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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第1章 宇宙孤児の憂鬱
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5.愛情を持って育ててきたのに、非行に走りそうな娘を見て、僕は不謹慎にもそれもかわいいなと思った。

マリアに聞こえるはずはないのだが、僕とミミは、こんな会話を交わしていた。

『マスター、大変なことになっちゃったね。あの年増女のせいで』

『年増って、いつの間にそんな言葉をおぼえたの?!』

娘の非行は、愛情不足が原因と言われる。僕は、さらに愛情をかけてミミを育てようと決意した。

『ミミが用意したこの作戦なら絶対に勝てるよ。』

僕の眼前に、作戦の概要が示される。僕がかけている《マルチグラス》に映っているのだ。

『ええと…うわぁ。これは悪辣だな』

僕は、そんな感想を述べた。ミミが提案した作戦は、確かに戦術シミュレーションで負けない方法としては最適と思ったが、どう考えても正規軍がやる作戦ではなかった。

『あくらつって?』

『とても意地悪だっていうことだよ』

『意地悪しちゃだめだった?』

ミミは、シュンとした声を出す。

『いや、ミミは一番いい作戦を立てたんだよ。心配しないで。うん、これで行こう。そうすれば、僕は奴隷にならなくて済むし、あの先輩も面目が保たれると思うからね』

 

 僕らの戦いを観戦しようと集まってきた人々をみれば、どうやらマリーベル・フォーゲルト先輩、通称マリアには、熱烈な支持者がいるようだ。僕が徹底的に悪役を演じれば、卑怯な手段をとられたから負けたと思ってもらえるだろう。そうすれば、僕が勝っても、少なくともマリアの評価は下がることはない。僕への敵意や関心を減らすのは別に方法を考えればいいだろう。


 こうして僕は、「宇宙海賊」を演じることにした。


 ミミが戦場に選んだアルワナ小惑星域を、マリアと同様に僕もこの時まで知らなかった。不思議なことに、ミミには、膨大な数の恒星系の地理データが、最初から頭に入っている様子なのだ。僕が教えた知識でなく、ミミが自分で学習したデータベースでもない(そもそも、恒星系の地理データは一部しか公開されていない。)ので、そう考えるしかなかった。ミミを公にできないのは、僕にヘンタイだとかロリコンだとかの不名誉な評価が与えられる恐れだけではなく、僕にもよくわかっていない秘密がミミにありそうだからなのだ。


 アルワナ小惑星域は、恒星アルワナを中心とした星系にある。恒星アルワナは老年期終盤を迎え弱い光を放っている。かつて周囲を公転していた惑星の大小さまざまな残骸が、帯状に広がり今なお主星の周りを公転し続けている。恒星アルワナと小惑星域の間に布陣すれば、外部からの侵入経路が限られる。小惑星域はその帯の外に向かうほど残骸の密度は薄く、中心に行くほど密度は濃い。最も密度の濃い中心部ですら相当広く、ここを回避してこちらまでたどり着くのには、ゲーム内時間で1日かかり、それだけで時間制限に引っ掛かる。それゆえ、敵艦隊が攻めてくるとすれば、残骸の隙間を縫う狭い天然のトンネルをくぐってくるしかない。突撃と速攻を得意とする敵艦隊にとっては、厄介な布陣となるはずだ。


 マリアが驚いたのは、僕の艦隊の編成である。通常、1個艦隊の編成においては、軽量級から重量級の巡洋艦が主力となる。そして、分艦隊指揮に巡洋戦艦を割り当て、部隊指揮に軽量級戦艦を割り当てる。あとは、火力と機動力のバランスによって、重量級戦艦の割り当てを決めるのである。僕は、巡洋艦の編成を全く変えた。通常、2500隻ほど割り当てる軽量巡洋艦を外して、工作艦と輸送艦に割り当てたのだ。工作艦は、機雷敷設、惑星降下など特殊作戦用の艦であり、輸送艦は、非戦闘要員や物資を輸送するための光学兵器を搭載していない艦である。火力を考えれば、僕は勝利など絶対に望めないはずと考えるだろう。


 開始直前30秒間、相手の艦隊編成が見れる仕様になっている。マリアは不審に思ったはずだが、歴戦の猛者であっても、30秒間考えたところで、艦隊編成のみでこちらの作戦を読むことはできないだろう。マリアは、眉根を寄せて考えている様子だった。やがて、開戦の合図が出され、僕の人としての尊厳がかかった戦いが開始された。明らかにけんかをふっかけられた側の僕が悪役を演じざるをないところが釈然としなかったが、これしか方法がなかった。


―――――――――――――――――


 開戦の合図を聞くやいなや、マリアは、艦隊を密度の薄い方形陣から、素早く陣形を再編し始めた。それはそれは、見事な艦隊運動だった。ゲーム内時間で1時間ほどで、横につぶれた半球陣に再編成をしたのだ。


『さすが、戦術研究科生の中でトップスピードを誇るだけのことはあるね。じゃあ、ミミ』

『小惑星帯のどの部分に砲火が集中するかを計算するんだよね?』

『そのとおりだ。僕の指示がなくてもミミはひとりでできそうだね』

『嫌!マスターがおしゃべりしてくれないと嫌だもん。……計算完了したよ。』

かわいい。報告が丁寧語じゃなくなっているのが特に。娘にメロメロな父親はこんな感じだろうか。

『じゃあ、次はアレを動かそう』

『はい、マスター』


マリア艦隊が動く。速攻である。砲火を集中させるのに最も効果的な場所に最大戦速で移動する。

「撃て!」


マリアは、艦隊指揮官よろしく、号令をかける。


 光学兵器は、実際の戦場では目に見えないらしいが、戦術シミュレーションは便宜上光の筋が描かれる。半球陣から一斉に放たれた光の筋が束になり、小惑星帯の1点に集中する。

小惑星帯に穴が開く。


「第二射、撃て!」


 早い。おそらく普通の人は、照準を定め直すのに時間を要するだろう。それをしないということは、マリアが何手先もの指示を考えているということだ。


 再度、半球陣から光の束がさっきよりも奥をめがけて放たれる。時間制限がある中では、この戦術しかないのだ。しかし、マリアは無駄がなく、早い。たくさんの小惑星を吹き飛ばし、トンネルを穿つ。


「ビー!ビー!マリア・フォーゲルト、ペナルティです。5分間行動不能になります。」

機械的な音声が響いた


「え?!……何?非戦闘艦の撃沈?どういうこと!」

マリアは叫ぶ。僕は、混乱しても気品のある人はいるんだなあとぼんやりそんな事を思った。


「僕の艦隊の輸送艦が、先輩の艦隊の射程距離内で白旗を上げて、救難信号を発していたはずです。」

「そんなバカなことってある?教官、ルール違反ではなくて?」

教官に対して堂々たる態度のマリア。

「いや、ルールにはある。艦隊戦シミュレーションでは使わないが。」

「そもそもルールにないことはできないようになっているはずですよ、先輩。」

「く!」

5分のペナルティ、ゲーム時間内では2時間余り浪費することになる。残りは20時間弱となる。



『どうやら、同じことを恐れて速攻と突撃はあきらめてくれそうだね。』

『あの狭いトンネルを通ってもらわないと、いけないですもんね、マスター』

『そうだね。じゃあ、白旗と救難信号は相手の射程内に入ったら出すように設定して。』

『もうやっておいたよ。次のも用意する?マスター』

『そうだね。時間を見計らってやってくれる?』

『はい、マスター!』


 5分のペナルティを終え、艦隊を再編する。予想通り、縦列陣を組み、小惑星帯のトンネルを抜ける作戦に切り替えたようだ。しかし、早い。予想よりもはるかに速い。チラッとマリアに目をやると、異常な集中力でキーを叩いていた。


1時間も経たないうちに、縦列陣を完成させ、小惑星帯に突入した。本当に無駄のない陣形である。基本に忠実なのだが、少しでも前後の距離を縮めようとやや円柱に近い形になるように組まれており、芸術的とすら思える。


 トンネル内には、マリア艦隊が加速するタイミングを計算し、その直前に救難信号を発する輸送船団を何重にも配している。ちなみに僕は何もやっていない。ミミがやった計算である。


「くっ、悪辣ね」

マリアが思わず漏らす。

「宇宙海賊にとってはほめ言葉です、先輩」

『くくっ、あの年増悔しがってるね、マスター』

明るく、悪口を言うミミ。そんな娘に育てた覚えはありません。

いや、今僕は、悪役で、戦闘員を乗せた艦を盾にするなど朝飯前なのだ。ミミも悪役に徹しているだけだと思う。そう思いたい。

 

 マリア艦隊は、手際良く輸送船を救助しトンネル内を進む。それでも、これが10回を超えるころには、マリアのイライラも頂点に達していた。


『そろそろ、敵も強硬策に出るはずだ』

『うん、もうタイミングは計算して、次のもやっておきました!』

『本当にすごいね。ミミは』

自分が育てているPAIをほめたたえるなんてゆがんだナルシシズムだと自分でも思う。でも、本当に出来がいいのだ、この娘は。


 1つの場所で救助を求める輸送艦の数を、進むごとにどんどん増えるように配置している。マリアが、今出会っているのは、その場所の上から下までを埋め尽くすほどの数の輸送艦だろう。ここで、変化が起きた。マリアが軽量巡洋艦を前に出し、輸送艦に低速で体当たりをさせ、道を空ける作戦に切り替えたのだ。これだけ同じ策で邪魔をされると、誰でもさすがに焦る。陣形を崩してでも早く進みたいとの欲望には、さすがのマリアもかなわなかったようだ。しかし、焦りは、冷静さを失わせ、観察眼を曇らせる。


 この先、輸送艦は、これまでの半分ほどの距離ごとに現れる。しかし、違いはそれだけではない。輸送艦に物資輸送用のポッドが艦下部に結わえつけられている。また、輸送艦自体に、最低限のシステム維持用しか燃料が残されていないのも特徴である。救難信号の内容もそのことを伝える内容に変化しているのだが、マリアは気づくだろうか。


 結論からいえば、気付かなかった様子である。軽量巡洋艦に低速で体当たりをさせ、道を空けて先を急ぐ。間隔をおかずに出てくる輸送艦、先を急ぐために、空ける道の幅は狭くなっていく。だんだん隊列が伸びていく。


『今だ!』

『はい!マスター』


 僕の指示、いや、ミミの指示で、物資輸送用ポッドに取り付けられている自動エンジンが一斉に火を噴いた。一気に全力でブーストする。当然輸送艦は、それにつられて進もうとする。しかし、ポッドが結わえつけられており、姿勢制御も十分でない各輸送艦は別々の方向に進もうとする。輸送艦同士がぶつかる。全力でブーストしているエンジンに輸送艦がぶつかる。コントロールを失った輸送艦がマリア艦隊にぶつかる。狭いトンネルの中で多重事故が起きた。あちこちで爆発が起きる。マリア艦隊は、この策によって、四分五裂に分断されてしまった。


「ビー!ビー!マリア・フォーゲルト、ペナルティです。5分間行動不能になります。」


「何でよ!」

憤怒の声を上げるマリア。

「いや、救難信号を無視した結果ですよ、先輩。輸送艦はちゃんと情報提供していたはずです。姿勢制御用の十分な燃料もないって。」

「くっ…」


 ペナルティが終わり、トンネル内の混乱も収まるころ、マリア艦隊の実働艦数は半減していた。


 気がつけば、ゲーム終了まであと5時間になっていた。


拙いお話を読んでいただきありがとうございました。

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