり一切の表情を変えずに姫華へ向けていた体を部屋の出入り口付近に立つ俺の方へ。体の向きを俺の方へと変えた。


 「…………ど、どういうことですか。て、手遅れって」


 「そのままの意味だ、一目見て分かった。コイツはもう死んでいる」


 「ふ、ふざけないで下さい!!姫華は生きていますよ、こうやって今も一緒に話をしてるじゃないですか!!」


 ようやく氷のように固まっていた彼女の表情が動き出したが、次はまるで烈火の如く俺の言葉に反論してきた。まぁ、そうだろう。彼女を助ける目的で連れてきた男にいきなり『ソイツは死んでいる』と言われたらそりゃ怒りたくなるし激情に身を任せて言葉を投げつけたくなるよな。だが、今俺が言った言葉は事実だ。


 「順序立てて説明しよう、まず今彼女の身に起こっている異常は病気ではない霊が彼女に憑りついて呪い殺そうとしているからだ」


 「そ、それは分かっています。私が相談しに行った緑光寺(りょうこうじ)というお寺の方から聞きました。だ、だから、私はそのお寺の方に紹介されたあなたに頼ってここまで連れてきたんです!」


 「……大事なのはその先だ。本来霊っていうのは非力なものだ、盛り塩を四方に置かれれば動けなくなるし退魔の札を張り付けられたらその場所には札をはぎ取らない限り出入りできなくなる外からも内側からも。ただし例外があってな、霊というのは自分の恨みに関係した感情を持つ人間には深く強く入り込める」


 「…………」


 「自分の主君を呪い死んでいった落ち武者は同じく自分よりも上の位に居る人間を妬む人間により強い関わりを持てるし、我が子に殺され怨みながら死んでいった母親の霊は同じく自分の娘息子を怨む人間とより深い繋がりを形成することが出来る。自分の死んだ時代や状況が似ていれば似ている程に強く深く……な」


 「そ、それがどう姫華に関係しているんですか!答えてください!!」


 駅前を通った時にはまだ太陽は昇っていた。だが、依頼元の家に来た時にはもう既に太陽はほとんど沈みかけていた。太陽が消えればあとに残るのはただの暗闇だけ。いわば、ベッドの上で心配そうに事の成り行きを見守る彼女は彼女にはもう太陽は残っていない。だが、それは彼女が望んだことでもあるはずだ。今にも俺に掴みかかろうと殺気立っている鶴葦おんなのこには少しだけ話しておこう。


 「鶴葦、彼女―――姫華に憑いている霊の正体は『平安時代に死んだ女』の悪霊だ、そしてソイツは今で言うところの三角関係に苦しんでそれが原因で死んでいった。俺が言えるのはそれだけだ」


 俺はこの言葉を言う時に鶴葦の方を見ていた、そして鶴葦はまるで立ちふさがり守るかのように姫華の前に立っていた。つまり俺は親友を死体扱いされ激怒する女の子の向こう側に居る三角関係で死んだ女の悪霊に憑かれた一見か弱い少女を視界の端で捉えていたわけだ、彼女の肩は三角関係という単語が出た時にわずかに震えた。霊は自分と同じ者を好む、つまりは……


 「そういうことなんだよ鶴葦、まぁ無理やり除霊する方法もないことはないがそれには命の危険が伴う。高校生のアンタが払える額なんて高が知れているし……お前が命を失ってでも彼女を取り戻したいなんて高尚な意思……いや『覚悟』を示してくれるなら考えないこともないがな」


 住宅街で手遅れかもしれない話をした時とまったく同じ反応を彼女は今回もしていた、何かを言いたそうにプルプルと体が震えているがその口はきゅっと固く結ばれておりその表情も悔しさと悲しさそして怒りが入り混じった一言では言い表せない顔になっている。何に怒りをぶつければいいのか、何を憎めばいいのか何を悔めばいいのか彼女自身分からないのだろう。今目の前で偉そうに講釈を垂れている俺に怒りをぶつければ簡単だろう、もっともそれで事態は好転しないそれに彼女自身が気付いているのかそれともそれにすら頭が回らない程に頭に血が上っているのか俺には分からないが。


 それから後ろで俺のことを見ている姫華には確実な『焦り』の表情が見て取れる、何を焦っていやがるんだ全ての元凶め。どこで何が絡まり合ってそんな状況になってるのか俺には分からないが、いや知りたくもないが。全てはお前次第なんだぞ。お前が諦めればいいんだよ、それで全てが丸く収まるはずだ。


 「俺は帰らせてもらう、もしもだ鶴葦地子アンタに命を賭してでもそこに寝ている姫華を助けたいという『覚悟』があるなら明日の朝にでも俺の家に来い。住所はお前が俺を知った寺の駄坊主にでも聞けばいい」

 

 

 そして俺は姫華の部屋を出た、目の前にある階段を下りて今まで履いてきたスニーカーに履き替えるとそのまま何の躊躇もなく姫華の家を後にした。部屋に残された二人の少女がどんな話をしたのかなんて俺には至極どうでもいいことだ、それよりも家に帰る前に俺の事をゲロしやがった駄坊主の元に行く方が俺にとって至極重要なことなのだ。 

 




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