「それが貴方の望んでいる事では?」
暫く花街を歩いた後、流石にこのままでは宜しくないと判断したロゼルタが意を決したようにこう切り出した。
「…きちんと城に戻りますから、とりあえず腕を離して貰えますか」
「……っ」
持て余す感情を吐き出すように、無言で乱暴にロゼルタの腕を離すユトナ。
尚彼から顔を逸らすユトナを横目で見やりつつ、ロゼルタはさらにこう続ける。
「まぁ、いつも笑顔で私を迎えに来る事は無かったですが…それにしても今日は別段機嫌が悪いようですね。どうかなさいましたか?」
「…別に。どうもねーよ。ただ、綺麗な姉ちゃんにちやほやされていい身分だよなって思っただけだ」
「そうやって男性に良い思いをさせる為の施設ですからね、あそこは。その分、こちらも対価を払う訳ですが」
「……っ、で、でも…男はああいう美人で色っぽい女の人の方がいいんだろ?」
「さぁ…好みに依るのではないでしょうかね」
「じゃあ…オマエはどうなんだよ?」
「へ? 私ですか? 別に、そういった外見には拘りませんが」
「ホントかよ? さっき女の人に迫られてデレデレしてたじゃねーか!」
「私はそのつもりは毛頭ありませんが、貴方がそう思うのならそうなのでしょうね」
ロゼルタの煮え切らない返答に、ユトナの怒りはさらに増してゆく。
…と同時に、彼女の胸の奥に巣食うもやもやとした不快感がどんどん胸を蝕んでいった。
「何だよソレ。結局オレの事振り回しながら自分は楽しんでるって何なんだよ」
──違う。そうじゃない。
「まぁそうだよな、綺麗で女っぽくてオレとは真逆な女の人の方がいいに決まってるよな!」
──本当はそんな事が言いたいんじゃないのに。
口から零れ落ちる言葉は自分の意志とは反して一向に止んではくれない。
「大体、リナリアだっけ? あのヒトの事どー思ってんだよ?」
──今、自分は何を言った?
ハッとなってロゼルタの方へと視線をずらせば、意外そうに瞠目する彼の姿が映り込み。
今更ながら何で自分はこんな事を口にしてしまったのかと後悔するものの、今更撤回する事など出来る筈も無く。
「別に、どうもこうもありませんよ。客と娼婦という関係以上も以下も無いですし。…そもそも、貴方がそれを知って如何するのです?」
「そんなんオレだって知らねーよっ!」
自分は何て事を言ってしまったのだろうと後悔しつつ、それでも心に巣食うもやもやと苛立ちを吐き出すかのように言葉をぶつける。
ユトナ自身も分かっていた、それをロゼルタにぶつけるなんて筋違いもいい所であるし彼を混乱させるだけだと。
けれど、それでも溢れ出す感情を抑える事が出来ない。
そんなユトナを見遣りつつ、ロゼルタと言えばどうしたものかと眉をしかめるばかり。
何せ、彼女が何を思っているのか皆目見当がつかないからだ。
それでも、ユトナが苛ついている事だけは察するに余りある。
問題は、その苛立ちが何処からやってきているかだ。
「…何かありましたか? 随分と苛立っているように見えますが…」
「だから何もねーって言ってるだろ!」
「何も無いようには到底見えませんが…」
怒気を孕んだユトナの声色に、納得しがたい様子で眉をしかめるロゼルタ。
そして、不意に訪れる重苦しい沈黙。
数十秒程そんな沈黙が辺りを支配していたが、それを打ち破ったのはロゼルタであった。
「……それでしたら、今後私を探しに行かなくても良いように私の方で手配しておきましょう。それなら貴方も本来の騎士の任務に戻れる筈です。ですから、これからは私を探して花街まで来なくて構いませんよ」
「…は? 何言って…」
「それが貴方の望んでいる事では? 私に付き合わされて苛ついているのでしょう?」
「なっ…何でそーなるんだよ!?」
──違う。違うのに。そんな事が言いたかったんじゃなかったのに。
「思えば、私も貴方に甘え過ぎでしたね。貴方が迎えに来るのが当たり前の事だと何時の間にか錯覚してしまった」
「……っ、だから違う……」
「きゃあああああっ!!」
ユトナの声を掻き消すように辺りに響き渡る、女性の悲鳴。
尋常ではない何かを感じ取った2人は先程までのやり取りなど何処吹く風、すぐさま悲鳴が聞こえた方へと駆け出して行った。