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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第1章 宇宙孤児の憂鬱
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7.論理的帰結では、戦場で生き残ることはできない。

「艦長、ショーン・ヒルガ上級技術軍曹、出頭いたしました」


 僕は、駆け出し士官丸出しの敬礼をする。マリアも敬礼で応えるが、どうも僕のそれとは似て非なる慣れた所作だと思う。

「ご苦労さま。ブリーフィングを始めるわ。そこに掛けて」


 椅子が競り上がる。テーブルをはさんで僕の向かい側には、副長と砲術長が座っている。どちらも戦術研究科生の先輩で、マリアが率いるチームのメンバーである。年上に囲まれ、まじまじと見られると居心地がよくない。しかも、副長であるカール・スワミノフ先輩は、僕がここにいるのがどうしても納得できないらしく、忌々しそうな表情で僕を睨んでいた。イケメンに睨まれてもうれしくないなあと思ってその左に座る砲術長を見る。砲術長は、ウェーブのかかった黒髪が特徴的で、たおやかな笑みを浮かべている女性だ。名前は確か、ベルタ・アダルベルト先輩だったはずだ。この微笑みに魅了される男性は多いのだろう。しかし、僕は、彼女が見た目通りではないことを知っている。何せマリアと行動をともにしているのだ。推して知るべしということだ。カールのことを「雰囲気だけのキモいナルシスト」だの、「出身惑星の重力が重すぎて、背丈も×××も極小」だの、同じ男性として聞くに堪えない悪口を微笑みながら言っていた。そして、そこにカールが現れても悪口を続けるような人だ。僕だって、知らないところでなんて言われているか分からない。


「艦長、我々は3人チームで、彼はあくまでサポート要員です。決定のみ伝えればそれで足りるのではありませんか?」

カールがマリアに言う。マリアは、それに答えず、笑みを浮かべて僕を見る。

「艦長、スワミノフ副長のおっしゃる通りです。先輩方の訓練ですし、私は控えていた方が宜しいかと思いますが」

僕は、仕方なしにカールの提案を後押しする。そもそも訓練の当事者扱いされるのは遠慮したいし、マリアが提案することにろくなことはない。君子危うきに近づかずと養母も言っていた。

「まあまあ、この艦に人間は4人しかいないですし、彼を邪魔者扱いするのはいけませんわ。」

ベルタが逆のことを言う。それは、要らないフォローです、先輩。

「俺は、邪魔者扱いなどしていない。実地訓練のことを考えて提案しただけだ」

「まあ、そうでしたの?艦長をスト―キングしたり、舐めるように艦長の足やら腰やら胸やらを見ることもあなたの実地訓練ですのね」

詩を読むのに適した美しい声なのに、内容はひどい悪口だ。

「な!」

カールは赤く固まる。先輩、安い挑発に乗らないで下さいよって、反論しねえのかよこの人。「ぐぬぬ…」じゃねえよ。

「…まあ、私が必要と思ったので呼んだまでだ。さて、ショーン、現状の報告をしてくれる?」

「分かりました。さて、目的地ですが」

コンソールを叩くと、各自の前に仮想ディスプレイが現れる。

「この先、商船団を保護できる安全宙域と言えば、トラディカ星系のみです。燃料の関係で超光速航行は1回しかできないからです。少なくとも追手は来ていませんが、時間がかかれば追手が来ると考えて間違いないと思います」

「おい、我が軍は、カイル少将は、簡単には負けないぞ」

「ええ、副長のおっしゃるとおりです。カイル少将は歴戦の名将ですし、簡単に負けないと思います。ただ、あれだけの兵力差です。我々を遠くまで逃がしたうえで、離脱を図るのではないでしょうか」

「ふんっ…宇宙孤児の機械屋に何が分かる」

できる限り刺激しないようにしてるつもりなのだが、何を言ってもダメらしい。背丈も心も小さい人だと思う。

「背丈も心も小さい人は放っておくとして、私もカイル少将が逃げるとは思わないけど」

ベルタがカールの悪口を言いながら、質問する。僕はマリアを見る。マリアが僕に先を促した。

「ええ、確かに。おっしゃることは分かります。しかし、そもそも私たちが今、率いていている商船団をカイル少将のような名将が1000隻余りの艦隊を連れて護衛すること自体がおかしいとは思いませんか?」

「宇宙海賊対策にきまってるじゃないか。貴様はバカか」

「そうなんです。副長の言うとおり、『宇宙海賊対策』です」

「なるほどね。分かったわ。それならカイル少将たちは、頃合いを見て離脱するわね」

うなずくベルタ。マリアもうなずいている。カールは、彼女らを見て焦り、自分も分かったようにうなずく。

 つまりは、護衛艦隊というよりは、敵状視察がカイル少将の主な任務なのだろう。ある程度戦って、戦力や艦隊編成などの情報を持ち帰るのが主たる目的とすれば、頃合いを見て離脱するはずである。


「話を戻します。できる限り最短でトラディカ星系にたどり着くためには、我々が今入りかけているメディニカ星系を抜けてから、超光速航行を行うことになります。」

「すぐに超光速航行に入ってはダメなのかしら。」

ベルタが聞く。

「それは、技術的な側面から推奨しません。恒星系内は、重力場が安定していないので超光速航行のリスクが格段に上がります。今回は民間船を率いていますので、リスクは避けるべきかと思います。」

「で、メディニカ星系を抜けるルートは限られていて、そこに伏兵がいる。というわけね、ショーン」

「はい。艦長のおっしゃる通りです」

「伏兵?!か、艦長、どうしてそんなことが分かるんです?」

「脳みそまで小さいなんて、神様はなんて不公平なんでしょう」

ベルタ先輩は、たぶんドSなのだ。

「うるさい!…そこの宇宙孤児、貴様も分かってないだろう」

「私は、ショーンからさっきプライベート通信で教わったのよ」

「な!…貴様、任務中に艦長とプライベート通信なんかしやがって、帰還したら報告してやる」

「私、見てたけど、マリアからかけてたわよ。報告するとマリアが訓告をくらうと思うけど」

「ぐぬぬ…」

カール先輩しっかりしてください。本当に「ぐぬぬ…」じゃねえよ。成績はいいはずなんだけどな、この人。


 マリアが指摘したとおり、メディニカ星系を抜けるルートは限られている。それは、補給基地を襲われたため、エネルギーの補給が十分にできなかったことが原因である。我々は最短ルートで進まなければ星系を抜けられないのだ。そして、その最短ルートには、伏兵をひそめるには絶好の小惑星帯を抜けなければならない。八方ふさがり。負けが決定しているようなものだ。敵ながらあっ晴れだなあと僕は思う。


「で、問題は対策ね。副長、今ショーンから状況とルートについて説明を受けたけど、対策はある?」

マリアは、カールに話を振る。

「…小惑星帯を突っ切るルートは狭いですがトンネルというわけではなさそうですし、曲がりくねっているわけでもないようです。なので、伏兵がいると分かっていても、最大速度で一気に突っ切るしかないと思います。幸い、この艦も商船団もアシは早いですので」


 カールの対策はスタンダードであり、悪くない。欠点は、論理的に考えて誰もが行きつく結論であることだ。敵はここまで戦略的に追い詰めてきているのだ。僕らが生き残るためには、誰もが行きつく結論にひとひねり加えて、敵の裏をかくことが必要なのだと僕は思う。


「ショーン、あなたの対策は?」

「基本的に、副長の作戦しかないと思います」

カールは、少し安堵の表情を浮かべる。

「基本的にということは、例外があるのかしら?」

ベルタが聞く。

「もちろん、基本以外の作戦はあると思います。たとえば、できる限りち密な計算をして星系内で超光速航行をするとか、漂流覚悟で遠回りするとか。でも、その場合、一か八かの賭けになると思いますので、推奨しません。私が考えるのは、副長の示された基本策に一工夫をするということです。」


カールが何か言いたい様子だったが、マリアが目で制する。僕は、作戦の基本概要を説明した。


「さすが、悪辣な宇宙海賊を演じてマリアを追い詰めただけはありますわね」

「やめてください、ベルタ先輩。あまり思い出したくない過去なんですから」

僕がマリアに目をつけられ、こうして戦場まで出てくる破目になったきっかけなのだ。あのテストを休んでいれば、僕は平穏無事な生活を送っていられたのだ。


「ショーンの言った作戦で行くことにするわ。それと、副長に商船団の船長たちへの作戦説明及び商船団の旗艦操船補助を命じます。」

「わ、私がですか?!」

「そうよ。あなたは、操船が得意だったでしょ。この作戦は、商船団が無事あの小惑星帯を抜けないといけない。操船次第で、作戦の成否が決まる。あなたの力にかかっていると言っても過言ではないわ」

「は、はい!謹んで拝命します」

カールは意気揚々と連絡艇に向かっていった。


 安い男だとベルタが声を出さずにつぶやいていた。

 マリアは単にカールに面倒事を押しつけたに違いないと僕は思った。商船団の操舵手これくらいの操舵はお手のものだろうし、歴戦の船乗りの中に飛び込んで、彼にできることはほとんどないと思えたからだ。


「これくらいの作戦は、マリア先輩なら考えついていたはずですが」

「ええ。でも、ショーンに負ける前なら思いついてなかったわね。たぶん、カールの言った作戦でやって、かろうじてこの艦だけ生き延びる。そんな感じだったと思うわ。」

「いやいや、それはないでしょう」

急にマリアが自嘲的に言うので、僕は思わず否定した。それに、あのときも今回も僕というよりは、ミミが考えた作戦なのだ。


「あらあら。邪魔者がいなくなった途端に、お熱いことですねえ」

ベルタが言う。ベルタが、この会話のどこにそんあ要素を見つけたのか分からないが、明確に否定しておこう。こんな性格がひん曲がって1回転したような女と恋人に見られるのは御免被る。

「ベルタ先輩の邪推ですからね、それ」

マリアを見ると、なぜか不機嫌そうに目をそらされた。女性はよくわからないと改めて思った。

拙いお話を読んでいただきありがとうございました。

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