君へ続く道、あなたへ還る空。-2-
「どこかに……安心していた自分がいるんだろうな。千紗が自分の側から離れるはずはないって。それは幼少期から死ぬまでずっとそうなんだって。現実は、違ったわけだ」
白い息が青い空に霞んで消えた。もう春もそこまで来ているのに、この町は未だに冬化粧を落とさない。花も空も人も、ぬくもりが欲しいのに、春は来ない。生まれてからずっと過ごしてきた街で、春の訪れが遅いとわかっているのに、何故か今だけは、早く春が来ればいいと思った。
「結局、お前はどうしたい訳?」
「わからない。頭が混乱して、何も浮かばない。何を考えたらいい? 何したらいい? 教えてくれ吉明、自分はどうしたらいいんだ」
友人の、こんなにも打ちのめされた姿を、吉明は未だかつて見たことがない。こんなにも悩み、苦しみ、もがいている姿を見たことがない。圭成はそういう男だった。何に対しても臆することなく毅然と対応し、それが原因で時には危うい体験もさせられたが、総じて心の強い男だった。
それが今、一人の女の子に対して、おろおろと悩み、苦しんでいる。超人的だと思っていた友人に、ほんの少しの寂しさと、それまで以上の親近感を覚えた。
「実際さ、お前、千紗とどうなりたい訳? そもそも付き合ってんの?」
圭成の悩みを解決しない事には、友達も何もあったものではない。解決できなくとも、一緒に悩むことぐらいはできる。友人の悩みに力を貸せなくて、なぜ友と呼べるのか。吉明は決して良いとは言えない頭を全回転させて、小さくそう呟いた。
圭成と千紗が幼馴染なのは知っているが、そもそも恋人関係にあるのだろうか? という疑問。もし何もないというなら、圭成の悩みはすこしぶっ飛んでいるように思う。いくら幼馴染とはいえ、一生守るとはなかなか言えない。
圭成の人間性を鑑みるに、言いそうではあるが。
「付き合うというのが世間一般的に言う彼氏彼女なのならば、付き合っていない。が結婚する気だ、本気だ。子供も授かって明るく楽しい家族を築こうと思っている」
「いやいや待て待て。じゃあなにか、お前は好きだとか、付き合ってくれとか、千紗に言ってない訳?」
「そうだな」
「じゃあお前、あいつの気持ちは? 聞いたことあんのか?」
「ない。今までずっと一緒だったから、確認するまでもない」
頭を抱える吉明。ずれているとは思っていたが、ここまでとは。
「あのなぁ……お前がどんなに想っていて、好きだとしても。千紗が同じ想いじゃなきゃ、そりゃ今回の件みたいに離れるって選択肢も出てくるのは、当たり前じゃないか?」
不思議そうな顔の圭成に、頭を抱えつつも吉明は続ける。
「言葉に出さないで伝わる想いもあれば、言葉に出して伝わる想いもあるだろう」
「そうか……そうなのか」
なにかに納得いったような表情を浮かべしきりに頷く圭成。対照的に吉明は本当に分かったのか? という疑念を捨てきれず圭成を見つめてた。
寺の子だから、とまでは言わないが圭成はやはりどこかずれている。良い意味にも、悪い意味にも、無垢なのかもしれない。たまに遊びに行く圭成の家で合う両親はまともな、どちらかと言えば明るい優しい人達だった。なのに、何故ここまでずれた考えを持つようになったのか。今の吉明にはわからない。
「ありがとう吉明。それなら自分の行動は一つしかない」
さっきまでの曇り空はどこへやら、気分晴れやかな圭成は満面の笑みでそう告げる。
「一つって、なんだよ」
「決まってる。千紗に想いを告げにいく。それが自分の答えだ」
言うや否や颯爽と駆け出す圭成。あまりにも唐突な行動に声の一つも掛けられず、吉明は呆然とその後ろ姿を見送った。やがてため息一つつき、すでに小さくなりつつある愛すべき馬鹿の背中を追いかけ始める。
「ほんと、一途な奴だよお前は」