A-16.詐欺師の笑顔と慈母の微笑み
「なるほど…… では、現第一執政官に命を狙われているというのは具体的にどんなことがあったのですか?」
まるで尋問だなとショーンは思う。子ども相手なのだからもう少し柔らかい口調で尋ねるべきなのだろうが、相手がVIPなので、そうもいかず、やりにくいことこの上ない。
「うぅぅ……」
アレクシス王子は、耐えきれず目にいっぱい涙を浮かべて何かに耐えながら、上目づかいでショーンを見ている。ショーンにとっては、心外この上ないが、客観的に見てショーンがいたいけな子どもをいじめているようにしか見えない。実際のところ、この子相手に手厳しい言葉をかの恐ろしい口調で放っていたのだ。鬼畜の所業と罵られても仕方ない。
「疑ってるわけじゃないんだ。どんなことがあってこれからどうしようと思ってるのか聞かせてもらいたいんだ。そうすれば殿下に協力できるかもしれないから、ね? 怖い思いさせてごめんね」
ショーンは、ミミに話しかけるときのように限りなく優しく話しかける。
「グスッ…… うん……」
アレクシス王子は、手で涙をぬぐう。なんという健気さだろうか。
「この1年で2回誘拐されかけたんです。1回目は、夜中にいきなり男の人たちが入ってきて、どこかに連れていかれました」
「どうやって逃げられたの?」
「こういうときは、とにかく泣いたりしちゃダメって姉に言われてて、助けを待ってたんです。そしたらごつい軍人さんが助けに来てくれたんです」
「そう、あなたの味方の軍人さんたちもいたんだ」
「違います。その人、一人でした」
「そ、そう」
ショーンは、一人でテロ組織を壊滅する古典映画のシリーズを思い出した。その主人公は、最後に必ず全てを爆破し、その炎をバックに歩いてくるのが名シーンとなっている。
「2回目は?」
「公式行事の時に、政庁で連れ去られました。ボクを人質にしたテロだったみたいでした」
「裏で叔父さんが関わっていたとか?」
「いいえ。叔父は見向きもしなかったのです」
「どういうこと?」
「テロリストたちは、私の生命と引き換えに、政治犯の釈放を求めていました。叔父は、これを機会に、まだ公職にあった父の部下を全員排除したのです。もちろん、証拠などありません。テロを扇動した罪ということで大半が逮捕されました」
「それで、君はどうなったの?」
「テロリストはこれを非難して、その報復としてボクが殺されることになりましたが、あの一人の軍人さんに助けられました」
「また!?」
「ええ。テロリストは彼によって殲滅されました」
ショーンは頭を抱える。どうしても、顔の濃い俳優しか思い浮かばない。
「その人の名前は?」
「わかりません。ただ『お前のピンチには駆けつけてやる』と言って去っていきました」
「そ、そう…… まあ、いいや。それで?」
ショーンは、個人的な興味は尽きなかったが、追求をあきらめる。
「ボクは、自分の命が叔父に政治的に利用され、これからも必要とあらば僕の命を道具として使うだろうと思いました。それで、姉の残した手紙の暗号を何とか解いて、開けたのです。僕の味方は、誰も側にいなくなってしまったので」
「なるほど、そうでしたか……」
アレクシス王子の話を聞きながら、ショーンの頭の中でいくつかの疑問が首をもたげていた。
――そもそもチャールズは期限付きの仮王に過ぎない。それを自ら宣言したことで国民の信を得たはずだ。チャールズが一端の政治的センスを持っているならば、アレクシスの身辺に気をつけないはずがない。たとえアレクシスが病死をしたとしても、毒殺を疑われるような立場だ。王制であれ、独裁制であれ、その正統性に疑問符がついて国民の信を失った王が倒されないはずはない。
確かに、既に把握している情報からしても、チャールズは国民の信をずいぶんと失っているようだ。チャールズが次に打つ手は、外敵を討つしかない状況にまで来ている。恐怖政治を行うデメリットは、不満の芽を全て刈り取ることが不可能なことにある。いかなる圧政であっても、いや、圧政であるからこそ、不満の芽は大きくなっていく。これまで人類の歴史の中で幾多の圧政が行われたが、その末路は悲惨という一言に尽きる。チャールズは、そこまで愚かな人物なのだろうか?
アレクシスの話の真偽は、今確かめようがない。ミミと交信できる術さえあればいいのだが―――
「君が、本当にアレクシス殿下かどうか、僕には確証がない」
アレクシス王子がそれを聞いてシュンとうなだれる。
「ただ、君の師匠であるメリル・サンディを助けることについては協力ができるかもしれない」
アレクシスは、顔を上げて目を輝かせる。
「そこで、殿下。僕と取引しましょう」
ショーンは笑顔でそう言ったが、その台詞のせいでどう良く見ても詐欺師の表情にしか見えなかった。
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「ヒルガ大尉の心配したとおりになっちゃたわ」
エリーザが一人つぶやく。エリーザは、ショーンの指示どおり、ショーンが半日を超えて帰還しないことを受け、ローラの安全を最優先して宇宙刑務所を離脱していた。スムーズに離脱できたのは、ミミがショーンの指示通りに、最適な退路を検討し、緊急発艦の準備をしていたからである。
エリーザは、ショーンを演出対象として非常に興味深く思っている。期待以上の働きをしてくれるので、ドS心がうずくのである。しかし、本業である軍人としてのショーンを目の当たりにして、「宇宙艦隊のマスコットキャラ」のときなど比べ物にならないある種の輝きを放っていると、彼女の本業であるジャーナリストらしからぬ情緒的な感想を持った。
『まったく、なんでマスターじゃなくこんなヘンタイ女といっしょにいなくちゃいけないの!』
目の前の仮想ディスプレイにミミのホログラミングフィギュアが立ち現れて、文句を言う。声は、耳に付いた疎通器具から直接脳に響く。
「だ、誰がヘンタイよ」
『マスターをいじめて喜ぶなんて絶対に許さないんだから!』
ミミがエリーザを指さして言う。
「わ、わかってるわよ。ほどほどにするわよ」
『ほどほどでもダメ!』
「考えておくわ。まったく、こんなAI初めてだわ。あ、そうだ。ミミちゃん」
『何?』
不機嫌さを隠さずにミミが聞く。腕組みをしてエリーザを睨みつけるその態度は、ものすごく横柄である。
「中間基地に定期状況報告を……」
『すでにやりました』
ミミはくい気味にそう言うと、そっぽを向いてしまった。どうやらこのAIは、本当にショーンのことが大好きらしいとエリーザは思う。英雄ショーンを追い込むことを仕事にしているエリーザはどうやら嫌われてしまったようだ。
「ローラ、どうしたの?」
ふと隣が明るいような気がして右を見る。少女の銀髪が輝いていた。ローラが音もなく部屋に入ってきて、いつの間にかエリーザの隣にいたのである。オフの時の彼女の気配のなさは、いつものことであり、エリーザはもはや驚かなくなっている。
「ミミ」
ローラがミミに向かって話しかける。
「ミミ………… ミリィ……ウィリム」
エリーザは、ローラがささやくようにつぶやいた言葉がなじみのない言語であることに気づく。メディット語だ。エリーザは頭の中で変換してみた。エリーザの聞き間違いでなければ、ローラは確かに「私の妹」と言った。エリーザは、ローラがミミをを妹分のように思っているのかと考えたが、ローラの表情を見て、それは大きな間違いであると気づかされた。
オフのときには不機嫌さ表す以外の表情をしないローラが、目に涙をためて慈しむような微笑みを浮かべていたのである。




