アメガフル……ふたたび
アメガフル……ルフガメア。
意味はないが、つい、そんなことを口走ってしまう。なんとなくだが、好きなフレーズになってしまった。なぜだろうね。きっと、私は不思議な魔法にかかってしまったのかもしれないな。
今日は雨かぁ。
もしかしたら、雨の魔法を見られるかもしれないなぁ。なんて予感がする。
雨だと憂鬱になる人のほうが多いかもしれない。けど、私は違う。ワクワクする。雨の日は、素敵な奇跡が起こるもんなんだ。
本当に?
私はそう思っている。
ならば、傘をさしてでかけようではないか。
もくもくの灰色の雲を見上げて、手を差し出す。
雨粒は、こんにちはと私のてのひらに挨拶の言葉をくれる。なんて健気な雨粒なんだろう。そうは思わないかい。
それに、雨粒たちは素敵なおくりものもくれるんだ。
私はそのおくりものを『雨粒たちの合唱』と呼んでいる。素敵なネーミングだろう。
いいかい、みんなにも聞かせてあげようじゃないか。
私は、強くも弱くもないちょうどいい雨脚の中へと傘をさし飛び出した。
ポツポツポツリン、ポツポツポツリン。
ほら、雨粒たちが歌いだしたぞ。
傘の上を雨粒たちが跳ね回り、ダンスもはじまる。
ポツポツポツリン、ポツポツポツリン。
傘のステージは、雨粒たちの晴れ舞台。雨だけど晴れ舞台。
耳をすませば、心地よい響きに心が躍る。私の心も晴れやかに。
ポツポツポツリン、ポツポツポツリン。
こんな素敵な雨粒たちの歌にダンスはないだろう。まるで、魔法にかかったみたいじゃないか。
雨は憂鬱なんかじゃないだろう。それどころか雨が好きになるだろう。
どうだい『雨粒たちの合唱』を気に入ってくれたかい。
あれ? いったい私は誰に話しかけているのだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。楽しいんだから、微笑んでしまうんだからそんな小さいことを考えたってしかたがないさ。
おや? なんだろう?
歌声が……聞こえるような?
雨粒たちの歌声じゃないぞ。なんだか楽しそうな歌声だ。
あっちのほうからかな?
私は、歌声の聞こえるほうへと歩みを進めた。
私以外にも雨を楽しんでいる人がいるみたいだな。歌声がだんだんはっきりとしていく。
女の子の声のようだ。
なんだかワクワクしてきたぞ。
『アメ アメ アメさん こんにちは
とおいおそらから こんにちは
アメ アメ アメさん あそぼうよ
ポツポツ パラパラ あそぼうよ
アメ アメ アメさん おどろうよ
ピチピチ チャプチャプ おどろうよ
わたしもいっしょに うたうから
アメ アメ アメさん うたおうよ』
楽しそうで面白そうな歌だなぁ。
私は、歌声に誘われていつの間にか公園に来ていた。
そこにいたのは、見覚えのある女の子。赤いレインコートを着たあの女の子。
そうあの子は、いっしょに雨宿りした女の子じゃないか。
そういえば、あのとき出会った子猫はどうしただろうか。
「あ! おじさんだぁ!」
女の子が私に気づいて駆け寄ってくる。なんてまぶいい笑顔をするんだろう。天使の微笑みとはこのことを言うんだろうな。
でも、こんな寂しい公園にひとりでいたのだろうか。この前も、ひとりだったけど。
お母さんは? お父さんは? おじいちゃんは? おばあちゃんは?
あたりを見ても誰もいない。ひとりぼっちなんだろうか?
それでも、女の子の笑顔はまぶしいものだった。
よほど雨が好きなんだろうな。歌を作っちゃうくらいなんだから。
「おじさん、元気だったぁ?」
「ああ、元気だったよ。それにしても、奇遇だね」
「え? きぐう?」
小首をかしげる女の子。それがまた可愛い。
「あのね、奇遇っていうのは……なんて説明したらいいのかなぁ。えっとね、うーん。思わぬところで会えると思ってなかった人にまた会えた、みたいな感じかなぁ」
「ふーん。そうかぁ。きっと、雨の魔法で会えたのかもね」
「そうだね」
思わず微笑んでしまった。
「あ、そうだ。おじさん、もうひとりいるんだよ」
ん? もうひとり? どこだろう?
あたりに目を向けてみたけど、目に映るのは、濡れたブランコにすべり台、シーソー。誰もいないけどなぁ。
「ふふふ、ここだよ」
レインコートにふくらみがあった。そこから「にゃ」と子猫が顔を出した。
「この間の子猫だね」
頷く女の子。
「アメちゃんだよ」
「え? アメちゃん?」
「可愛い名前でしょ」
「そうだね」
「あ!」
子猫が、突然、レインコートの中から飛び出して駆けていってしまった。と思ったら、ベンチ横のみずたまりへダイブ。
え? き、き・え・た……。
女の子も目を見開いて呆然と立ち尽くしている。笑顔も消えている。雨音だけが辺りを包み込み。その他の雑音が消されてしまったようで不思議な心持になった。
「アメちゃん……アメちゃん、どこ?」
女の子は、みずたまりのほうへ子猫を呼びながら泣きそうな顔をして近づいていった。
もしかしたら、奥の植え込みの中に隠れているかもしれない。ベンチの陰に隠れているのかもしれない。私も女の子のあとに続いて歩きゆく。
「え? ウソ……」
女の子がみずたまりの前でしゃがみ込んだ。
ウソだって?
どうしたのだろうか。みずたまりをみつめているようだが……?
恐る恐る私は、みずたまりを覗き込み、ハッと息を飲み込んだ。
子猫がみずたまりの中にいる。
いや、みずたまりの向こう側にいると言ったほうがいいのかもしれない。どういったら、わかりやすいだろうか。向こう側からこっちを覗き込んでいると言えばいいのだろうか。
対面している?
どういうことだ?
みずたまり、だよな。
いや、なにかがおかしい。違和感が……。
そ、そうか。向こう側は青空だ。なぜ? どうして? ありえないじゃないか。
女の子は私の顔をみつめ「これって……」と言いかけて言葉を飲み込んだ。
ありえないことだが、別世界への扉なのか?
あっちの世界とこっちの世界?
うーむ。
「にゃ」
子猫は確かに向こう側にいる。そこには、もう一匹猫がいた。子猫に似た猫が。優しそうな眼差しで子猫をみつめ身体をなめていた。もしかしたら、母親なのかもしれない。
とても嬉しそうじゃないか。
ふと、向こう側の世界へ行ってみたくなった。なんとなく素敵なことがありそうな気がして、気になりだすとどうしようもなく行きたくなった。
「ねぇ、えっと、おじさん、あっちに行ってみない?」
どうやら女の子も同じことを考えていたようだ。私はコクリと頷く。
そして、私は女の子と手を繋ぎ「せーの」のかけ声とともに、思い切ってみずたまりへ飛び込んだ。
ばしゃーん。
飛び散る水しぶきに、私と女の子の服が泥水で汚れただけだった。
向こう側へは行けなかった。
しかも、子猫の姿も向こう側に見えた青空も消え去っていた。
ポツリポツリと、雨粒が作り出す波紋がみずたまりに広がっては消えていく。みずたまりに映った私と女の子の顔と灰色の雲が妙に気持ちをしずませていく。
子猫がいなくなってしまった寂しさからそう感じたのかもしれない。ため息がもれた。
子猫は、本当にみずたまりの向こう側へ行ってしまったのだろうか?
子猫は、別世界の生き物だったのだろうか?
疑問はふくらむばかり。
雨の日は、不思議なことが起こるものだ。もしかしたら、雨粒は魔法の欠片なのかもしれない。私はふとそんなことを思った。でも、今日は……起こってほしくない魔法を運んできてしまったな。
大事な友達との別れをつれてきてしまうなんて。
女の子は涙を流していた。
悲しい、寂しい、辛い。けど、あの子猫の気持ちはどうなんだろう。
私は女の子の肩に手をおき、語りかけた。
「あのさ、子猫はお母さんと会えてうれしかったんじゃないのかな」
「え?」
私は女の子に微笑みかけた。
「これは、雨からの子猫のプレゼントだったのかもしれないよ」
女の子は、なにかを考え込むような顔をしていたが、私に顔を向け微笑んだ。
「そうだよね。きっと、そうだよね。だったら、泣いちゃダメだよね。喜ばなきゃね」
そして、女の子は、涙を拭いて歌いだした。
雨の歌を。
『アメ アメ アメさん こんにちは
とおいおそらから こんにちは
アメ アメ アメさん あそぼうよ
ポツポツ パラパラ あそぼうよ
アメ アメ アメさん おどろうよ
ピチピチ チャプチャプ おどろうよ
わたしもいっしょに うたうから
アメ アメ アメさん うたおうよ』
さっきの同じ歌なのに、ちょっとだけ寂しい感じに聞こえたのは気のせいだろうか。女の子の瞳も潤んでいる気がする。
それでも、これでよかったのだと信じよう。
またいつか、会える日を信じて……。
「アメガフル……」も是非読んでみてください。
読んでいただいた方、ありがとうございます。




