「…寂しそう、だからかな」
◆◇◆
それからさらに数日後。
空の色が茜色から漆黒へと移ろいで行く時刻。
次第に街灯が街を照らし始め、花街が徐々に活気づいてくる時間でもある。
今日も今日とてユトナは上からの命令で放浪王子を探しに翻弄を強いられていた。
…とは言え大体彼が行きそうな所と言えば目星がついているし、何軒か店を回って漸く彼が居そうな場所を発見したユトナは、早速そこで張り込みをする事にした。
その場所と言えば、ロゼルタが贔屓にしている娼館。
早速彼の首に縄をつけて無理矢理にでも引っ張っていきたい所であるが、どうやら娼婦と会っている最中らしく、こればかりは仕方ないとロビーで待とうと結論付けた。
こうやってただひたすら誰かを待つという時間を持て余す作業はユトナの性に合わないようで、ソファに腰掛け落ち着きなく足をぶらぶらさせている。
「…ったくあの馬鹿王子、どんだけ待たせりゃ気が済むんだよむかつくー! 大体、オレはこんなんじゃなくてもっと魔物退治とかぐっと心が熱くなるような任務がやりてーってのに」
本来ユトナが期待していた騎士としての任務とはかけ離れた現状に、仕方ないとは思いつつも口からは愚痴が零れ落ちて止まる気配が無い。
そうしてぶつぶつ恨み節を呟いていると、不意に声を掛けられた。
「あら、こんにちは。アナタ、いつも眼帯のお兄さんの事迎えに来てる方よね?」
「へ? あーまぁそんな感じだな」
まさか声を掛けられるとは思っていなかったのか、驚いて目を見開きつつも反射的に声の主へと視線をずらすユトナ。
そこにはプラチナブロンドの長いウェーブの髪に赤いドレスを纏った、何とも情熱的な雰囲気を醸し出す娼婦の姿。
彼女が右目を指差しながらそう問いかけると、その人物がロゼルタであろう事を推測したユトナはこくこくと頷いて見せる。
「あの人なら出て来るまでもう少しかかるんじゃないかしら。あ~あ、アタシも時間が空いてればあの人のお相手したかったのに…残念」
娼婦は1人で一気にそう捲し立てると、ユトナからの返答も待たずに丁度空いていたユトナの隣の席に腰掛ける。
…と、そこで何か思いついたらしく、そういえば、と話を切り出す娼婦。
「あ、ねぇねぇあのお兄さん髪飾りつけてなかった?」
「え? さぁ…つけてたような気もするけどどうだっけか」
“髪飾り”という単語に、途端にユトナの顔つきが不機嫌そうに歪む。
ロゼルタが娼婦から貰った髪飾りをつけていたのは当然ユトナも知っているのだが、何故だか彼女はそれを素直に認めたくなくてわざと曖昧な表現をする。
すると、それを聞いた娼婦は嬉しそうにパッと顔を輝かせると、
「わぁ、やっぱりつけてくれてるのね~嬉しい! それで、アタシがプレゼントしたのよ」
「……っ、ふーん、そーなんだ」
何とも言えない表情を浮かべ、素っ気ない返答をするユトナ。
初めはチクリと胸を刺していた痛みが、今度はずきりと鈍い痛みへと変貌してゆく。
何故こんなにも痛みを伴うのか…心がざわめくのか、ユトナはその正体を知る由も無かった。
一方、そんなユトナの内心など露知らず楽しそうに会話を続ける。
「ねぇアナタ、あのお兄さんの知り合いなんでしょ? あの人彼女とかいるの?」
「さぁな、知らねーよ」
「そう、じゃあきっといないのね。それならアタシ狙っちゃおうかな~」
「……え? そ、それってどーいう意味だよ?」
娼婦の言葉にユトナの顔が引きつったまま固まってしまう。
しかし、何故ユトナがそんなリアクションを取るのか皆目見当がつかない娼婦はきょとんと首を傾げるばかり。
「どうもこうも、付き合いたいな~って話よ。こっちが押せば向こうも満更じゃないと思うのよね」
「なっ…ななな、止めた方がいいって絶対!」
「あら、どうして?」
「え? えーとそれは…だってほら、アイツ超性格悪いしヤな奴だし絶対やめた方がいいって、うん」
当事者ではない筈のユトナが何故だか人一倍動揺を見せると、あわあわと困惑しながらも一気にそう捲し立ててみせる。
何故こんなにも動揺するのか、本人も分かっていないようであったが。
「あら~そんな事無いわよ。あの人凄く優しいし」
「優しい…? アイツがか?」
到底同意出来ない内容に、思わず眉間に深々と皺を寄せるユトナ。
「大体、あんなヤツの何処がいいんだよ?」
ユトナの問いかけが予想外だったのか、娼婦は一瞬意外そうに目を丸くした後、考えを巡らせるように視線を彷徨わせ。
そして、何処か遠くを見つめながらポツリとこう呟いた。
「…寂しそう、だからかな。居場所を探しているように見えたから…何か、放っておけなくなっちゃって」
「…え、アイツが…? それってどーいう……」
「おや、何故貴方が此処に居るんです?」
ユトナの言葉を遮る様に不意に耳に飛来するのは、聞き覚えのある男性の声。
声のする方へと視線をずらせば、そこには若干不満そうに眉をしかめるロゼルタの姿があった。
「何でって誰のせいだと思ってんだよオマエがふらふらしてっからだろーが!」
「別に迎えに来て欲しいと頼んではいませんが」
「こっちだって好きで迎えに来てんじゃねーよ!」
開口一番、顔を合わせるなりマシンガンのような会話の応酬。
気ままなロゼルタの態度にいつもユトナはご立腹ではあるのだが、今日は特に虫の居所が悪いらしい。
永遠に続くかと思われたやり取りではあったが、予期せぬ乱入者によってそれはあっけなく崩壊した。
「あらお兄さん、今日も来てくれてたのね! 会いたかったわ~」
「おや、リナリアさんでしたか。ええ、贔屓にさせて貰っています」
「ねぇねぇ、これからアタシと如何?」
「流石に今日はこれで帰りますよ」
「え~そうなの? ざんねーん」
リナリアと呼ばれた先程の娼婦がわざとらしいくらいの猫なで声を出すと、色っぽくロゼルタにしなだれかかり上目遣いで彼を見上げる。
その一連の動作を何の迷いも無く自然且つ艶やかにやってのけてみせるのだから、流石夜の蝶といった所か。
一方、ロゼルタといえば満更でもない様子。
しかし、そんな2人のやり取りを不満げに見やる瞳があった。
「何時まで油売ってんだよさっさと帰るぞ!」
「なっ…何ですかいきなり?」
まるでロゼルタとリナリアの間を割って入る様に自分の身体を割り込ませると、呆気に取られる2人を無視しそのまま乱暴にロゼルタの腕を掴むとそのままずかずかと歩き出すユトナ。
そんな彼女の表情は苛立ちと焦りで歪み、烈火の如く燃え上がる怒りと自分でもどうして良いか分からず消え入りそうになる感情が混ざり合い奇妙な表情になっている。
一方、そんなユトナの異変を流石にロゼルタも察したのだろう、不満は漏らしつつも力任せに彼女の腕を振り払おうとはせず、されるがままに娼館を後にした。