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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
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A-11.思いがけぬ仕組まれた再会

 ショーンが地下駐車場に戻ると、マネージャー役を務めたエリーザが待っていた。車に乗り込む。この1週間で、車に乗り込む動作だけはうまくなったのではないかとショーンは思った。


「エリーザさん、様々ありがとうございました。あなたのお陰で何とかヴァレンヌ市民から石を投げられずに済みました」

ショーンは隣に座るエリーザにお礼を言う。明日には、新たなミッションのためにヴァレンヌを離れねばならない。あとは、ホテルに戻るだけだ。今回のエリーザのマネージャー業務もこれが最後だろうと考えたのだ。

「……英雄ショーン、あなたは謙虚な方だと各方面評判ですが、単に鈍感なだけですね」

エリーザは突然、冷徹な言葉をショーンに浴びせる。

「色んな人からよく言われるよ」

右手で頬を掻きながらショーンは言う。

「ええ、そうでしょう。私の目から見て、大尉は宇宙艦隊の広告塔として完璧な仕事をなさいました。私はかなり無理な注文をたくさんしましたが、それに全て応えていただきました。もっと誇るべきかと思います」

エリーザは、不機嫌そうに言う。

 

 車は、宇宙艦隊統合作戦本部ビルを出て、市街地に向かう。ビルを出る際に、週刊誌のカメラマンらしき人物がこちらにカメラを向けているのが見えた。ご苦労なことだとショーンは思う。会釈をしておく。


「うーん、なんと言ったらいいのかな。……僕だってその時点で自分の持てる力は出し切って仕事をしているという自負はあります。だからといって、客観的に見て自分がやるべきことを十分にできたという実感がないんですよ。もっと良い方法があったはずだと考えてしまうんです。人がどう評価しようがね。褒められ慣れてないのかな?」

ショーンは、思うところを正直に話す。

「それじゃ、幸せにはなれませんよ、大尉」

「それもマリア先輩から言われたなあ。でもね、エリーザさん。宇宙孤児という存在はね、自分のルーツを知らない人が多いんですよ。自分のルーツを知らないというのはとても怖いことなんです。自分が望まれて生まれてきたのかどうか、そこが分からないんだから。育ての親から愛情をもって育ててもらった僕でさえ、ときどき怖くなるんですよ。自分は生きていても良いのだろうか、存在することで誰かが迷惑をこうむっているのかもしれないってね。だから、自分が幸せになるというイメージが貧困なんですよ」


 宇宙孤児に刹那的な生き方をする者が多いことは周知の事実である。軍や商船団で常に死と隣り合わせの危険な任務を引き受ける者が多いからとまことしやかに言われる。ショーンの考えは少し違う。無重力という地に足がつかない場所で生きていること、そして、自分のルーツを知らないことの二重の根無し草状態ゆえなのではないだろうかと思う。ミドリが言っていたように宇宙空間で人が生きることは過酷なのだ。


「……申し訳ありませんでした。知った風な口を利いてしまいました」

エリーザは陳謝する。力いっぱい握り締めた拳から、心から後悔しているのがショーンには分かった。同じ人間という視点で放った言葉が、かえってショーンが宇宙孤児という悲劇的存在であるということを浮き彫りにしたことに対する後悔だろう。ここでショーンの発言を否定して表面的に慰めたりせず謝罪するのが、エリーザの誠実さと賢明さなのだろうとショーンは思った。

「いやいや、良いんですよ。エリーザさんが僕の為を思っておっしゃったのは分かっていますから」

ショーンは微笑んでそう言った。


 エリーザはショーンが背負っている悲劇の大きさを垣間見た気がした。それと同時に、このショーン・ヒルガという若者が奇跡的なバランスでポジティブに生きていることに感動すら覚えた。


 車はトンネルの中を走り抜けていく。


-----------


 車がホテルに到着する。通常、滞在するホテルは階級によって全く違う。しかし、ショーンは、将官が滞在に利用するホテルに宿泊していた。それは、ショーンが特別扱いされていることを表すのではなく、単にセキュリティ上の問題だった。尉官クラスのホテルでは、マスコミの攻勢を防げなかったのである。


 正面玄関からホテルに入る。1階は、レストランやカフェ、高級品店などがテナントとして入っている。ショーンは、柔らかな絨毯を踏みしめてエレベーターホールに向かう。後ろから何かが勢いよく迫る気配がしてショーンは振り返る。


「兄さん!」


 少女が叫んで、飛びついてきた。迫っていることに気づいていなければ、その勢いでしりもちをついていたに違いない。飛びついてきた少女は、ミドリだった。フラッシュがたかれる。いつの間にか、報道陣に囲まれていた。


(ミドリとエリーザにしてやられた)


 ショーンは、そう思った。抱きついて胸に顔をうずめるミドリ。久々に再会した兄に抱きついてきた妹に対して兄はどう接するべきだろうか。とりあえず、頭をなでることにする。


「元気だったか?」

「うん」


 声をかければ離れてくれると思ったが、さらに力を込めて抱きついてくるミドリ。絶対あとでミミに文句を言われる。いや、確実に拗ねる。明日の朝はゆっくりでいいのが救いだった。報道陣から質問を浴びせられる。よく聞かれる「今のお気持ちは?」というやつだ。びっくりしたに決まっているが、報道陣はこの質問にどう答えれば満足するのだろうか?


「報道陣の皆さんは、そこまでよ」

「感動の再会の場面を、無粋な質問で壊すのはやめてくださる?」


エレベーターホールから2人の女性の声が聞こえる。


 ミドリの雇い主であり、マリアの母でもあるソフィア・フォーゲルトともう一人はたおやかな笑みを浮かべる似非お淑やかお嬢様ことベルタ・アダルベルトだった。ショーンはベルタから自然と目をそらす。目を合わせると、考えがばれてしまうような気がしたのだ。


 二人の介入で、報道陣の囲いから脱出できた。


「お久しぶりです。フォーゲルト先生、ベルタ先輩」

「あなたの活躍は色んな方面から聞いているわ。ここで立ち話もあれだから、話しやすいところに行きましょう」

ソフィアは穏やかな笑みを浮かべて言う。


 ショーンはソフィアについていく。


「今のミドリとの再会、マリアが見たら何て言うかしら」

左隣に来たベルタは、一言目から恐ろしいことを言う。右隣は、腕を組んでミドリが歩く。

「微笑ましい兄妹の再会と言って……くれないでしょうね」


 ベルタのたおやかな笑みが深くなる。ショーンは、ベルタが自分が困るのを本当に楽しんでいるのが厄介であると改めて思い、ため息をひとつついた。


------------


「宇宙刑務所に行くらしいわね」

ソフィアが切り出した。


 ショーンたちがやってきたのは、このホテルのスイートルームである。ちょうど応接室(応接セットなどというレベルではなかった)がついており、話合いにちょうど言いということらしい。一泊で、1ヶ月の俸給が軽く飛んでしまうような額だと聞いて、ショーンは急に落ち着かなくなる。


「ええ。ミッションを受けまして」

「なんかたくさんミッションを受けたみたいね、それだけじゃなくて。あの人を後で懲らしめておくわ」


 部下に指令を与えただけで、奥さんに絞られる参謀総長に思わず同情する。


「いえいえ、私が適任ということでしょうから。でも、フォーゲルト先生の方こそたいへんなのでは?」

「今回は、条件が揃っているから軍事委員会の委員を説得するのは、特に難しくないわ。優秀な秘書もできたし」


 その優秀な秘書は、ショーンの右腕に抱きついており、そこには優秀さのかけらも見当たらないのだが。


「失礼なことを考えておるようだの。私にかかれば、頑なに拒否する頑固議員がいても一瞬で賛成側に回るぞ」

「おいおい、その無茶な能力で惑星連盟をかき回すようなことはやめてくれ。フォーゲルト先生なら、どんな人とでも渡り合えるんだから」

「知っておるわ。まったくつまらん」


 そういってミドリはショーンの右の手のひらを爪で引っかく。くすぐったいような痛みが走る。


「それ、やめろって」

ショーンは抗議の声を上げる。ミドリはそれに満足したかのようにまた、右腕に頭をぐりぐり押し付ける作業に戻る。


「今のやり取りもマリアに報告したほうがよさそうですわね」

「勘弁してくださいよ、ベルタ先輩。ところで、先輩はどうしてヴァレンヌに?」

「私にもミッションが与えられましたの」

「そうですか。ちなみにどんなものですか?」

「あなたの後釜ですわ。もちろん、それだけではありませんけど」


 ベルタは、メディット方面分艦隊の駐留艦隊所属になったらしい。ショーンは、心強く思った。


「それだけではないということは、アレも一緒に駐留艦隊に配備されるということですか?」

「そうなの。期待していてよろしくてよ」

ベルタはそう言って、さわやかに微笑む。普段のたおやかな微笑みでないベルタをほとんど見たことがなかったショーンは、まじまじと見てしまう。

「そんなに見られますと、妊娠してしまいますわ」

「ありえません!」


 ショーンは久々に大声でツッコミをいれた。ソフィアも、ミドリも、ベルタも顔がほころぶ。ショーンもつられて一緒に笑う。


 ともあれこれでピースが揃った。きれいな絵が完成するかは未知数だが、自分がやるべきはちゃんとパズルを完成させる作業だとショーンは思った。

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