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「お姉ちゃん、起きて!」
真旺の声がした。
私は朦朧とする意識の中、瞼を押し上げる。
「…な、に?」
起きたばかりで仕事をしない声帯で聞けば、
「仕事があるから起こせって言ったんじゃん。」
と、呆れた顔で言われる。
そうだっ。
私は飛び起きると、慌てて支度を始める。
何か夢を見ていた気がするが忘れた。
変な夢だった気はする。
そんな事を考えながら、とりあえず化粧を施した。
そして、パーマのかかった長い髪を耳の下らへんで二つに結わく。
いつも通りに仕上げ、私は菓子パンを片手に車に乗った。
私が助手席に座り、シートベルトをしたのを確認すると、真旺はエンジンをかけた。
「今日は何時に終わるの?」
真旺が私に聞く。
「んー、いつも通り。」
私はパンを頬張りながら答えた。
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数分で私の勤務先に着く。
真旺は、屋内型テーマパークの裏にある従業員用の出入り口の前に車を停めた。
「じゃあ、仕事が終わったら迎えに来るね。」
「うん。よろしくー。」
私が車から降りると、真旺は仕事場へと向かって行った。
真旺は、某大手食品会社のOLをしている。
…なんか面接が上手くいって、結構大きめの会社に勤める事が出来たらしい。
私は真旺の車が去って行くのを見た後、従業員用の薄汚れたドアを開けた。
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私は、可愛らしいワンピースの制服を着て、軽い足取りでステップを踏むように館内を巡回する。
アトラクションへの道を聞かれれば道案内。
具合の悪い人がいれば救護室へ。
お客様に話しかけられれば、可愛らしい妖精らしく受け答えをする。
…それが私の仕事。
このテーマパークでは、従業員1人1人に性格や癖などが細かく決められた役が与えられており、従業員はそのキャラクターを演じなければならない。
私は、無邪気な妖精。
性格は、子どもっぽくってイタズラ好き。でも、心優しく親切なのだ。
癖は、何か褒められたりして照れた時に、下唇をキュッと噛んで、パチパチっと瞬きをする事。
熱狂的なファン達は、従業員のキャラクターを全て知る事に精を出している。
そういう客に捕まると、性格だけでなく、癖を見つけ出すまで解放してもらえないから厄介だ。
私は、そんな事を心の中で考えながら、館内を飛び回るように巡回する。
子どもが手を振ってくれば、ニコリとあどけない笑みを見せて、ヒラヒラと手を振る。
館内は至っていつも通り。
3年目ともなれば、そつなく仕事をこなせるようになる。
上手く隙間時間を見つけては、妖精らしく木の木陰に立って歌を歌ったり、子ども達と輪になって踊ったりした。
そのあくまで仕事の一環にすぎない行為は、私のほのかな楽しみになっていた。
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そうして今日も“妖精”として愛想を振りまいている内に1日は終わり、私は真旺の車で家に帰る。
実家暮らしの私は、用意されている夕食を家族とたわいない世間話をしながら食べ、お風呂にゆっくり浸かり、その後着替えたり、歯を磨いたりして寝るのだ。
今日もいつも通りの順序ですべき事をし、寝ようと思ってベッドに入り、目を閉じた……。
…が、ここでスマホをマナーモード、もしくはお休みモードにしていない事に気付き、寝る準備万端で若干シャットダウンしつつあった脳を再起動させ、私はベッドの脇にあるスマホへと手を伸ばした。
パスワードを打ち込み、ロックを解除すると、メールの所に①と付いている。
…誰からのメールだろう。
返信が遅くなっては不味い内容かもしれない、と私は受信を確認する。
…楓真からだ。
意外な人物かのメールに、緊急かと思い、慌ててメールを読む。
内容は(楓真には失礼だが)どうでもいいようなもので。
返信は明日でもいいと判断し、お休みモードを設定すると、スマホをベッドの脇に置いた。
随分と会っていない幼なじみが向こうからメールしてくれた事に嬉しく思いながら、私は深い眠りに落ちた……。