「これからも…ずっと傍に居て欲しいです」
──事件が解決してから数日の時が流れ。
まるで一連の騒動が幻でもあったかのように、花街は落ち着きを取り戻していた。
様々な人間模様が彩る眠らない街だからこそ、此処まで順応に対応出来るのかもしれないが。
そんな街並みをぼんやりと眺めつつ、オープンテラスでまったりと寛ぐ1人の男性の姿。
お洒落なティーカップを手に取ると、そのまま優雅な仕草で口元へと近づけようとした…その刹那。
「おーやっぱ此処に居たのかよ」
優雅な昼下がりの一時をぶち壊しにするかのようなやたらと元気のよい声がテラス中に響き渡る。
それを聞くなり不愉快そうにわざとらしい溜息を零してから、改めて男性──ロゼルタは声の主へと視線をずらした。
「全く…折角の和やかな午後のティータイムが貴方の一声で台無しですよ」
「オマエのそんなティータイムなんざ知るかっつーの。でもさ、無事解決して良かったよな~」
「そうですね。犯人も捕まりましたしこれでもう大丈夫でしょう」
2人の視界に映り込むのは、いつもと変わらぬ花街の姿。
そんな光景を目の当たりにしてホッと安堵の息を吐きつつ、そういえば、とユトナが何か気になったらしくこう切り出した。
「そういや、あのしょーふさんはどうしたんだよ?」
「ああ、リナリアさんですか。仕事は辞めたそうですよ。あの方も間接的ではあれ、事件に関わっていますからね…彼女なりに罪を償うそうです」
「ふーん…そーなんだ」
特に興味のない素振りを見せつつも、内心はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろすユトナ。
それでもまだ心の奥で引っかかるものがあるのか、視線をあちこちに彷徨わせつつさりげなく
「…で、さぁ。まぁ何つーか…あのしょーふさんとは結局…その、何だ、何だったんだよ?」
「……? 何だとは何でしょう?」
「ほら、色々あんだろ!」
肝心な所でぼんやりとした表現をされた為に真意を全く汲み取れず、頭上に“?”マークを乱舞させて首を捻るロゼルタ。
上手く伝わらない事をもどかしく思いつつもストレートに表現するのが気まずいらしいユトナは、そっぽを向くなり乱暴にそれだけ言い捨てるばかり。
…と、漸く僅かながらユトナの内心を察したらしいロゼルタがこう切り返した。
口元には悪戯っ子のような微笑みを浮かべて。
「何もありませんよ。あの方はたまたま私が行っていた娼館に居ただけ…それだけの事ですから」
「そっか、そんならまぁいいや」
「…おや? その口振りからして…ヤキモチでも妬いていたのですか?」
「はぁ? 誰がヤキモチなんか妬くかバーカ!」
図星を突かれたのか、一気に林檎のように真っ赤に顔を染めるなり即座に否定してみせるユトナ。
しかし、そんなにあからさまに否定しては逆効果だという事に本人も気づいてはいないのだろう。
…と、そこで何か気になったらしいロゼルタがふと声を上げた。
「そういえば…如何してあの時此処に来たのですか? 私はもう、来なくてもいいと申し上げたのに」
ロゼルタの脳裏を過るのは、リナリアと共に裏路地を訪れた時の事。
犯人に襲われそうになった時現れた一つの人影。本来来る筈も無いと思っていた1人の少女の姿。
…けれど、心の何処かで来て欲しいと願っていた人の姿。
矛盾を抱えていたロゼルタの心を突き抜けるような光景であった。
「……っ、オレだって知らねーよ! けど、気づいたら身体が動いてたっつーか…それに、オマエに何かあったらオレだって目覚め悪いんだよ!」
相変わらず紅潮した顔つきのまま、何か必死に言い訳するかのように一気に捲し立てるユトナ。
そんな彼女の姿を眺めつつ、くすくすと忍び笑いを漏らすのはロゼルタだ。
「なっ、何がおかしーんだよ!?」
「いえいえ、貴方も意外と心配性な所があるのかと思いまして。それに、あの程度の男私1人でどうとでもなりましたよ」
「何だよその言い草、相変わらず素直じゃねーよな。そういう時は助けに来てくれてありがとうだろーに」
口を尖らせてぶつぶつと文句を漏らすユトナを見つめるロゼルタの眼差しは、何処か優しさに溢れていて。
「てっきり貴方は私の傍に居るのが嫌なのかと思っていましたから。ですから…助けに来てくれて嬉しかったですよ、ありがとうございます」
建前でも誤魔化しでもない、ロゼルタの心からの気持ち。
それをきっぱりと伝えるロゼルタの顔には、いつもの作り笑いとは違う心からの屈託のない笑みが浮かんでいた。
一方、そんなロゼルタの笑顔を目の当たりにするのは初めてだったらしいユトナは一瞬瞠目するなりその場に固まってしまう。
そして、驚きから次第に湧き上がる感情は胸を擽るような気恥ずかしさ。
(な、何だよいきなりそんな笑顔すんなよ反則だろ…! いつも嫌味な笑いしかしねー癖にあんな愛嬌ある笑い方すんのかよ)
見惚れてしまった、のかもしれない。
ロゼルタの心からの人懐こい笑顔を目の当たりにして、彼の心に触れられたような気がするから。
…と同時に、込み上げてきた気恥ずかしさと共に顔が熱くなってくるのを感じる。
これはまずい、と何とか熱を下げようと模索するものの、どうにかなるようなものでもなく。
(や、やべーなオイ、絶対今顔赤くなってる…!)
何となくそんな自分の姿をロゼルタに見られたくなくて、俯くなり彼から顔を背けてしまう。
そんなユトナの態度に気づいたのか否か、ロゼルタはきょとんと首を捻るばかり。
「…ケッ、いきなり変な事言うなよ気持ち悪ぃな」
「おや、そういう時はありがとうと言えと言ったのは貴方の方でしょう? それに、きちんと伝えたい事は口にしなくては伝わりませんからね」
「そ、そりゃそーだけど…」
しどろもどろになりながらも、ロゼルタに今の自分の顔を見られないようにと悪戦苦闘するユトナ。
結局彼からそれを指摘されず何とか凌ぎ切れた…とホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「全く、不思議な人ですね貴方も。…それと、顔真っ赤ですよ?」
「……!?」
にっこり。
最後に満面の笑顔と共に指摘されて、ユトナの呼吸が一瞬止まりそうになる。
「……っ、オマエ…やっぱヤなヤツっ!」
悔し紛れに悪態をついて見せるものの、ロゼルタと言えば相変わらずにこにこと微笑みを浮かべるばかり。
(こんなヤツに一瞬でも見惚れたオレがバカだった…!)
恥ずかしいやら何かしてやられて悔しいやらで後悔の念に駆られるユトナ。
もうさっさと帰ってしまおうか、そんな思いさえ過ったその時であった。
「これからも…ずっと傍に居て欲しいです。居てくれますか?」
柔らかな口調で告げられた本心と、ユトナの眼前に差し出されるロゼルタの手。
ユトナは恥ずかしそうに目を逸らしつつも、しっかりと差し出された手に自分の手を重ねた。
「…ったく、しょーがねーな」
END.




