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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
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B-12.見えない敗北に気づく者

 第二惑星にあるメディット星系政府外商部事務所の統括書記官室では、機密文書に目を通した男が、目を閉じて考え込んでいた。


 彼が目を通した機密文書は、シャダックからの報告だった。第三惑星衛星基地でマリーベル・フォーゲルトが拘束されたことを知らせてきたのである。シャダックは、マリアの扱いについて彼に相談したい旨を書いてきていた。文面の向こうに下種な発想が見え隠れする。


(これは罠だ。しかも巧妙な類の。これに乗れば自由を拘束され、乗らなくてもマジェッタの利権は失われる)


 男は事態を正確に見通していたと言ってよい。もちろん、シャダックが彼を騙そうとしているわけではない。そんな知恵があるわけがない。そもそも、彼がマリアのマジェッタ星系からの排除を提案しても、その意図を正確に把握せず、現場からの排除しか為し得ないような連中なのだ。連中は、まんまとマリアの罠にはまったのだろう。今からそれを指摘しても、もはや修正の時間はない。


 そのとき、仮想ディスプレイから無機質な音声が流れ、もう一通文書が届いたことが知らされる。第三惑星のメディット外商部事務所からの報告だった。男は、その文書を一読すると、すぐさま執務室を出る。


(やはり、あの小娘が我が国の高官を摘発した時点で大失点だったのだ。戦略をすぐさま変更するぐらいしなければいけなかった。それが無理でも、あの小娘をこの星系から排除できていたなら、こんなことにはならなかっただろうに)


 男は後悔の念を抱きながら上司の部屋に急いだ。


「失礼いたします。局長、緊急事態です」

男は返事も待たずに上司の部屋に入る。秘書が慌てて身だしなみを整えて足早に出ていった。自分の上司に対して、ただの下司(げす)だと男は思う。

「ああ、ダニエル。何かね?」

局長と呼ばれた恰幅の良い白髪の男が少し気まずそうに執務机に座り直す。

「惑星連盟が本星系から我々を排除しようとするとの予測は報告しておりましたが、早くも現実の危機となりました」

ダニエルと呼ばれた男は、直立不動の姿勢で上司に相対している。体格は中肉中背であるが、中年と言うよりは壮年と表現できる筋肉質な体つきで、肌は浅黒く、ブラウンの髪の毛を角刈りにしていた。そして何より特徴的なのは、グレーのスーツに身を包んでいるが、露出しているありとあらゆる部分に無数の傷跡が見えていることだ。ダニエルは身分的には外交官だが、メディット星系政府外商部付の武官なのである。


 局長は、無言で先を促す。


「先方からミカイル・トラバーツがマリーベル・フォーゲルトの身柄を拘束したとの情報がもたらされました」

「何? それはまことか?」

「少なくとも先方にとっては真実でしょう」

「……ということは、違うということを言いたいのだな」

「あの小娘が仕掛けた罠と考えられます」

「ふむ。しかし、真実だった場合には余りに惜しいぞ」

「……何が惜しいのです?」

ダニエル・ジーロは、その目に鋭い光をたたえる。ダニエルには、こんな下司ばかりだから、ろくに戦略を進められないのだという苦々しい思いがあった。自らの国が主権を維持できるかどうかの瀬戸際で個人の利益を考えていること自体、彼にとっては唾棄すべきものなのだ。幾多の戦場をくぐりぬけてきた男の無言の威嚇は、のうのうと利権をむさぼってきただけの局長を圧倒した。

「いや、しかし、あの小娘を排除しようと提案したのは、君ではないか」

額に汗を滲ませて局長は言い訳をする。

「確かにそのとおりです。しかし、先方はこちらの言い分を聞かず、排除を徹底しなかった。連中があの小娘に身柄を拘束されるのは時間の問題です」

「な、なぜそんなことが分かる」

「私は、信頼できる部下を第三惑星に残して、定期連絡をさせていました。あの小娘が第三惑星衛星基地に到着した辺りからジャミングが強く、定期連絡は途絶えていましたが、ちょうど先ほど連絡がありました」

「ならば、やはりあの小娘に何かあったと考えるべきだろう」

「問題はその文面です。項目Tについてご覧ください」

「ふむ、『異変あり。EがCによって捕獲された模様』か。やはり、敵であるあの小娘が協力者であるトラバーツによって身柄を確保されたということではないか」

「私は、定期連絡にそのような報告を求めていません。項目T、つまり目標についてはどのような場合も白紙で報告するように徹底しています。目標に変化があれば、逐次、高度に暗号化された緊急連絡で行っています。それが、緊急連絡がなく定期連絡で項目Tが記載されてきた。このこと自体に意味があるのです」

「どういうことだ?」

「私の部下が緊急連絡ができない状況下に置かれたことを意味します。つまり、第三惑星の事務所があの小娘に押えられたのでしょう。定期連絡の文面も監視下で記載させられたものと考えれば、項目Tに記載があったことと辻褄が合います」

「そ、それは、我が国の主権を侵害する行為ではないか」

「そうです。ただし、それは平時にのみ通用する論理です。惑星連盟宇宙艦隊の士官が明確な意図をもってやっているとなると、惑星連盟自体が我が国と一戦交える覚悟の上でと見るべきでしょう。まあ、惑星連盟も言い訳ぐらいは用意していると思いますがね」

「……なんということだ」


 血の気が引いた顔で頭を抱える局長。ダニエルは、自分の進言を悉く拒否し、利権を貪ることだけにしか興味を持たなかった局長の自業自得であると、心の中では見放していた。しかし、このままでは部下や自分の身すら危ういのだ。嘆くのは後にしてほしいと思う。


「……本国に報告して指示を」

「まだ悠長なことを言うのか!」

ダニエルが一喝する。第三惑星の事務所が押えられた今、ここを押さえに来るのは時間の問題である。この期に及んでダニエルらにできることは、忌々しいことに迅速な撤退だけなのだ。局長は金魚のように口をパクパクとさせている。

「いいですか、局長。今は緊急事態です。あなたの仕事は、迅速に非公表情報を抹消してここを撤収すると指示を出すことです」

ダニエルは、上司に強面の顔を近づけながら言い聞かせる。局長は、ただ肯きを繰り返しただけだった。


 ダニエルは、もっと早くこの方法を採っておくべきだったと後悔した。


――――――――――


 高速輸送艦が第二惑星を飛び立った。乗り組んだメディット星系政府外商部の面々には、眼下に黒い煙を上げる彼らの事務所が見えた。ダニエルは、侵入者に対する最終手段として事務所に自爆設備を設置していたが、マリアらが万が一トラップに気付いて解除する可能性を考え、飛び立った後すぐに事務所を自爆させたのである。通常は、データさえ消去すればいいので、ここまでする必要はない。しかし、彼らが数々の脱法行為を見逃し、煽り、時に主導してきたことを考えれば、物証につながりかねないものを残すわけにはいかなかった。


 ダニエルは、艦橋のモニターで第二惑星の様子を確認していた。そうしながら、第二、第三惑星に置いてきた同胞のことを考える。多くの同胞を見捨てて、無事に帰れる保証もない出立をするというのは、完全に負け戦の体である。確かに、一戦も交えてはいないが、戦略的撤退に追い込まれたことを考えればそのとおりだった。しかし、まだ完敗は喫していない。


 ダニエルは、たとえ絶望的な確率であっても自分の全能力をかけて、部下たちを本国へ送り届けることだけは、あの小娘に邪魔をさせるまいと強く決意した。

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