あの頃は楽しかった…
と、何度思った事だろう。
過去に囚われてはいけない、と分かっていても、やはり“思い出”は美しい。
いくらかは、都合の良いように編集され、美化されているのだろうけど、あの日々が美しいのは、あの頃の自分が輝いているからなんだ。
あの希望と強い意思で満ちた黒い瞳は、いまや落ち着いた色になってしまったように思う。
…気のせいなのかもしれないし、きっと気のせいなんだろうけど。
でも、過去に囚われているからと言って、今がそれほど嫌な訳じゃない。
勤めたかったテーマパークの正社員になる事が出来たし、趣味で音楽活動も行っている。
ただ、何か物足りないのだ。
欲張りなのかもしれないし、無いモノねだりなのかもしれない。
平坦な毎日には、刺激が足りなくて、瞬きする間にも絶え間なく流れる時。
私がよそ見をしている時だって、一息ついている時だって、時は容赦せずに、流れ去るのだ。
…昔は、掛け替えのない“仲間”がいた。
そうそう何度も築けるような、簡単なモノじゃない。
アイツ等との関係性は、他の“友達”とはだいぶ質の違う、異質なモノだった。
兄弟と親友を混ぜて、割って、なんか足した感じで、正直よく分からない。
今でも、その関係は変わってないって、不変的なモノなんだって、信じたいけど…。
散り散りになってしまった今、アイツ等とは連絡も取っていない。
辛うじて、メアドは知っているけど、それは今にも切れそうな細い細い蜘蛛の糸のようなモノでしかない。
二度と訪れないあの頃に、いくら思いを寄せたって仕方がないって、理解していても、尚……。
そんな事を考えながら、私は眠りに落ちた……。
・・・・・
「礼杏!どこ行くんだよ?」
ズンズンと迷いなく、進んで行く私に、楓真は不安そうに声をかける。
「もっと先!ずーっと先。」
私は振り返って、そう答える。
私の少し後ろに楓真は突っ立っている。
「…戻ろうよ。」
楓真はそう言う。
「何で?」
私は、そう問う。
楓真は不安気な顔して、私を見る。
私は、対照的に自信と希望に満ちていた。
楓真は、無言のまま目で訴える。
…もうやめよう、と。
ふと、風が吹き抜けた。
風は、私の髪を後ろから撫で、消えていった。
「…ほら、行かないと。」
私は、そう言った。
…楓真は、動かない。
「行くよ。」
私は、歩き出す。
…もう、振り返らない。
迷いなどないから。
「俺も行く。」
と、恵斗の声がした。
私の足音に続いて、恵斗のものと思われる足音がする。
「私も。」
そう言って、後に続くのは麻都里の声。
「行くでしょ?」
と、麻都里が聞くのが聞こえた。
「もちろん。」
そう答えたのは、真旺だ。
私の足音3つの足音が続く。
「私も行く。」
「俺も行くよ。」
日菜里と、奏人の声がして、足音はまた増える。
「楓ちゃんも行くでしょ?」
日菜里がそう聞く。
「一緒に行こうよ。」
奏人もまた呼びかける。
「……わかった。行こう。」
そう言って、楓真の足音が最後に加わった。
小さな私は歩く。
振り返る事はない。
ただ、前を前を見て、先を先を目指す。
「礼杏ちゃんは、何がしたいわけ?」
恵斗がそう問いてくる。
「じゃあ、恵斗は何でついて来るの?」
私はそう返した。
「それは…………」