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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
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B-4.見えざる敵との戦い

 マリアは、今回の出撃命令を受けた時のことを思い出して、怒りが再燃する。今考えれば、よく、目の前の豚、ではなく、豚のような上司を殴りそうになる衝動を見事に抑えたものである。ショーンがこの場面を目撃していたら、目を擦って確かめたかもしれない。


――――――――

 

 マリアは、中隊が駐留する第二惑星衛星基地から上司の呼出しに応じるため、マジェッタ星系外縁にある補給基地を訪れていた。


「御苦労、フォーゲルト中尉」


 豚のようなとマリアが形容したとおり、マリアの直属の上司であるシン・ウェクスラー少佐は、尋常ではない肥え方をしていた。廊下から自らの執務室に入るのさえ苦労するのではないかという巨体である。しかも、脂ぎった中年男性にもかかわらず、声はなぜか甲高い。


 マリアは、この上司に対して同じ空気を吸うのも嫌なくらい生理的嫌悪感を持っていた。しかし、マリアはそれを少しも出さず、むしろ微笑みを浮かべてこの豚のような上司に相対していた。マリアにしてみれば嘲笑の笑みなのだが。


「いやはや、困ったことが起きてな。第3惑星ジョイラックのことは知っているか?」

「確か、ミカイル・トラバーツ大尉がご担当でしたね。アーマンド・トレンス准尉がそちらに転属した関係で、一度お会いしましたが」


 マリアは、ミカイル・トラバーツの嫌味な顔を思い出した。ミカイルは「ライオット・スターズ」の一員だったウィレム・トラバーツ少元帥を曽祖父に持つ名門の出身である。ことさらにそれを鼻にかけていることが一言も言葉を交わさないうちに立ち居振る舞いから分かってしまい、トレンスの今後の苦労に同情したことを思い出した。


「そうなのだ。その、トレンス准尉が反乱を起こしたのだ。トラバーツ大尉を人質に、第三惑星の衛星基地に立てこもっておる」


「……トレンス准尉が?」


 マリアには、信じがたいことだった。一瞬耳を疑い、聞き返しかけたが、辛うじてそれを思いとどまった。


「ああ。何を血迷ったかは知らないが、宇宙孤児の待遇改善を求めて籠城しているらしい。まあ、あやつも所詮宇宙孤児だったということだ。親を知らぬ者は、恩も知らないというのは本当らしいな」

ウェクスラ―は笑う。甲高い声なので耳に響く。

「……証拠はあるのでしょうか?」

マリアは、固めた拳を隠し、努めて冷静にそう質問した。


 マリアにとって、宇宙孤児についてバカにするのは、ショーンをバカにするのと同じなのである。そもそもマリアは宇宙孤児に対する差別意識を嫌悪していたが、ショーンと出会ってからは、目の前で差別意識をひけらかす奴らに、片端から悪質ないたずらを仕掛け、辱めてきたマリアである。今が雌伏の時と思っていなければ、少佐に深い心の傷を刻むくらいは仕出かしただろう。


「現場から離脱してこちらに帰投した者が3人おる」

ウェクスラ―は、そんな危機にあるとは知らずに答える。


 名前を聞けば、そのうち2人はトラバーツの直属の部下でマリアも面識がある。もう1人は、面識がないが、どうやら第三惑星でマリアと同じ職務に当たっている少尉らしい。


「少佐、私がここに呼ばれた理由は、その反乱に関係しているということですか?」

「そのとおりだ。君は察しがいいな。マリーベル・フォーゲルト中尉、君には、元部下の反乱を鎮圧してもらいたい」

「……わかりました。ただ、少佐、一つよろしいですか?」

「何かね?」

「私が反乱鎮圧に向かう間、現在の業務はどうすればよろしいかと思いまして」

「それは、私に任せてもらおう。それに、君はこの間の軍功で中尉に昇進したのだ。どのみち現在の業務を誰かに引き継がねばならん」

「……なるほど。了解いたしました」


 マリアは、少し思うところがあったが、ここでこれ以上の議論をしても仕方がないと考えた。


「では、改めて辞令を申し渡す。マリーベル・フォーゲルト中尉、貴官を当方面分艦隊所属憲兵隊特別部隊長に命ずる」

ウェクスラ―が、甲高い声で言い渡した。

「……マリーベル・フォーゲルト、拝命いたします」


 マリアは、甲高いウェクスラ―の声が緊張によってか一層高くなり、一瞬笑いそうになったが、辛うじてそれをこらえた。


――――――――――――


 マリアは少佐の部屋を出て、ひとり考えながら廊下を歩く。


 今回の事案については、納得のいかない部分が多すぎる。


 トレンスはどう考えても、自ら反乱を起こすような人物ではない。マリアがともに仕事をする中で見た限り、部下に対して寛容で「おじいちゃん軍曹」と慕われている。その一方で、悪事に対する強い怒りを持っており、悪に対しては絶対に屈しない、そういう人物である。彼なら、自らの境遇に対する不満が仮にあったとしても、そんなことはおくびにも出さないだろう。仮に部下が理不尽な処遇を受けたとすれば、ありとあらゆる手段でその部下を守り抜くに違いない。そんな彼が、反乱の首謀者だという。宇宙孤児の待遇改善を訴えるのに、彼が嫌悪する悪事を以てするだろうか?にもかかわらず、彼が首謀者である反乱が実際に起こっているということは、そこには、欠けたピースが存在するはずだ。


 そして、反乱の鎮圧にマリアを抜擢したことも引っ掛かる。風俗船の摘発によって、トレンスは昇進を果たし、栄転と言えば聞こえはいいが、長年にわたって指揮してきた部隊を離れざるを得なかった。その影響は大きく、マリアはトレンスの担っていた職務を、他の上級軍曹たちに分担させた上で、事務処理を見直し、人材も抜擢した。しかし、風俗船摘発の事後処理もあり、正直なところ、まだマリアがいなければ回らない状況だ。マリアは、当然そのような状況も詳細に報告している。それにもかかわらず、今回の辞令である。マリアが今現場を抜ければ、第二惑星衛星基地の機能は間違いなくザルになる。


 第二惑星衛星基地の機能がザルになって喜ぶのは誰だろうか。メディット政府である。マリアは、この事案の背景にメディット政府の黒い意図があることを確信していたが、その操り糸の先に誰がぶら下がっているのかについては、まだ自信がなかった。


 しかし、マリアは、自分を今回の事案に関与させた「操り人形」に対して、見通しの甘さを嗤いたい気持ちになっていた。おそらく「操り人形」は、マリアが反乱の鎮圧に相当な時間を要することを期待しているはずだ。そして、結果はどうあれ、難癖をつけてマリアを左遷しようとの腹づもりだろう。


 なるほど、いいわ。そっちがその気なら全面戦争よ。


 マリアは、見えざる敵に宣戦布告をすると、颯爽と廊下を歩き去った。

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