episode1 おはようございます
4月、入学してまだ1・2週間。
私はまだ「中学生」って実感がわいてない。
だけど毎朝、制服に腕を通すと、その時だけ、「私は中学生!」って思える。
今日も膝までのスカートのプリーツを気にしながら、
木製の階段をのろりと上る。
「おはよー!」
突然、上から声が降ってきた。
音楽プレーヤーを片手にイヤホンをいじりながら、私に眩しいくらいの笑顔を向ける、彼の名は、
「中津 祐介」。
私とは保育園からの付き合いである。
といっても、この中学校に通う1年~3年の生徒たちは転校してきた子以外は、保育園からの知り合いで、なんとなく名前も知っている。
中でも、彼、通称「ゆっくん」は1年生(私と同い年)にして、そのルックスと身長、性格から、全学年からモテモテなのである。
そんな王子様と地味な私、雨谷 春香がどうして仲がいいのか……。
それはよく聞かれるのだが、私自身もよくわからないのだ。
どうしてゆっくんはこんな奴と仲良くしてくれているのだろうか……。
それより……。
「ゆっくん、音楽プレーヤー持ち込み禁止だよ?」
「ん?いーのいーの!」
「いやいや、良くないでしょ!バレたらどうすんの?」
「もう、あめは真面目だなぁ……。絶対バレないから!先輩も何も言わねぇし、先生もユルいし?」
ったく、ゆっくんは怖いもの知らずだ。
「あめちゃん、ゆっくん!」
「ふわこちゃん!おはよーう!」「おはよう、ふわこ」
「おはよう」
今日も愛くるしい笑顔でふわふわオーラをまとっているのは、
「不破 奏」。
通称ふわこ・ふわこちゃん。
お母さんとお父さんが、男の子だと思い込んで奏という名前をつけたらしい。
女の子でもいけるし、ま、いっかー!ということで、そのまま奏でにしたんだって。
「あれ?ふわこちゃんリボンは?」
「ん?」
しばしの沈黙が流れる。
「あーーー!!!わ、忘れた……。あめちゃん、ゆっくん、城田さんとこ、ついてきて?」
「いいよ。行こっか」
城田 ななほ。
用務員で、体操服とか、リボンとか忘れたらここに来ると貸してくれる。
花壇の手入れとか色々してくれてる人。
すごく穏やかでまだ37歳なのにおばあちゃんみたいな性格してる。
みんなは城田さんって呼んでいる。
うちの中学校は、セーラー服。
4月だけど、まだ少し肌寒いから、ほとんどの生徒が制服の上にパーカーやカーディガンを羽織っている。
学校指定のはないから、みんなそれぞれのを着てる。
学校内でも着てもいいことになってるから、リボンを忘れる生徒は少なくないのだ。
私たちは、職員室の隣の隣、つまり、校長室の隣にある、狭い職員専用の通路を通って、突き当たりにある小さな部屋へ向かった。
「城田さーん!」
コンコンと木製のドアをノックする。
「はーい、どーぞー」
「失礼しまーす」
「おはよう。春香ちゃん、奏ちゃん、祐介くん」
「おはようございます!城田先生!」
「朝から元気ねぇ。で?あ、奏ちゃん、リボン忘れたんだ?」
「はい」ふわこちゃんが答える。
「はい、どーぞ」
城田さんは壁の棚から「リボン」と書かれた箱を取り出し、そこから真っ白なスカーフを取り出して、ふわこちゃんに結んであげた。
城田さんの結んだリボンはとても綺麗と評判だ。
「城田さん、ありがとー!」
「どういたしまし。」
「失礼しましたー」
用務員室を出ると、一人の先生と出くわした。
「先生おはよーございまーす」「はよーっす」「ざいます」
3人で軽く挨拶してそのときは通り過ぎてしまった。
だけど、数日後、私はこの先生に大変おかしな思いを抱かされてしまうのだった。