A-10.ランチタイム・リスペクト
ショーンが作戦会議室を退出すると、後ろから軍服を着ていても軍人とは思えない雰囲気の優男が追いかけてきた。
「ヒルガ大尉!」
「何でしょう」
ショーンは立ち止まって振り返る。
「一緒にランチでもどうだい? お昼まだだろ?」
優男は、ショーンの肩に手を乗せて言う。ショーンは、突然のなれなれしい態度に少し驚いたが、見た目が30代で、少佐で、参謀という情報から、優男の正体を割り出し、その態度に納得した。なにせ特異な経歴の持ち主である。この優男は、広告代理店から転身したアレクサンダー・アットウェル少佐だった。
「ええ。奢りですよね? アットウェル少佐」
ショーンは少し人の悪い笑みを浮かべて言う。
「そりゃあ、もちろん。大尉の昇進祝いだ。喜んで奢らせてもらうよ」
アットウェルも言い淀むことなく答える。
「では、僭越ながらご一緒させていただきます」
ショーンは、心中では微塵も思っていない言葉を紡いだ。
アットウェルは社交辞令を気にするそぶりもなく、ショーンを促して歩き始めた。ショーンは、アットウェルの先導を受けながら、宇宙艦隊統合作戦本部ビルという不向きな場所で食事をするのは2回目になることを思い出した。
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「今回の帰星はどうだい?」
アットウェルが話題を振る。二人は、高級士官専用レストランの個室にいる。アットウェルは仔牛のフィレステーキがメインのランチセットを、ショーンは白身魚のパイ包み焼きをメインとしたお勧めセットを注文した。
「お陰さまで、息をつく暇すらありませんでした」
ショーンは満面の笑顔で皮肉を言う。
「僕のせいだって言うの?」
ニヤニヤと表現するのが適切な笑顔で、アットウェルが応じる。
「ええ、とある広報担当参謀殿が、宇宙孤児の英雄とは名ばかりの薄給の少尉に給料以上の仕事をさせようと提案した所為だととある方から聞きましたが」
「情報の出所は、エリーザだな?」
ニヤニヤ笑顔がアットウェルのポーカーフェイスらしい。
「ソースは明かさないのがセオリーでは?」
「建前ではね」
アットウェルはニヤニヤ笑顔からニヤニヤニヤニヤ笑顔に変えた。
給仕が料理をワゴンに乗せて運んできた。このレストランでは、ランチもコース料理として出してもらえるのだろうが、アットウェルがそれを断った。店員の出入りを避けたいという意図だろう。テーブルに所狭しと料理が並んでいく。食欲をそそる香りが部屋を満たした。
アットウェルは給仕が出て行ってしばらく間をおいてから、話を切り出した。
「それで、君を食事に誘った本題なんだが」
「ええ」
「……君の正体は一体何だい?」
アットウェルはニヤニヤ笑顔をやめ、真剣な表情で問いかけた。
「ご質問の意図がよくわかりません」
ショーンの声も自然と固くなる。
「まあ、そうだよな。幸い時間はまだある。食事をしながらゆっくり話そうじゃないか」
アットウェルは、表情をニヤニヤ笑顔に戻して言った。
アットウェルはスープから片付けにかかった。ショーンは、厄介な話になりそうだと思いながらも、せっかくの奢りのランチを逃す手はなく、空腹を満たしにかかる。
「いや、別に君の正体を暴いて君をどうにかしてやろうとかそういうのじゃない。軍事的才能には、天才と呼ばれるものがあるのも知っている。君が天才ならそれはそれで構わないんだが、君にはそれ以上の秘密があるんじゃないかと、僕の元マスコミ人としての勘が言うんだよ」
アットウェルはそう言って、パンを細かくちぎって口に運ぶ。
「はあ。ただ、人間だれしも秘密があるものではないでしょうか?」
ショーンは、無駄だと知りつつ一般論で返す。
「うん、そうだ。確かにそうだ。でも、そのレベルではないんだ」
「どのような水準でのお話でしょうか?」
ショーンは白身魚に手をつける。サクサクっとしたパイ生地に簡単にナイフが入る。さすが高級士官専用レストランというところだろうか。料理すべてに小さな驚きがある。これはやはり本来コースで楽しむべきなのだろう。
「さっきの司令部の面々と君とのやりとりは、自分でも意外だったが、見ていて興奮してしまった。普通、司令部と一士官というのは、格差が大きすぎる。当然、握っている情報量が違うからね」
「そうですね」
ショーンは相槌を打つものの、意識は白身魚に向いている。パイの中で程よく蒸し焼きになった白身魚には旨味が凝縮され、ソースなしでも十分に美味しいのではないかとショーンは思う。
「だから、全体的な戦略の中での指令の意味なんか、指令を受けた側は認識していないことが多い。その認識がなくても、指令をちゃんとこなしてくれればいいわけだし」
アットウェルは、肉にナイフを入れる。切るのに全くどんな力も要らないような柔らかさである。どんな下ごしらえをすればこれほど柔らかいステーキができるのだろうかとショーンは思う。
「でも、君は違った。今回、君に与えられた指令のうち幾つかは、与えられれば誰しもそれが重要な任務だということは分かるけど、それがどんな戦略的意味を持つのかは到底分からない類のものだ。にもかかわらず、君はその意味を正確に理解していたし、それだけでなく、成功、あるいは失敗した場合の影響について、司令部が予測していなかった側面を指摘すらした」
「私は、現場にいたので、独自の情報を持っていたにすぎないと思いますが」
「いや、それだけではあのような予測には到達しえない。僕だって情報を扱うプロの自負はある。その僕の目で見ても、君の戦略眼は非常に稀有なものだ」
「そうでしょうか?」
「ああ。戦略を立てるには、まず情報を収集し、取捨選択する。取捨選択するためには、その基準が確立していなければならない。つまり、本質を的確に見抜く才能がいるが、これは然して珍しい才能じゃあない。そして情報を分析して、解釈する。ここまでは訓練次第で一定のレベルには到達できる。でも、分析や解釈を現実に適用して結果を予測し、修正することが最も難しい。だから、参謀室には多数のスタッフがいて、知恵を出しあう仕組みになっている。それを一人の新米士官が凌駕したわけだ。情報を扱うプロとしては、信じられない出来事なんだよ」
アットウェルは肉を口に運ぶのも忘れて語っている。ショーンは、なんともったいないことをと気が気でない。
「あの艦隊戦にしてもそうだ。今回、広報課が全面協力してあの艦隊戦の再現映像を作った。それをテレビ番組で流した結果、君の作戦を芸術的と評する人も多かった。でも、あの作戦の本質はそんなところにはない」
「……と申しますと」
「正確な情報の収集とそれに基づく予測。予測を現実化する綿密な下準備。本質はその見事さにある。正直言って、新たに編成された艦隊があんな作戦を取れること自体、宇宙戦史上の非常識と言っていいくらいだ」
「はあ。ありがとうございます」
アットウェルはナプキンで口許をぬぐう。ショーンはもう1つパンを食べようかどうしようか迷う。
「そういう意味で、だ。もう一度聞くが、君は一体何者だ?」
「……一番最初とご質問が少し変わっておられますが、ごく普通の宇宙孤児出身の新米士官としか言いようがありません。そんなことは既にお調べになっているでしょう? 私としては、あの作戦も、今回のことも、特別なことをしたという意識はありません。ただ、広範囲に迅速に情報を収集しただけですし……」
「なるほど…… まあ、今日はこのくらいでいいか。とにかく、僕は君に興味がある。僕がマスコミの世界から軍人に転身したのも、時代の変わり目を直接この目で見たかったからだ。いや、時代の変化を一緒に引き起こしたかったからかもしれないな。今日、その中心にいるべき人物の一人をついに見つけた思いだよ」
「少佐の買い被りですよ。買い被るのはご自由ですけど、あとで後悔なさっても私は責任持ちませんからね」
「いや、優秀な君にできないことが、僕にはできるからそんな事態にはならないさ」
「僕にできないことなんて山ほどありますが、それってちなみに何ですか?」
「情報を操作することだ」
アットウェルはニヤニヤ三割増しで笑った。
ショーンは、マリアに目をつけられた時に走った悪寒をこの時にも感じた。




