8.クライ・フォー・ザ・ムーン
『ボウズ、姐さん艦長はいるかい』
通信が入る。商船団のリーダーであるトマス・ニッカからである。宇宙孤児に多い、黒髪、黒目で、ガタイの良い、男くさい歴戦の船乗りといった風貌である。僕のことを「ボウズ」と呼ぶが、嫌な感じは受けない。たぶん同じ宇宙孤児としての愛称なのだと思う。
「ニッカ船長、作戦のことで質問かな?」
マリアは、艦長然とした態度で答える。
『ああ、あんたが寄こした小っこいのじゃ話にならん。これまでのようにボウズから連絡を受けた方がまだよかったぞ』
「それはすまない。これから私たちとあなた方の命がかかった作戦をやる。私たちは軍人とはいえ、まだヒヨっ子だ。自分たちだけ体よく逃げかねないと疑われてはいけないと考え、信頼の証として、副長をそちらに寄こしたのだ」
『そりゃまた、立派な言い訳を用意したな、姉ちゃん。正直言って、あの小っこいのが邪魔だったんだろ』
「…慧眼に感服する。いや、彼は能力も悪くないし、ことさら邪魔をするわけでもない。ただ、現時点では船乗りとして欠点が多すぎると思う。差別意識が強いのもその一つだ」
『なるほど。そりゃあ、あれかい。その辺をこっちで叩き直してやればいいのかい?』
「特別な指導までは結構だ。船乗りとして大事なものを見て学ばせてもらえればいい」
『それくらいなら、お安いご用だ。こっちも色々迷惑をかけてるが、あんたは嫌な顔一つせず対応してくれてるからな。』
「それは助かる。感謝申し上げる。」
『照れくさいから、感謝なんていらねえよ。で、ありゃあ、あんたの作戦かい?』
「いや、あんたが『ボウズ』と呼んでいるショーン・ヒルガ上級技術軍曹が立てたものだ」
『ほう。じゃあ、ボウズに聞くとするか』
僕は、改めて作戦の概要を説明する。
『なるほど。じゃあ、伏兵は、俺たち商船団を無傷で捕えたいってわけかい』
「ええ。その目的は不明ですが、これまで我が軍が商船団や輸送船の行方不明現場の検証を行った限りでは、現場の兵器使用の痕跡や艦の残骸がないことから、攻撃を受けていないと思われます。」
『と言うことは、素直に投降せざるを得ない状況に追い込まれたってこったな』
「おっしゃる通り、圧倒的な戦力で囲まれるなど逃げることができない状況に追い込まれた可能性が高いかと思います」
『なるほどな。で、敵への対策はあれでいいのか?』
「ええ、民間船であるあなたがたに戦う義務はありませんが、今回は特別にお願いせざるをえず、申し訳ありません」
『何をいってんだ。何もせず訳のわかんねえ敵に捕まるよりゃあ、抵抗するのが漢ってもんだろ?』
「うちの艦長は女ですがね」
『字がちげえよ。あの艦長も立派な漢だよ。ボウズから伝えといてくれ』
「それ、喜びますかね?伝えたことで、私が睨まれたら船長に謝罪と賠償を要求しますよ」
『それこそ自己責任ってやつよ。まあ、何にせよ姉ちゃんとボウズに命を預けるわ。よろしく頼むぜ』
「こちらこそ。この艦のことは気にせず、逃げ切ってください」
ニッカは破顔一笑し、立派な敬礼をして通信を打ち切った。
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僕はオペレーター席に戻り、ミミに話しかけた。
『ミミ。ミミ?』
『…マスターなんて、あの年増と修羅場になって刺されて死ねばいいもん』
『ミミ?!』
『勝手に置いてくんだもん。マスターなんて嫌い』
おお、そこはかとなくショックが大きい。娘に「パパ、嫌い」と言われたらこんな悲しい気持ちになるのか。
『ごめんね、ミミ。』
娘だったら、頭をなでたりするのだろうか。
『悲しい?頭なでる?』
『そういえば、考えたことが分かるんだよね。』
『うん。マスター、ミミに嫌いって言われて悲しい気持ちになったの?』
『そうだよ』
『うーん、そっか。じゃあ、今回は許してあげる』
PAIに許してもらう人間というのは、客観的に見てどうだろうか。…どう考えてもダメ人間だった。
『ありがと。そうそう、さっき敵が襲ってきてからの動きについて、分析してくれたんだよね』
『うん。マスター、見る?』
『うん、見せて』
分析された敵の情報―艦隊編成、光学兵器の出力、装甲の厚さ、乗艦員数がオペレーター席のディスプレイに表示される。大きな数値が並ぶ中、僕の目を惹いたものがある。
『乗艦員数が1?』
『うん。一人のパルスしか見えなかった』
『パルスが見えたの?』
『うん。マスターとこうやって会話してる時みたいに、パルスの流れが見えたよ』
『どこに?』
『うーんと…宇宙空間?』
言葉は理解できるが、内容が理解できない。少し、落ち着こう。
あの艦隊には1人しか人間がいなくて、パルスが宇宙空間で見えた…やっぱり分からないぞ。
ん?待てよ、そういえば、敵の動きは、マリアが我が軍の精鋭でさえできない動きと言っていた。どういうことだ?
我が軍にはどうしてできない?
人間には行動限界があるからだ。AIによる自動化がなされているとはいえ、オペレートするのは人間であり、人間が命令を受けてからの反応速度の遅延、ミスを恐れての緊張によるエラーなどが行動限界を決定づける。訓練によって慣れることでできる限り早くなるが、上限はある。
なるほど、人間の行動限界を超えた艦隊運動、そして、乗艦員数。見える脳電磁パルス。僕の中で仮説が組み上がる。
『ねえ、ミミ?』
『なあに?マスター』
『ミミって、もしかしたら僕の脳電磁パルスがミミに伝わるのを邪魔することできるの?』
『うん、できるよ?』
『どうやるの?』
『うーんとね……』
僕の仮説が正しければ、僕にしかできないやり方で、敵と戦うことができるかもしれない。戦いの高揚感とは違った、よりよいプログラミングを発見した時のような快い緊張がみなぎる。
『ミミ、今から言うことをやっておいてくれる?とても大事なことなんだ』
『うん、いいよ、マスター。あ、でも』
『どうしたの?』
『マスター、お願いがあるんだけど』
『何?』
PAIにおねだりされる僕。字面だけみるとヘンタイそのものである。
『うんとね、すぐにでなくてもいいんだけど。ミミ、身体がほしいなあ』
それは無い物ねだりというものだ。しかし、僕は科学者を目指す者だ。あきらめれば、そこに科学の発展はない。試合終了なのだ。
『うん。僕の持てる力を注いで、ミミに身体を用意するよ』
僕の運命は、こうして決定づけられた。
拙いお話を読んでいただきありがとうございました。